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疑似デートってどんなもん?(視点:恭子)
「そうそう、疑似デート。面白い試みだと興味があったんだ」
葵が今度はその話に食い付いた。これは、これは……どっち? 私をいじるため? それとも状況を知ろうとしているの? さっき、綿貫君からお綺麗ですと評された時とはまた違った意味で鼓動が高鳴る。そして何で親友からいじられるかどうかで緊張しなきゃならないのよっ。
「実際どうなんだい、やってみた感想は。疑似とはいえデートなんだろ? 綿貫君は勉強になるって言っていたがそもそも二人で何をやっているんだ? 差支えなければ聞かせておくれよ。無論、言えない話はしなくていい」
「何ですか、言えない話って」
「ベッドでの実技とか」
「してないわよ!」
「してませんよ!」
見事にハモってしまった。息ぴったりじゃん、と葵が赤い舌を覗かせる。
「本当に君ら、気が合うんだな。なんなら二年前から漫才コンビみたいで愉快だったぜ」
誰が漫才コンビだ、とツッコミたくなる。だけど言葉に詰まった。今日まさに、綿貫君と二人で笑い合った。二年前から意気投合していたんですねって。カニの水槽の前でカニの店を調べ、マグロの水槽を眺めながら中トロや中落ちの話をする。それを楽しめる、同じタイプの人種。気付いたことが嬉しかった。だから、ツッコミとはいえ否定はしたくない。口を噤む。
「おいおい、二人揃って急にどうした。訊いたらマズイ質問だったか?」
葵が頬杖をつき私達を見比べた。綿貫君に目を遣ると、ううん、と腕組みをして唸っていた。君も戸惑うのはどうして? やがて彼は、ええと、と切り出した。
「気は合います。と言うか滅茶苦茶話が合います。初めは緊張してろくすっぽ喋れませんでしたが、先週と今週でこんなに意見が同じなのか、と驚きました」
ここまで踏み込んでおきながら告白じゃないのは恐れ入る。何が、勘違いさせる言動には気を付けて下さい、よ。君の方がよっぽどやらかしとるわ!
ふんふん、と葵が頷く。私の気持ちを知っているあんたは今、どんな気持ちで彼の話を聞いているの?
「もっと早く色々話しておけば良かったなぁ、と思うくらいですよ」
「遅くはなったが良かったじゃないか、恭子としっかり仲良くなれて」
「そりゃそうですけど」
「何か言いたげだな」
まあ、と綿貫君がお酒を口にする。私は緊張のあまり固まっていた。告白されることは有り得ない。そうとしか捉えられない発言をされても真意は絶対にズレている。だけどドキドキは止まらない。恋って痩せそうだわ。
「勿体ぶるねぇ。それとも恭子本人を前に照れているのかい」
「本心を話すのに照れない人がいますか?」
「内容によるな。照れちゃうようなことを思っているの?」
意外と葵が掘り下げる。私は少し心臓が痛くなって来た。運動不足かしら。綿貫君がもう一口お酒を飲む。
「二年前に話が合うって気付いていたら、もっと仲良くなれていたのかなって」
突然答えを口にした。もっと、と反射的に繰り返してしまう。はい、と彼は笑顔を浮かべた。葵は黙って聞いている。
「ここ二週間、いや最初の恋愛相談を含めたら一か月か、そのくらいの時間でこんなに恭子さんとの距離が縮まりました。勿論、この二年間も同席した時は楽しく過ごしていましたよ? ただ、疑似デートをするまで全然恭子さんのことを知らなかったって理解しました。せいぜい冷やしトマトと揚げ出し豆腐、あと酒が好きだってくらいしか恭子さんをわかっていなかったのです。クラゲやカニやマグロの話でバカみたいに盛り上がれる、貴重な方なのですよ。だから勿体無かったなって。この二年、もっと恭子さんと楽しめたのかなって。惜しくなりました」
