突然の来訪者

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「なぜ、それで俺が瑞王だと分かるんだ」 「二日前、隣村では雨が降っていたと我が家を訪れた商人の方から聞きましたので」 「それだけで分かるものなのか?」 「白暘様やもう一人の護衛の方の履沓は少々、汚れておられます。我が家を訪ねる直前で泥を落としたのでしょうが王都から杞里(この地)まで、結構な距離がございます。その際に付いた傷は泥を落としても共に落ちません。特に泥が傷に入り込めば目立ちます。対して、瑞王様の履沓は泥を落した跡もなければ、傷もありません。綺麗な、新品のようです。だから輿か、軒車に乗ってきたと考えました」  翔鵬は両目を細める。 「それだけならば、俺が瑞王本人でない可能性もあるだろう」 「あなた様が纏っている香りがユドラ公国産のお香、桷寂(かくじゃく)と酷似していたので……」 「さすが商家の娘だ。犬のように鼻が効くのだな」  嘲るような物言いだ。ふつふつと込み上げる怒りをどうにか飲み込み、雪玲は平然とした態度で続ける。 「(ずみ)の実とユドラ公国でしか採掘できない鉱石で作られたそのお香は、ほんの一欠片が金に値する、と聞きました。そんな高級品を普段使いできるのは瑞王様だけだと思いました」  次に雪玲は翔鵬の手を見つめた。 「白暘様ともう一人の護衛の方の手とあなた様の手の違いも理由の一つです」 「手?」 「私はあまり詳しくはございませんが、剣を握るものは手のひらにたこができると聞いております。御二方の手はたこが大きく、所々に切り傷がございます。それは鍛錬を積んだ者の証だからと思いました」 「……確かに俺の手は違うな。たこはあれど、これでは武官と偽ることはできないな」  それから、と雪玲は言葉を重ねようとするが、 「まだあるのか? もういい。もう分かった」  翔鵬が嫌そうに手を振ったため、口を(つぐ)む。 「白暘の言う通りの娘だな。お前のような観察眼の鋭い女に、俺は会ったことがない」 「お褒めに預かり光栄です」 「それにいい根性をしている。お前、入室した時から俺が瑞王だと気付いていただろう。その上であのように無邪気に喜びを表現できるとはな」  急に話を切ると翔鵬は顎に手を添えて雪玲を観察し始める。顔の造形を細部まで眺めていたと思えば、視線は首筋を辿り、肩から指先へ。胸から腰、爪先へとまんべんなく眺め、最後はまた顔へと戻ってきた。  刺すような視線は鬱陶しいが、翔鵬が雪玲(じぶん)を値踏みしていると察し、我慢する。  しばらくして満足したのか翔鵬は視線を雪玲ではなく、紫旦へ向けた。 「おい、鳴家当主よ。お前は出て行け」  冷たい声音は有無を言わさない威圧感があった。  名指しされた紫旦は唇を強く噛み締め、頭を深く垂れると踵を返した。賢明な判断だ。ここで逆らえば、すぐにでも首を落とされていただろう。  扉が閉まる音を聞きながら雪玲は揖礼の姿勢のまま、黙っていた。じっとするのも限界が来たところで翔鵬が「楽にせよ」と命じたため、姿勢を戻した。 「白暘、説明しろ」  背もたれに深く腰掛けた翔鵬は顎で白暘を指した。
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