瑞王と宦官

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瑞王と宦官

 異国生まれの自分は、この地では魅力的に見える。  そう、理解したのは主人に拾われ、宦官として後宮に勤め始めた時のこと。  成人してから性を切り取られた白暘は宦官にして勇壮な顔立ちと立派な体躯を持っていた。それが後宮に住む十数名の妃嬪の心を射止めたようで、芸術品を見るかのようにうっとりと眺められ、宮女達からは思慕の眼差しを、宦官達からは羨望の眼差しで見つめられた。主人の「顔を作れ」という命の元、仮面を作り自分を偽る生活を送るとその視線は一層と顕著になり、容姿と相まって以前とは比べられないほど生きやすくなった。 「短い間でしたがお世話になりました」  現に、白暘が申し訳なく微笑み、礼の言葉を口にすると鳴家の住人——特に女性陣は揃って頬を染めて首を左右に振った。 「いえ、困っている者を助けるのは人として当然のことです」  白い毛が混じり始めた髭を撫でて答えたのは鳴家当主、紫旦だ。どっしりとした体躯を上品な枯茶(からちゃ)色の袍に包んだその姿は、かつて瑞国一の商家と言われた鳴家の大黒柱らしく厳格な雰囲気を醸し出している。  その傍らには彼の妻である秀麗と、彼らの息子である紫雲が控えていた。娘である春燕は少し離れた場所から乳母と共にこちらを見つめている。可愛らしい面にはにこにこと愛想の良い笑みが浮かんでいる。けれど、その目が一寸たりとも笑っていないことに気付いた白暘は内心、頬を掻く。 (ずいぶんと嫌われたものだな)  それも仕方のないことだと理解していても、他者から負の感情を向けられるのはいつになっても慣れることはない。特に関心を寄せている女性からの視線ならばなおさらのこと。  他の住民は分からないが、春燕はきっと白暘(じぶん)が来たを推測し、白暘が敵かどうかを判断しかねているのだろう。 (不安になる気持ちも分かるが、そこまで警戒しないで欲しい)  春燕の不安も痛いほどよく分かる。鴆使いとして歴史に名を刻んだ董家は鴆毒を商品として売買しており、王家以外で直接取引を行なっていた商家は鳴家ただひとつのみ。 (董家狩りの時、ここもずいぶんと調べられたようだし)  当時、董家と親交があった鳴家は董雪玲を匿っていると瑞王に目をつけられたため、疑いが晴れるまでの期間、不条理な制裁を加えられたと聞いたことがある。捜索の結果、雪玲は見つからなかったので今は放っておかれているが最大の取引相手を失い、王家に目をつけられた結果、没落寸前まで落ちぶれた。  少しずつ再興しているようだがそれでも以前のように裕福とまではいかないようだ。  そんな生活を営むことになった元凶である瑞王と関わりを持っている可能性がある白暘を、春燕が警戒するのも無理はない。 「お礼は必ずいたします」  にこやかに告げると「あら、お礼ですか?」と春燕が一番に声を上げた。
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