いじけたお姉さんによるリプレイ映像。

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いじけたお姉さんによるリプレイ映像。

「やっぱ美味いなぁ」 「じゃねぇだろ」  呑気にカブ炒めを食べる綿貫君に、スマホの動画を見終えた葵が人差し指を向けた。一緒に画面を覗き込んでいた私は黙ってお酒を飲む。 「いや、美味いですよ。持ち帰りまで出来るなんてありがたいことこの上ありません」  ちげぇよバカ、と葵は鼻を鳴らす。 「動画を送って貰って確認したらよ、バッチリ私の上半身が映っているじゃねぇか。録っていいのは手元だけって言っただろ。おまけに録りながらあれこれ質問しやがって。おかげで答える私の声まで入っちまった。一体全体、約束はどこへいった」 「無視すれば良かったじゃない」  頬杖をついて指摘する。それに対しては首を振った。 「シカトするのも感じが悪いだろ」 「じゃあ文句を垂れるんじゃないの」 「いいや、話が違う」  知ったこっちゃないので答えない。ふーんだ、今はあんたの味方なんてしてあげないもんね。 「まあまあ、俺が勉強するだけですから勘弁して下さい。大丈夫、悪用なんてしませんから」 「でも作れるようになるまで繰り返し見るんだろ? 私にとってはただの羞恥プレイだぞ」 「そんな、プレイだなんて言わないで下さいよ。やましい目的には使いませんって」 「恥ずかしい。消せ」 「嫌です! 俺もこのカブ炒め、自宅で作りたい! なんなら田中と橋本にも振舞いたい。そして葵さん特製なんだぜって自慢します」  葵が溜息を吐いた。君が自慢してどうする、と呟くのが聞こえる。 「良かったわね、尊敬して貰えるわよ」 「いいわけねぇだろ……目立つのは嫌いなんだ」  知っている。その上で言っている。皮肉にも気付かないのね。ふーん。ふぅーーーん。  綿貫君が葵に向かって、お願いします、と手を合わせた。だけどカブを咀嚼する口元が動いているのでどうにも締まらない。もう一度巨大な溜息を吐き、わかったよ、と葵は頭を掻いた。なによ、ごねた割には結局オッケーするんじゃない。 「なるべく短時間で覚えろ。修得したらその動画は消せ。あと、誰にも見せるな」 「恭子さんと咲ちゃんにも?」 「私はもう見た」  まあ確かに随分しっかり映っていたわね、葵の姿。理由はわかっている。録画する様子を後ろからずっと眺めていたもの。最初は包丁を使う手元をアップにしていた。その後、フライパンで炒める過程に入った時に、引きの画にした。だけどそこから再度アップにはしなかった。多分、全体像を録った方がわかりやすいじゃん、と気付いたのだと思う。結果、最初の約束はどこへやら、葵は手元以外も思いっ切り録られた。そして綿貫君が気になった点を忘れない内に訊くものだから、会話のやり取りも収められた。はい、葵の料理動画が出来上がり、と。  ……私の動画は持っていないくせに。家で見るのは葵ばっかり。何度も繰り返し眺めるのね。料理をする葵をさ。 ……別にいい。疑似とはいえ、私は彼とデートをしている。映画、楽しかったし。水族館、駆け足だったけど満喫したし。観覧車にまで乗ったんだし。とっても仲良くなったもの。 「その二人には見せてもいいけど。あと佳奈ちゃんも構わん」 「要は男子に見られたくないんですか?」 「別にそういうわけじゃない」 「じゃあもし万が一、田中と橋本に見られたら」 「てめぇの鼻に菜箸をぶっ刺す」 「流出しないよう気を付けます」  ……仲、良くなったもん。私だって綿貫君と仲良いもん。恭子さんと話が合って楽しいって笑ってくれたもん。 「しかしそんなに美味いかね。手軽だし、私も気に入ってはいるが」 「通販で売りに出した方が良いクオリティですよ」 「どういう店だよ。カブ炒めだけ取り扱うなんて」 「ではいっそ色々とツマミを考案されてはいかがでしょう。そして通販で販売を」 「普通に居酒屋を開けばいいだろ。いや開かねぇよ。通販でも売らん」  ……仲、良いもん。 「あ、そうだ。もう一品作ってあったんだ。二人とも、まだ食えるだろ。持って来るわ」  葵が席を外す。私は黙ってお酒に口を付ける。綿貫君はかまぼこを食べ、これも美味いな、と目を丸くした。そっちは葵が作ったわけじゃないわよ。ただ切っただけ。だけどそう指摘するのも億劫で口を噤んだ。 「ほれ、サーモンといくらの親子漬け」  戻って来た葵は何故か私の前にお皿を置いた。食え、と勧められる。 「テーブルの真ん中におけばいいじゃない」 「恭子の好きな味だと思うから、まずはお前がたんと食え」 「綿貫君が取りづらいでしょ」 「いいからいいから」  渋々箸を伸ばす。いじけているのを察せられたのかしら。わかりやすいご機嫌取りじゃないの。だけどおつまみ程度で懐柔しようなんて安く見られたものね。そう思いつつ一口食べる。 「うんまっっ!!」  先程の綿貫君よろしく歓声を上げてしまった。ううん、気が付いたら勝手に漏れていた。