湯気

1/2
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

湯気

『久しぶり』  家庭調査票に書かれた住所は、トオルの実家のものだった。  学校からはそう遠くもなくて、通学路としてかつて通っていた道に、車を走らせた。雨が先ほどから落ちてきて、まだ夕方と言える時刻にしては空は仄暗い。  見えてきた金物屋の正面。男の人が作業をしている姿を見つけて、懐かしさに目を細めた。  背格好は変わっていても、滲み出るオーラはあの頃のままのトオルだと感じた。車を店の前に停めて、近づいて行く。  振り返ったトオルは、僕の姿に目を見開いた。  トオルは、僕からレミを奪った形で距離を置いた。だから、きっとトオルはもう僕とは会いたくはなかっただろうと思った。  だけど、そんな僕の考えには反して、トオルは『久しぶりだな』と好意的に店の中の一角に僕を通してくれた。パイプ椅子に座って、マグカップに注がれたホットコーヒーの湯気がたちのぼるのを見る。 『熱いぞ。俺は猫舌だからしばらく冷まさないと無理だ。お前は平気だったよな?』 『うん、平気だ』 『俺の娘も猫舌でさ。でも熱いのがいいって、意地張って一口目でいっつも舌火傷してんだ。バカだけど、可愛いんだよ』 『へぇ』  差し出されたカップを受け取る。口へ運ぶ前に、何度か息を吹きかけて冷ましてから、コクリと一口飲んだ。薄いインスタントコーヒーの味がした。  トオルが彼女のことをとても大切に思っている事は、話をしていてよく分かった。時折苦しそうに目を細めては、娘の成長過程の話を楽しそうに語る。  頷く僕は、彼女が泣いていた理由が聞きたかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!