突然の来訪者

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「春だねぇ」 「春ですね」 「あの人、まだ来ないね」 「あの人?」  雪玲は首を傾げた。商売相手のことを指しているのだろうか。それにしては自分にも関係のある言い方だ。  眉根を寄せて悩む姉の姿を見て、紫雲は呆れた表情で「白暘どののことだよ」と言った。 「お礼に訪れるって言ったけど、全然来ないよね」 「お仕事が忙しいのでしょう。そもそも、お城がある首都からこの杞里まで距離がありますし、簡単にこれないと思います」 「それもそうだね」  その時、門の方角がやけに騒がしいことに気付く。なにか問題でも起きたのだろうか? 二人は足を止めると顔を見合わせた。 「誰か来客があったのかな」 「そうかもしれません。裏門から出た方がよさそうですね」  これだけの騒ぎに、紫旦が駆けつけていないわけがない。そんな場所に大荷物を持った雪玲が登場すれば、鴆に会いにいくのがバレてまた説教されるだろう。白暘を拾って来たことで監視の目が一層と厳しく、会いにいく頻度が少なくなったのにこんなことで足止めを食らうのはごめん被りたい。  踵を返し、裏門を目指すが、背後からどたばたと忙しない足音が聞こえた。 「ま、待ちなさい!! 春燕ッ!!」  普段は冷静沈着な義父の珍しい慌てっぷりに二人は再度、顔を見合わせた。希少な薬草を積んだ商隊が行方不明となった時より凄まじい慌てっぷりだ。 「お義父様?」  名を呼ばれた雪玲は小首を傾げた。心当たりは微塵もない。 「どういうことだ?!」 「どういうこと、とは?」 「お前を! っ! あの人が!」 「落ち着いてくださいませ。ゆっくりお話ください」 「落ち着いてなどいられるかッ……!!」 「いったい何があったというのですか?」  紫旦は興奮冷めぬ様子で、肩で息を繰り返した。  その間にも門の方角が騒がしいことには変わりない。紫旦の動揺から見て、喜んで歓迎できる相手ではないのは確かだ。 「白暘どのが、瑞王様の代理として来たのだ! お前を妃にしたいと……!」  喉奥から搾り出されたその名に、雪玲は驚愕の声をあげた。
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