雪玲の野望

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「わたくしは答えましたので、次はあなたさまの番です」  ぱっと顔をあげ、明るく催促する。白暘までとはいかないが、雪玲も仮面を作るのは得意な方だ。 「……」  白暘は答えない。太ももの上で手を固く組み、雪玲をじっと見つめている。炎を閉じ込めた瞳は窓辺から差し込む陽光によって、きらきらと輝きを放っているがその真髄はみえない。 「あなたも他の人と同じように雪玲を見つけに来たのですか?」  雪玲は賭けにでた。 「春燕殿は〝雪玲〟が生きていると考えていますか?」  白暘は雪玲を見つめたまま答えた。  それは、どういう意味で言った言葉なのか問いただそうと身を乗り出すが、紫旦と香蘭が入室したためできなかった。 「春燕、嬉しいのは分かるが彼は病人なんだ。そうやって無理させてはいけない」  回廊まで会話が聞こえたのか、紫旦は咎める目で雪玲を見つめた。瑞人にしては色素の薄い瞳には余計なことは言うな、と書かれている。  雪玲は「心外です」と抗議の声をあげると義父に椅子を譲るために立ち上がった。 「無理なんてさせたつもりありません」 「はしゃいでいた声が外まで聞こえたよ」 「だって、嬉しかったのですもの」  むすっとしながら壁際に控える乳母の元に足早に向かう。 「病人に無理させる娘はここで大人しくしてます」  嫌味ったらしく告げると椅子に腰掛けた紫旦は困ったように太い眉毛を寄せた。 「申し訳ない。一人娘と甘やかしすぎたようで、……嫌なら嫌と言ってくれていい」  深く息を吐きながら紫旦は白暘に向かって謝罪の言葉を口にする。  白暘は「いいえ」と首を左右に振った。 「楽しいひとときでした。彼女の薬のお陰で体調は元通りですので心配はいりません」 「あの子の腕は私どもも保証します。けれど、貴殿の身を蝕むのは鴆の猛毒。助かったのは奇跡といっていい。無理は禁物です。さて、自己紹介がまだでした。儂は鳴紫旦。この杞里(きり)の地にて商家を営んでおります」 「私は白暘と申します。奚官(けいかん)局に勤めています」  奚官局という職が分からない雪玲は首を傾げた。  その動作が白暘の目にも留まったようで優しく目を細めて「後宮の部署のひとつです」と教えてくれた。なんでも後宮内で起きた妃嬪や宮女の死亡、流行った疾病(しっぺい)を管理・記録・調査する部署のようだ。 (それが鴆の採取となにが関係あるのでしょう)  これが八年以上前なら鴆毒での毒殺もありえたため、奚官局の宦官を派遣する通りもわかる。  だが、毒羽の乱が起きてから鴆毒が原材料の商品は王家が全て徴収したのち、焼却処分されたはず。  王家の目をかいくぐり鴆毒を所有することは不可能といっていい。鴆毒は火薬と同等かそれ以上の危険物と考えられているため、商品の取引記録は事細かく帳簿に記し、最低でも十年は保管することが法で義務付けられているからだ。誰かが隠し持っていても当時、没収された鳴家と董家の帳簿を調べれば、すぐ該当者が分かるはず。新しい毒薬を作ろうにも董家がいない今、それも不可能。生き残っている董雪玲しかできない、と考えるのが道理なのだが、 (彼の言葉からは関係無さそうです)  悶々と悩む雪玲を置き去りに、二人は今後についてのやり取りを終えたようだ。 「では、ごゆっくり。行くぞ、春燕」  紫旦に名を呼ばれた雪玲ははっと顔をあげ、急いで拝礼する。 (まだ色々と聞きたかったのですが……)  名指しで義父に指定されたのならば従わなければならない。この後待つのは立場をわきまえず白暘と交流を重ねたことに対する説教か、白暘の看病に関する相談か。  紫旦の説教は長いため後者がいいな、と思いながら香蘭を伴って、義父の背を追った。
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