膝の上で指を絡ませる。なんちゅう真っ直ぐな言葉を投げ付けて来るのか。でも二年の間にずっと仲良くなっていたとして、どういう関係性になりたいのか。そこには触れないのか。つまり結局は先輩後輩、お友達同士って意味だね。
……私は君と付き合っていたいな。だけど君は望んでいないから、仲良くなれていたかも、と述べるに留めるんだ。嬉しいのか寂しいのか、わからないや。
「だってさ。私から見りゃ今の君らも仲良しだがね」
「二回の疑似デートで仲は深まりました。まあ二年を惜しむよりこれからもっと仲良くなろうと思います」
その先に、君は何を見るの。
「仲良きことは美しきかな。いいんじゃないの。ま、恭子の一番の親友は私だけどな」
葵が私の肩に腕を回す。思いの外、強く抱き寄せてくれた。……ありがとう、葵。ごめん、今、何も言えない。鼻声になっちゃうから。そっと頭を預ける。丁度、自分の髪で顔が隠れた。酔ったふりをしてこのままでいよう。
「ちなみに肩はこう抱くんだぜ」
「実践指導は無しですってば」
「それでも勉強にはなっている、と」
「そりゃあもう。経験値は大幅にアップしました」
ふうん、と応じる葵の声が少し上擦った。どういう心境なのか計りかねる。ただ、私を心配してくれているのだけははっきりわかる。
「じゃあまだ続けるんだ? 疑似デート」
「恭子さんが良ければ、ですけど」
咳払いをする。さっき、振って欲しい時には話し掛けてくれなかったのに、こんなタイミングではパスを出すのね。空気、読んでよ。
「勿論、続けましょ」
精一杯絞り出す。こっそりと葵が肩を擦ってくれた。酔いも手伝って泣いちゃうわよ?
「しかし綿貫君よ。疑似デートのゴールはどこなんだ? いつまで恭子とお勉強会を続ける? まさか彼女ができるまで、なんて言い出さないよな。それじゃあ恭子があまりに都合のいい女扱いされている。お相手ができるまで疑似デートをして、彼女ができたら途端にポイ捨て、なんて考えちゃいないだろうな」
その質問に私も戸惑う。確かに、彼はいつまで疑似デートを続けるつもりなのか。私は綿貫君に振り向いて貰いたくて提案したけど、彼の考えるゴールはどこなのか、知らない。
「流石にそこまであからさまな真似はしません」
「だが練習は練習、あくまで疑似だ。いずれ終わらせるんだろ」
「判断は恭子さんにお任せしていますよ」
え、私? 一瞬身じろぎをする。葵の指が一本、私の肩を軽く叩いた。
「そうなのか?」
「はい。※最終試験は俺の家に恭子さんが泊りに行くことだと疑似デートの提案をした際に仰っていました」
(※作者注:五十四ページ「情緒がぐっちゃぐちゃでも目的に向かい突き進む。」参照)
……そんなこと、言ったっけ。
「付き合っていない男女が一つ屋根の下で一夜を過ごすのは如何なものかと今でも気にはなっておりますが、そのくらいこなせるようになれば疑似デートの役目も終えるという判断なのかな、と考えております」
「そのままベッドの実践指導に入るのかね」
「だから実践指導は無しですってば」
綿貫君は勢い良く手を振った。ふむ、と葵は呟き黙り込む。私はと言えば寂しさから一転、動揺に支配されていた。最終試験が彼の家に泊まること? そのレベルに至ったかどうか、私が判断しなきゃいけないわけ? しかも泊ったら終わっちゃうじゃない! だって最終試験だものね!
いや、落ち着きなさい私。それまでに綿貫君をこっちに向かせればいいのよ。そう、逆に考えればお尻は私が決められる。付き合う段階まで進んでから泊まって、これで疑似デートも終わりね、だって本当のカップルになったんだもの、と収めれば完璧よ!
「じゃあその前段階というか、予行練習として皆で泊りに行かないか?」
「え?」
「は?」
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