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出会い
9歳の時両親が事故に遭い1人になった僕を引き取ってくれたのは父方の祖父母だった。
郊外とはいえ、そこそこ大きな街で祖父は定食屋を営み、祖母は地主でもある神戸家の家政婦をしていた。
神戸家といえば病院や、医療、医薬品会社をももつ日本の大財閥だ。
地元であるこの街には、神戸総合病院が駅前一等地の広大な土地に鎮座している。
街の税金はこの神戸家のおかげで安くなっている、と囁かれるほどこの街では強大な力を持っている家だ。
祖母はそこの筆頭家政婦長で、主に神戸家のご家族の世話をしていた。
夏休みになって1人で家には置いとけないと、祖母について神戸家の家政婦の控室に連れて行かれた。
祖母の仕事が終わるのを待っている間、本を読んだり、宿題をしたりしていたので、退屈なんてことはなく、1人が好きな僕は結構快適だな、なんて思いながら過ごしていた。
そこで出会ったのが一人息子の神戸晴翔だった。
僕は昔から大人しく、1人で過ごすのが好きだったので、そこで祖母を待つのも全く苦にはならなかったし、家政婦長の孫という事で、ほかの家政婦から可愛がってもらえたから、案外心地よかったのを、覚えている。
自分の家とは違い大きな敷地に多数の使用人がいる神戸家の豪邸は目を見張るものがあったが、僕のテリトリーは家政婦の控室の中だけで完了していた。
その日、翌日に神戸家で行われる一人息子、神戸晴翔の誕生日パーティーが開かれる予定であったため、使用人や家政婦たちは忙しく邸内を走り回っていた。
祖母は昼ごはんもきっと一緒には食べられないからと、家で作った大きなお弁当を持たせてくれていたので、いつもほど人の寄りつかないそこでお弁当を広げて食べようとしていた。
そこに現れたのが明日の主役である晴翔だった。
ドタドタと走り込みドアを開け飛び込んできた。
「お前だれ?この良い匂いなに?」
彼は僕の周りをクンクンと嗅ぎあっけに取られていた僕と目が合った。
「お前だ、すげぇ良い匂いだな」
「いい匂い?」
この子お腹が空いてるのかな?
”ばぁちゃんの作る弁当はいつも美味しいから良い匂いがするんじゃないかな?”と、その子に声をかけた。
いつも食べきれない程の量があるからちょうどいいかも。
「よかったら一緒に食べる?ばあちゃんのお弁当美味しいよ?」
と二重になった弁当を差し出した。
少し訝しげに僕を見た晴翔は割り箸を手に取り無言で食べ出した。
小学生の頃なんて迷いがない分人と仲良くなるなんて一瞬で、それは僕と晴翔も同じだった。
地元の小学校に通う僕と、都内の小学校まで車で通う晴翔に接点はなかったが、アルファで頭のいい晴翔との会話は地元の友達とは違い聡明で博学だったので、僕は彼との会話に時間を忘れるほど夢中になっていた。
その中で、明日のパーティーのことや、昨日一次成長期の診断でアルファだった事、跡取りの為色んな人が擦り寄って来るのが嫌だ、といった話もしてくれた。
晴翔の両親は共にアルファなので、一人息子である晴翔は上位アルファ。
会話をしながら、彼が僕と同じ年齢だと言うことを知ったけど、その表情は9歳の子供には見えないほど達観していたし、間違いなくアルファだと思える整った容姿もしていた。
「何だか大変だね、晴翔君。僕はベータだかアルファの気持ちはわかんないなー、なんかごめんね」
空になった弁当箱を片付けながら彼に謝った。
「お前がベータ?え?オメガじゃなくて?」
「そうだよー、この間の検査もベータだったし、この顔見たらわかるでしょ?平平凡々などこにでもいるベータじゃない?普通でしょ?ちょー普通の顔」
別に自分の顔が嫌な訳じゃない、自慢するものでもないけど、それなりに愛着ももっている。
「凄くいい匂いがするから、オメガかと思って匂いをたどって君のところまで来たのに、そっかぁ、ベータなんだ…」
残念、と彼は小さく呟いたが、その言葉を僕は聞き取ることができなかった。
卑下するわけでもなく、それが僕自身の評価だし、それで普通に幸せだと思っていたので、”晴翔君、アルファで羨まし〜”なんて笑いながら言ったんだ。
僕とは生まれも育ちも天と地ほどの差がある彼。
それでもそこから僕と晴翔はあっという間に親友というほど仲が良くなっていった。
それがあの祭の日、彼にはオメガの婚約者が出来たと両親から告げられ、そして僕には1日で初恋を終わらせることになった最高で最悪の1日になったんだ。
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