雪玲の野望

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 鴆は鳥類の中でも賢い部類に入っている。犬程ではないが、簡単な言葉を理解し、飼い主の顔を区別する程度には知恵が備わっていた。現に、声の主が雪玲だと知ると洞窟から姿を表し、嬉しそうに喉を震わせた。  健気(けなげ)な姿に頬をほころばせつつ、雪玲は背負った袋から皮製手袋(てぶくろ)を取り出した。素手でも触れることができるが長時間の接触は体調を崩す原因になる。それを防ぐためだ。  手袋を装着した手を伸ばすと集団の中から一羽の小柄な鴆が飛びついてきた。 「あら、蓮華(れんげ)。あなたは本当に速いですね」  手に止まった蓮華はくるくると喉を鳴らす。甘えん坊の彼女は雪玲が会いに来るたび、一目散に駆け寄って来てくれる。  続いて寂しがりやの椿(つばき)(あざみ)がぴょこぴょこと雪玲の足元を飛び跳ねて存在を主張し始めた。どうやら雪玲が蓮華ばかり可愛がっているのが不服なようだ。  開いてる片手で二羽の背を交互に撫でながら雪玲は集まる鴆達の数を数えはじめた。 「……ひい、ふう、みい、よ、……あら?」  数が足りないのでもう一度、数えてみる。 「……とお。……ひい、ふう」  全八十二羽。やはり一羽足りない。  また、越冬をできないものがでたのかと雪玲は花顔(かがん)を曇らせた。誰がいなくなったのだろうか。一羽一羽の顔を見て、名前と照らし合わせる。  少ししていなくなったのは一番正義感の強い馬酔木(あしび)だと気付いた。 「馬酔木はどこにいったのですか?」  雪玲の足に体を添わせて甘える蓮華に問いかける。問いかけの意味は分からなくても馬酔木という名が誰を指すのか分かるようで蓮華は地面を飛び跳ねながら山中へと向かった。 (山の奥、ということは密猟者でしょうか……)  馬酔木はこの鴆の群れの頭であり、持ち前の正義感もさることながら恵まれた体躯(たいく)の持ち主だ。今までも勇敢に密猟者と対峙(たいじ)して仲間を守っていた。  そんな彼が仲間を放っておいて一羽で遠くにいくはずもなく、 (まさか、ひとりで?)  雪玲の脳裏に最悪な光景が過ぎ去った。いいや、違う。馬酔木が殺されるわけがないと自分に言い聞かせても、一度、浮かんだ悲観的な未来はそう簡単には(くつがえ)せない。馬酔木の無事を願いつつ、早足で蓮華の後を追いかけた。
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