雪玲の野望

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雪玲の野望

 硝子(がらす)窓で隔てた外界ではおどろおどろしい音をたてながら白濁した風が吹き荒れていた。 「ひどい雪。あの子達は無事でしょうか……」  外を眺めていた雪玲は吐息混じりに呟くと窓に張り付く無数の水滴を袖で拭い、食い入るように外を見つめた。猛吹雪の中に彼らの姿がないか探していると奥で火鉢を掻き回していた乳母である香蘭(こうらん)が慌てふためいた様子で雪玲の元に駆け寄ってくる。先程、呟いた言葉に反応したのかその表情は酷く怯えて蒼白だ。 「お嬢様。まさかと思いますがまだに関心を持っているのですか?」  囁くように叱咤(しった)され、香蘭の言いたいことを悟った雪玲は悲しげに眉を寄せる。 「やめてください、香蘭。そんなひどい言い方をしないでください」 「ひどくはありません」 「十分、ひどい言い方です。あの子達は私にとって家族同然の存在なのですよ。家族の無事を祈ってはいけないことですか?」 「お嬢様が気を揉む必要はございませんわ。それに、家族だなんて思ってはいけません。あれのせいで全てが壊されたのですから」 「壊されたっていうけど、あの子達のおかげで私達は瑞国でも有数の名家になったのを忘れたんですか?」  香蘭は首を左右に振った。 「忘れてなどございませんわ。あれらのおかげではありますが、その名家としての地位を失ったのも、またあれらのせいでございます」  忌々しく吐き捨てられた言葉に雪玲はまたため息をこぼした。これ以上、香蘭に反論してもまた顔を歪めてを口にすることは容易に想像ができたため、窓の外へと視線を戻す。  曇り硝子に反射して、ぼやけているが香蘭が腰に手を当てて項垂れたのが見えた。 「(ちん)なんて、早く絶滅すればいいのです」  予想通り、香蘭はあの言葉を口にした。口に出すのもおぞましいという風に。  怒りを抑えるため、雪玲は唇を強く噛み締めた。  香蘭の言う鴆とは瑞国南西にだけ生息する鳥である。大きさはよく肥えた雄鶏ほどで、その羽はこの地では珍しい緑色。つぶらな瞳と鋭い(くちばし)山査子(さんざし)の実のように深い真紅色。まるで南国の鳥を連想されるかのように美しい姿を持つ彼らだが、常人では触れるどころか近付くことすら難しい鳥だった。  彼らは猛毒をその身に持っていた。その毒は彼らが止り木に選んだ枝はすぐ枯れ果て、糞が付着した岩は溶け出し、近くにある水はすべて汚染され生き物が寄り付かなくなるほど強力だ。 (香蘭の気持ちも分かるけれど、それでも私は鴆が大切なのよ)  猛毒を持つ鴆は瑞国では勝利をもたらす鳥と(あが)められているがその反面、死の使いとして忌み嫌われている。そんな彼らを好きな人間はとても少なく、大半が香蘭と同じ拒絶を見せた。  けれど、雪玲はそんな鴆が一等、好きだった。雪玲の体内(なか)に流れる董家の血がそう思わせるのかもしれない。 (あの子達は大切な家族だから)  雪玲の生家——董家は瑞国が建国された時代から続く由緒正しい名家であり、世界で唯一、鴆を扱える一族でもあった。  董家が鴆を使役できるのは鴆毒の活用法を見抜いた先祖が代々、鴆毒に体を慣らしてきたおかげでもある。赤子が飲む乳に針の先を浸した程度の鴆の血を混ぜ、成長とともに血の量を増やし、大人になれば血よりも遥かに毒性が強い内臓を食していき、十五を超える頃には毒に侵された者は血も涙も全てが猛毒と化した。  人間でありながら猛毒に(おか)された身体を持つ董家は戦争では前線へ駆り立たされたり、瑞国に害をなす者を暗殺する任を与えられたりと瑞王の駒として従事してきた。また、鴆毒は特定の鉱石や植物と混ぜ合わせれば毒性が消えて薬にもなることから薬師としても重宝された。  そうして二百九十年、絵に描いたような繁栄をしてきた。  雪玲の父である当主——董沈が反逆罪で捕まり処刑されるまでは。
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