突然の来訪者

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「お待たせしてしまい、申し訳ございません。鳴紫旦が娘、春燕と申します」  雪玲は微笑をたたえながら揖礼(ゆうれい)を捧げた。  義父に連れてこられたのは普段は客間として使っている一室だ。やや手狭ながら凝った内装をしていおり、そこに置かれている調度品はどれも一級品と言っていい代物(しろもの)ばかり。客間の中心には、商談の際に使う円卓が置かれて、それを中心に豪奢な彫刻が刻まれた椅子が設置されている。  その一つに客人——白暘が腰を下ろし、くつろいでいた。その背後には二人の男が控えている。片方が屈強な体躯を持つ大男で、もう片方がひょろりとした体躯を持つ優男だ。帯佩(たいはい)しているところを見るからに、白暘の護衛を務める者達のようだ。  白暘は雪玲を視界に入れるとぱっと明るく笑いながら席を立った。 「春燕どの、お久しぶりですね」 「ええ、お久しぶりです。元気そうで安心しました」  お淑やかに見えるようにゆっくりと裾をさばき、雪玲は室の中央へと歩を進める。桃色の上衣(うわぎ)に胸上まで引き上げられた紅色の(くん)、裙が落ちないように締められた飾り紐は春らしい緑色。齊胸(さいきょう)襦裙(じゅくん)と呼ばれるこの型は、今、王都で流行っているという。登山用の胡服(こふく)では鳴家の淑女として恥だと着せられたものだが、やはり歩きにくくて嫌いだ。 「あの後、不調などございませんでしたか?」 「ええ、あなたからいただいた薬のおかげで絶好調です」  いつぞやのように白暘は笑顔で応える。胡散臭い、その笑顔で。 「急な来訪、お許しください。本日、私は瑞王様の名代(みょうだい)で、あなたをお迎えにあがりました」 「いえ、あの、ありがたい申し出ですが春燕はこの杞里から出たことはなく、我らも甘やかしすぎたのか少々世間知らずに育ちました」  答えたのは紫旦だ。落ち着きを取り戻したのか普段通り、とまではいかないが冷静に言葉を選ぶ。 「親の欲目抜きにしても美しく、聡い子ではございますが瑞王様のお妃様としては不十分だと……」 「それは、瑞王様の御慧眼が間違っているといいたいのでしょうか」  白暘は穏やかな口調ながらも、辛辣に言葉を発した。 「瑞王様は、治療不可能といわれた鴆毒を解毒したこと、見ず知らずの私を助けたその慈悲深い心を気に入ったのです」 「し、しかし、春燕には婚約者が」 「だから瑞王様の判断に背く、と聞こえますが」  怒気を含まない、凪いだ湖のように穏やかな口調は、彼の真意が読めず恐ろしさを感じさせる。
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