突然の来訪者

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 数多くの商談をまとめあげた手腕を持つ紫旦が、瑞王の名代として訪れた白暘にどう言葉を返せばいいのか迷っているそばで雪玲は嬉しそうに両手を合わせた。 「瑞王様に見初められるなんて嬉しいです。快くお受けいたします」  これは好機だ、と雪玲は思う。受かるか分からない秀女選抜より、この話に乗った方が確実に瑞王の目に留まる。 (まあ、目をつけられるのは変わりないですけど)  だが、宦官から贔屓されるよりかはマシだろう。  高揚(こうよう)する頬を押さえた雪玲は子供のようにはしゃいで見せた。隣からの「黙ってろ」という紫旦の圧力に気づかないふりをして。 「しゅ、春燕、何を言っているんだ?!」 「あら、だって嬉しいのですもの」 「堯賢(ぎょうけん)どのがいるのだぞ?!」  それは春燕(ほんもの)の婚約者であって、雪玲(じぶん)のではない。と口が裂けても言えないため、雪玲は「瑞王様の方がいいじゃないですか」と言い返した。  それでも、なお紫旦は難色を示した。王命に逆らえば、首が飛ぶことは知っているはずなのに、頑なに首を縦に振らない。 「春燕どのの方が賢かったようですね」  嫌味をいいつつ白暘が近づいてきた。 「いやぁ、よかったです。春燕どのにも振られたらどうしようかと思っていましたよ。無理やり攫っていくところでした」  からからと笑っているが冗談には聞こえない。雪玲が断ってもきっと無理に攫っていくつもりだったのだろう。 (やはり、瑞王が鴆を欲していることとなにか関係があるのでしょうか。私の腕が目当てか、体質か、それとも両方か)  白暘の言動から城内——恐らく後宮内で鴆にまつわる出来事が起こったと推測できるが、 (雪玲(わたし)以外、死んでしまったのですからそれは不可能でしょう)  ならば、なにゆえそこまでして自分を欲するのか。その理由が分からず、雪玲は困り果てた。 「断れば人攫いをなさるおつもりだったのですか?」  心情を悟られないように、雪玲がにっこり微笑み問いかけると白暘は肩を持ち上げた。 「承諾を得られなければ、それもやむを得ませんから」  否定しないどころか、素直に同意したので狼狽(うろた)える。  そんな雪玲を、白暘は一瞥(いちべつ)するとどこからか巻子本(かんすぼん)を取り出した。赤色に染められた紙を束ねる金糸を紡いだ紐が鈍い光を放っている。 「では、承諾書に署名をいただけますか?」  承諾書? と雪玲は聞き返す。入宮の際に承諾書が必要だと聞いたことない。 「はい。入宮の際、皆さまに記入していただくものです」  それに、紫旦が待ったをかけた。 「お待ちを。私はまだ承諾しておりません!」 「ご本人の承諾は得られましたよ」 「しかし、この子は私達夫婦にとって大切な一人娘で、後宮になんて」 「タダで娘を貰う訳ではありません。瑞王様から褒賞をいただけますし、瑞王様の口添えがあれば商売相手も増えて前のような生活に戻れます」 「……今の生活で満足しているので、それは結構です」 「春燕どのが男子を成せば、国母の父になれるかもしれませんよ?」  白暘は巻子本を円卓の上に広げながら「悪い話ではないと思いますよ」と続ける。
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