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室に残された二人はにこやかな表情で向かい合っているが会話はない。お互いに相手の思考を読み取ることに集中していた。
しばらくして沈黙を破り、会話の糸口をきったのは白暘だ。無言の見つめ合いに耐えかねたのか頬を掻き、恥ずかしそうな表情を作る。
「本当になんてお礼を言えばよいのか……。鴆と遭遇し、その毒を浴びた時はもう駄目かと諦めていました」
「私もです。あなたを見つけた時、死んでいると思ってしまいましたもの」
「お恥ずかしながら今、自分が生きていることに実感が湧かないのです。私はとっくに死んでいて、ここは浄土なのでは、と思ってしまいます」
考えもしなかった意見に雪玲は口元を袖で隠して笑う。
「大袈裟ですよ。浄土はこんな小さな室よりもっと綺麗なところです」
「目を覚ました時、天女のような女性が目の前にいたら誰もがそう考えますよ」
「あら、女性を褒めるのがお上手なのですね」
「真実を言ったまでです」
雪玲は大きな目を瞬かせた。ただの世辞かと思ったが、白暘の顔は真剣そのもの。嘘を言っているようには見えない。
(けれど、どこか嘘っぽいんですよね)
目の前の男の本心が読めなくて困惑していると、白暘は吹き出した。
「すみません。困らせるつもりはなかったんです」
くすくすと笑う姿を見て、からかわれたと知った雪玲は頬に朱を散らす。
「冗談はやめてください」
「冗談ではありませんよ。目が覚めた時、本当に天女に見えたんです。今もそう見えています」
「では訂正を。本物の天女は私と違い、優しく思いやりに溢れた性格をしてますよ」
「おや。それはあなたが酷く自分勝手な女だと聞こえますよ?」
そうだ、と雪玲は頷く。
「私があなたを助けたのも、私の願いを叶えるためですもの」
「その結果、私はこうして生きながらえています」
「……随分と前向きなのですね」
呆れ口調で呟くと白んだ目で白暘を睨みつける。
まだ毒も完全に抜けておらず、苦しいはず。なのに白暘はころころと表情を作り変え、会話を途切れさせないように言葉を紡ぐ。その姿に雪玲は違和感を覚えた。
(わざとそらされている?)
そう感じたのは白暘の言動に引っかかるものを感じたからだ。自分の感情を隠しつつも、本題に入られたくないかのらりくらりと雪玲をいなす。雪玲が本題に入るため口を開こうとするといち早くそれを察知して、話を変える。かといってなにかを隠している様子はない。
(変な男。一体、なにが目的なのかしら)
他人の感情の機微に聡いと自負しているが、彼の心はちっとも読めず、雪玲は困惑する。白暘がいなす言葉を口にする前に唇を開いた。
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