突然の来訪者

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(なぜ、お義父様は嫌がるのでしょうか。利点も多く、絶好の好機だと思うのですが……)  自分を迎えにきた宦官と、自分を手放さないと交戦する義父の姿を眺めながら、雪玲は首を捻った。  紫旦は実娘である春燕が亡くなったことを瑞王のせいと考えている節があり、誰よりも瑞王を恨んでいる。隠居と違い、紫旦は董家と取引相手以上の仲ではない。それなのに危険を犯してまで雪玲(じぶん)を匿うのは、いずれ瑞王に復讐するため——。 (と、思っていました。私の正体がバレることを憂いているようにも見えません。本当に、心配しているみたいですね)  その表情が表す意味を理解できない。瑞王に近づける好機なのだから、紫旦にも応援してほしい。けれど、この様子では了承は得られなさそうだ。  ため息をつきたい衝動を抑えつつ、雪玲はそっとまつ毛を伏せた。 「お義父様、私は後宮に入りたいと思っています」  いつものようにゆったりと、けれど芯のある声音で囁く。 「これは我が家にとって僥倖なことです。なにゆえ、お義父様は嫌がるのですか?」  雪玲は紫旦が応えられないことを承知で理由を問いかけた。  現に、紫旦はぐっと言葉に詰まり、項垂れる。  そして、小さく、蚊が鳴くような声で「……分かった」と呟いた。 「紫旦どのの同意も得られたことですし、さあ、こちらへ」  ことの顛末(てんまつ)を見守っていた白暘が椅子を引き、着席を促した。その顔はやはりにこやかで、苛立ちや怒りなど負の感情は見当たらない。  白暘の勧めるまま紫旦は人形のように歪な動作で腰かけた。 「さあ、春燕どのも」  首を振って断ると雪玲は壁際に立つ、二人の武官へ視線を向けた。 「お二人もぜひ、ご着席ください。ずっと立ったままはお辛いでしょう」  声をかけられて、二人は一瞬、動揺したかのように体を揺らした。大男は困惑し、優男は笑いながら、そろって首を振る。 「いえ、我々は護衛ですのでこのままで」  応えたのは大男だ。筋骨隆々の、猛々しい姿に似つかわず落ち着いた声は優しさをはらんでいた。 「では、私達も立ったままでいいです。お義父様も立ってください」 「彼らはただの武官ですから気にしなくても大丈夫ですよ。春燕どのはお優しいのですね」  お優しい、という単語に雪玲は白んだ眼差しを白暘に送る。 「瑞王様を立たせたままで、私達だけが座るなんてできないじゃないですか」  その言葉に、雪玲以外、雷に撃たれたように固まった。
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