雪玲の野望

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 鴆の巣は木や岩などの隙間に作られる。彼らは己の羽と泥を混ぜ固めて外敵から卵を守る毒の防御壁を作った。泥を混ぜるのは羽の毒によって巣を設置した場所が溶けないようにするためだ。……それでも周囲の空気や土は汚染されるため、鴆が住処(すみか)と選んだ場所の周囲には草木一つ生えてこない。  恵華山(けいかざん)に住む、かつて董家が所有していた鴆達は洞穴を住処に選んでいた。  洞穴に近付く度に肺が圧迫されるように、呼吸が苦しくなるのを感じながらも雪玲は臆することなく歩を進めた。常人ではこの距離で死んでいるだろうが雪玲には問題ない。身体は弱いとはいえ、これでも董家の血をひく人間だ。 (おかしいですね)  いつもより息苦しさは感じられず、平常のように軽快な身体に、雪玲は心の内で首を傾げた。 (やはり、毒が弱まっている……。食べ物が見つからなかったのでしょうか)  冬場のため、鴆の主食である毒蛇や毒虫が見つからないにしても例年より毒素が薄いことに雪玲は柳眉(りゅうび)をひそめる。これでは密猟者に「獲ってください」といっているようなものだ。 (ここが董家ならこんなことはなかったのだけれど……)  ほう、と悩ましげに息をつく。  董家は鴆のために毒虫の飼育にも力を入れていた。そのため冬でも毒性を一定に保つことができたのだが、やはり自然界では難しいようだ。  こればかりはどうしようもないことだが、毒という防衛手段を失うことは絶滅までの期間が短くなるということ。雪玲が解決策を考えつつ、歩を進めると洞穴に辿り着いた。  それと、ほぼ同時に無数の羽音が雪玲を襲う。木々が揺れる音に酷似しているこの羽音は鴆が敵を威嚇する時に発する音である。 「久しぶりですね。昨夜はひどい吹雪でしたが大丈夫でしたか?」  優しく声をかけると羽ばたきは静まり、代わりに軽やかなさえずりが周囲に響き渡った。
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