なにこれ、信じられないくらい美味しいっ! サーモンの脂の甘さにいくらのしょっぱさが絡まって恐ろしく調和している。食感もお刺身の厚みといくらの弾け具合が合わさって最高に楽しい。 「え、ちょっと待って何これ! どうやって作ったの!? 葵、レシピ! その前にもう一口!」  しっかりサーモンの切り身にいくらを乗せて口へ運ぶ。あぁっ、と声が出てしまう。美味しい。美味しすぎるっ。 「レシピ! 教えて!」  そんな私を見た葵はそっぽを向いて吹き出した。なによぅ、と肩をつつく。いや、と応じる声は震えていた。 「だってすんごく美味しいんだもの。笑っていないで作り方を教えてよ」  だけど葵は答えてくれない。ただ待つのもじれったいのでもう一口いただく。ふわぁ、タレが溜まっていたのかしら。しょっぱくてお酒が進む! 躊躇なく飲むと缶が空いた。あら、ロング缶なのにもう無くなっちゃったのね。でもこのおつまみの前では仕方のない話よっ。 「是非、家で晩酌のお供にしたい! だから教えてってば。ね、葵。お願いっ」  ようやく葵がこっちを向いた。あのさ、と私を見てまた小さく吹き出す。 「さっきから何がそんなにおかしいの?」 「親子漬けを食った恭子のリアクションが、カブ炒めを食った綿貫君とほぼ一緒なんだもんよ。なにこれ美味いっ! レシピを教えて! って、そっくりな反応をしやがって。これが笑わずにいられるか。君ら二人、相当気が合うぜ。言われたこっちはリプレイ映像かと思ったくらいだ」  指摘されてようやく気付く。確かに反応が全く同じだ! 綿貫君を見ると首を傾げていた。君はピンと来ていないんかい。でもね、と私は堂々と腕を組む。 「本当に美味しい物に触れた時の反応は、どんな人間も同じなのよ。ほら、言うでしょう。一流の芸術品は、観る者全てに涙を流させるって。あれと一緒」 「適当に作ったツマミと並べられたら芸術品の作者が泣くぜ。何処のどなたか知らないけど」 「そのくらいあんたのツマミは美味しいのよ。何度も遊びに来ているけどこの親子漬けは知らなかったなぁ」 「そいつは私が漬けたけど、既製品にいくらでもあるっての。それこそスマホで通販サイトを見てみろ。親子漬け、で調べてみな」 「ちなみにこれ、サーモンの切り身にいくらをまぶしただけじゃないでしょ?」 「塩と醤油、あとほんの少しだけ酢が入っている」  それよ、と人差し指を突き付ける。 「何が?」 「葵独自のブレンドダレが大事かも知れないじゃない。既製品で同じ感動を得られるとは限らない! だから作り方を教えて」 「結局そこに帰って来るのか……」  肩を掴み、お願いぃーと揺する。 「おい、やめろ。悪酔いしそうだ」 「レシピぃ~」」 「ねぇよ。じゃあ一応今から何となくの分量は教えてやる」  その言葉に自分のスマホを取り出す。葵の言う通りにメモを取った結果。 「確認よ。サーモン、刺身ひと箱。いくら、適量。塩、一つまみ。醤油、適当。酢、匂いがしないくらい」 「カブ炒めより具体的ですね。ほぼ、適当、だけでしたから」  綿貫君が二、三度頷いた。まあイメージが湧くだけまだマシか。 「で、これらをどうすればいいの?」 「サーモンにいくらと塩をまぶして、醤油と酢を混ぜたタレかけて軽く混ぜたら冷蔵庫で三十分以上冷やせ」 「それから?」 「終わり」 「働いているの、ほぼ冷蔵庫じゃない!」 「知らんがな。しかしそんなに美味いかぁ? 綿貫君も食ってみろよ」  葵がお皿を綿貫君の方に押し遣ろうとする。その手をがしっと握り、止めた。 「私が食べる」 「子供か。ちょっとは分けてやれっての」 「やだ! 全部食べたい!」 「……お前、また酔っ払って来たな。水を飲め、水を」 「水より親子漬けよ」 「いいから離せ。食わせて貰えないのは可哀想だろ」  唇を尖らせ、渋々手を離す。今日の葵は意地悪だ。意図せずではあるけど、綿貫君と仲良しなのを見せ付けて来たし。親子漬け、分けちゃうし。……あれ? 別に意地悪じゃなくない? 「いいんですか? いただいちゃって。恭子さん、あげたくないみたいですけど」 「酔っ払いの発言にいちいち付き合う必要は無い。折角だから感想をくれ。カブ炒めより感動は薄そうだが」 「そんなわけないわっ。親子漬け、最高!」  私の発言には誰も答えてくれなかった。なによぅ。いただきます、と綿貫君が一切れ口にする。 「わっ、美味い! これは酒の肴に最高ですねぇ」 「でしょ!? ほら、やっぱりこれ、美味しいのよ」  胸を逸らすと、何で今度はお前が自慢げなんだ、と葵が溜息を吐いた。 「絶対、家で作るわ。ありがとう葵」  親友の手を握る。ようござんした、と肩を竦められた。お返しします、と綿貫君はお皿をこっちに寄越してくれる。わーい、満喫しようっと。もう一口食べる。 「やっぱり美味しい!」 「何だ、やっぱりって」 「お酒持って来る!」 「水も飲め」  水より酒よ!
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