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あの頃
僕と彼女の関係は、彼女が中学生の頃の教師と生徒だ。担任をしていたわけでも、部活の顧問だったわけでもない。
僕は一年A組の担任で、彼女は三年C組。それまでなんの接点もなく、挨拶を交わす程度で同じ学校にいるだけという繋がりしかなかった。
だけど。
あの日、理科準備室へと向かった僕は、薄暗い教室前にしゃがみ込んでいる彼女を見つけた。
生徒はとっくに下校時間を過ぎて、用事がない限り学校内にはいるはずがなかった。
校舎の一番奥に位置する理科準備室は、授業以外ではほとんど生徒は寄りつかない場所だ。薬品なども置いてあるから、いつだって教室内も外も、光が入り込まないように暗幕が降りている。放課後は理科教師である僕以外は誰も立ち寄らない。
そんな一角で、彼女は一人、泣いていた。
声をかけるべきか迷ったけれど、教室内に用事のある僕は、戸惑いつつも彼女に近づいていく。
『大丈夫か?』
ビクリと肩を震わせて、彼女はゆっくり顔を上げた。真っ赤になった瞳は、とても驚いていた。そして、ゆっくりと彼女は立ちあがる。
『……うちの親、離婚してたんだって』
スカートの埃を払いながら、ポツリと彼女が呟いた。だからどうして欲しいとか、そういった雰囲気は感じられない。
『……そうか』
だから、僕はそれだけ答えた。
『これ、飲むか』
『……え』
自分用についさっき職員室で淹れてきた緑茶だ。紙コップの中でまだもくもくと湯気を上げていた。廊下の空気が冷たくて、彼女もわずかに寒さで震えているように見えた。
『ありがとう……ございます……』
当然断られると思ったのだが、素直に礼を言って僕の手から彼女は紙コップをそっと受け取った。白くて細い指が僕の指を掠める。氷のように冷たいと感じた。
包み込むように紙コップを両手に持ち、彼女は眉を下げると無理矢理に笑顔を作って、その場を去っていった。
関わりがあったと言えば、たったそれだけだ。
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