雪玲の野望

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 (へや)に足を踏み入れると、軽やかな(さえず)りが雪玲を出迎えた。  その囀りが誰のものか知っている雪玲はすぐさま臥台(しんだい)の横に置かれた鳥籠へと向かう。 「木槿(むくげ)、まだ起きていたのですね」  鳥籠には真紅の嘴と純白の羽を持つ美しい鳥がいた。  名は木槿。鳩のように小柄だが、正真正銘の鴆である。  木槿は生まれた時から体が小さく未熟なため、従来の鴆のように毒蛇や毒虫を食して毒を溜めることが難しかった。そのため、自然界では到底生き残ることはできないと考えた雪玲が鳴家の者達と香蘭に頼み込んで「室内でのみ飼育し、絶対に外には出さない」という約束の元、特例として飼育していた。 「外はすごい雪ですが、あなたは寒くありませんでしたか?」  雪玲の問いかけに応えるように木槿は翼をはためかせた。 「本当はあなたの家族もここに住まわせてあげたいのですけれど……」  木槿と違い、他の鴆達が持つ毒性は非常に強い。董家の出自である雪玲ですら長時間共にいれば体調を崩すのだから、鳴家の者達や香蘭は無事ではいられないだろう。 「つらいでしょうが、しばらく耐えてください。必ず、いつか董家を復興させてあなた達を守りますから」  できることなら今すぐに他の鴆達も守ってあげたい。鴆はその猛毒から自然界では頂点に君臨するが冬場は毒蛇等が採れないため、毒が普段より弱くなる。触れることはできなくとも、普段より近付くことができるため、弓矢を(もち)いて【鴆狩り】を行う者もいた。  董家が飼育及び管理していた鴆は千羽をゆうに越えていたが鴆狩りのせいで三百羽、二百羽と減っていき、今では八十羽ほどしか生存していない。  三年ほど前に瑞王が鴆狩りを禁止したが、鴆の危険性を危惧(きぐ)した者達の密猟(みつりょう)は後をたたず、数は減る一方。このままでは近い未来、香蘭の望み通り彼らは絶滅してしまうだろう。 (そのためにはまず、お父様の無実を証明しなければ……。私が董雪玲としてこの子達を守るためにも)  これ以上、理不尽に愛しい者を奪われる前に。 「木槿。私は頑張りますね」  絶対に秀女選抜に合格して見せる、と雪玲が決意を新たにすればその意気込みが木槿にも伝わったのか彼は「がんばれ!」と言いたげに羽を震わせた。
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