瑞王と宦官

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 どれほど走ったのか、濃い緑の匂いが鼻をつく頃、今まで沈黙を保っていた翔鵬が重々しい口を開いた。 「なにがあった?」  はぶける睫毛に縁取られた双眸(そうぼう)がすっと細められる。これは彼が悩んでいる時に見せる仕草だ。  白暘はどう話すべきか悩む仕草をする。  それを見た翔鵬は苛立たしげに舌を打つと、 「俺の前でそのはやめろ。不愉快だ」  見た目に反した低い声で命じる。 「不愉快だなんて酷いです。私はあなたの命に忠実に従っているだけなのに」  といいつつ、白暘は顔を外した。  表情を全て削ぎ落とした顔を見て、翔鵬は満足げに口角を持ち上げた。かつて、無表情の白暘が気持ち悪いと、自分で命じたくせに。 「俺が瑞王だから、お前は従っているわけか?」 「別に。ただ行くあても、理由もないので」  そして、淡々と事実を述べる。鴆を生け捕りにするため、登山したが鴆の奇襲を受けて意識を失っていたことを。その時、鴆の観察に訪れていた春燕に救われ、その手が処方した薬のおかげで生き永らえたことを——簡潔に、要点だけまとめて伝えると翔鵬は神妙な顔付きで唸った。 「……なるほど。鴆の研究をするとは酔狂な女だな」  翔鵬は鼻で嘲るように笑うと、自らの膝を叩いた。女人のような柔らかな面差しながら、その動作は男らしい。 「よし、彼女にしようか」  その先の言葉を察した白暘は無意識のうちに手に力を入れる。 「鳴春燕を我が妃とする」  喜々として告げられた言葉に「彼女にとって僥倖(ぎょうこう)でしょう」と返しながらも内心、眉宇(びう)を曇らせた。普通の女性なら瑞王に見初められたと喜ぶだろうが春燕はきっと違う反応を見せるだろう。 「では、帰城次第すぐ準備に取り掛かります」  白暘の脳裏では可愛らしい笑顔を浮かべているが、事情を把握できずに固まっている春燕の姿が浮かんでいた。
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