突然の来訪者

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突然の来訪者

 春のうららかな良き日、雪玲の気分は高揚していた。長かった冬も開けたことで気軽に鴆達の元へ訪ねることができる。そう思うとつい浮足立ってしまうのもしかたない。 「楽しそうだね」  大量の果実が入った籠を抱え、雪玲が回廊を歩いていると、曲がり角から紫雲(しうん)が顔を覗かせた。義父譲りの(とび)色の瞳は雪玲が持つ籠へと注がれている。 「あの子達に会いにいくんでしょ。一人で持っていける?」 「はい、重くはないので大丈夫です。紫雲は商談に参加するのではないのですか? 今朝早くにセルク国から商隊が訪れたと聞きましたが」 「サボっちゃった」  紫雲はべっと舌をだす。なんとも子供めいた仕草だ。十四歳に見えない、おどけた姿に雪玲は口元を隠して笑う。 「あなたは跡継ぎなのですからしっかり勉強しないと駄目ですよ」  口ではそう言いつつ、怒る気が一切ない雪玲に、紫雲はうんざりといった様子で肩を持ち上げてみせた。 「いいよ。どうせ、俺がいても役に立たないんだし」 「あら、そんなことないですよ」 「そんなことあるよ。商品の価値も分からず、流行もつかめないし、俺より姉さんのほうが適任ってよく言われるし……」  また両親から叱責が飛んだのか紫雲はがくりと肩を落とす。その色素の薄い瞳を覆うように張った涙の膜が揺らめく。涙が目尻に溜まる前に紫雲は乱暴な手付きで拭った。 「商家の後継ぎになんて生まれなければよかった」  珍しく気落ちしたその姿に、雪玲は頬に手を添えてため息を付く。紫旦と秀麗は唯一の跡取りである紫雲に過度の期待を寄せているらしく、幼い頃から商品の鑑定、接待や交渉術などを叩き込んでいた。  だが、当の本人はそういった技術は苦手らしく、 「難しい」 「俺には才能がない」  とよく雪玲に泣きついてきた。  人には得手不得手があることは雪玲もよく知っている。紫雲の商人としての才は凡人と同等だ。しかし、器用な指先が作り出す品々を知っていた。商人よりも職人として生きたほうがきっとその才を発揮できる。  けれど、鳴家を継ぐのは紫雲以外にいない。本人は嫌がっていても、他人である雪玲が家督を継ぐのは義両親も嫌がることだろう。 「紫雲。私はいつかこの家を出ていくのですから、あなたがしっかりしなくてはいけませんよ」  紫雲のためにとつい厳しい口調になってしまう。
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