白い息

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白い息

「久しぶり」  手すりに寄りかかって遠くを見つめていた横顔に僕が声をかけると、彼女の肩がビクリと震えた。振り返った顔は、驚きと困惑の入り混じった表情をしていて、澄んだ空気の中を一筋の涙が頬を伝った。  街灯の下だから、煌めく雫ははっきりと僕の目に焼き付く。  すぐに俯いて袖で頬を拭う彼女の小さな背中に、そっと手を置く。コートの上からでもわかるくらいに冷え切っている。一体、いつからこの場所にいたんだろうか。 「大丈夫か?」  心配して声をかけると、彼女は堰を切ったように泣き出した。  静かな夜の街に、彼女の事情が途切れ途切れに白く吐き出された。とても小さくて、何を言っているのかも聞こえづらくて、それでも僕は、彼女の吐き出す言葉に頷いていた。  彼女がこんなにも悲しみに暮れているのかと思うと、やるせない気持ちになってしまう。僕だけが幸せでなんていられない。勝手に、そんな気持ちを抱いてしまって、気が付いたら手を取って歩き出していた。  同時に、雪が舞い降りてくる。一度だけ空を仰ぎ見てから、氷のように冷え切った指先をギュッと包んで、歩道橋の下り階段を進む。    戸惑っているように、指先が揺れ動く。だけど、逃げようとはしない彼女を連れて、入ったこともないこぢんまりとした居酒屋に足を踏み入れた。
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