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葵の提案。(視点:恭子)
反射的に体を起こす。おっと、と葵が私の肩に回した腕を離した。その顔には薄い笑みが浮かんでいる。綿貫君はぽかんと口を開けていた。私も似たような表情だろうな。
「ちょ、葵? 今、なんて言ったの?」
混乱しながら聞き返す。鼻声は何処かへ引っ込んだ。だからさぁ、と葵はお酒を一口含んだ。
「皆で旅行に行くんだよ。都合が合うかは知らんがね、年末辺りで一泊二日くらいなら、まだ一か月あるし何とかなると思うんだ。ゲストハウスでも借りて集まるのはどうだろう」
そうして私達の顔を交互に見遣る。綿貫君は、いやぁ? と首を傾げた。
「恭子はどう思う」
どうって。
「また随分急な話ね」
「提案ってのはいつでも急なものさ。まあ今のところはただの私の思い付きだが」
「でも理由があって言い出したのでしょう」
葵は何も考えず、本当に思い付きだけで切り出すタイプじゃない。尤も、実は今、滅茶苦茶酔っ払っているのなら話は別だけど。
「今が良いタイミングかと思ってな。咲ちゃんと田中君は結婚する。佳奈ちゃんと橋本君もヨリを戻した。集まってお祝いするのにふさわしい。それに恭子と綿貫君もいきなり一対一で宿泊なんて流石に緊張するだろう。前段階として皆で泊るのはいい練習になるんじゃないか?」
「練習って」
「まあ何をするわけでもないから練習もクソも無いけどさ。疑似デート番外編とでも捉えてくれたって構わない。それにさ」
一旦言葉を切り、葵がお酒を口に含んだ。湿った唇がやけに眩しい。
「それぞれ、結婚して家族を持ったとしてもきっと私等は遊び続けるだろう。だけど時間が経てば、お互い今ほど都合はつかなくなるかも知れない。なにせ大人だからね。その前に、集まれる時に、一つ派手な思い出を作るのはどうかね」
はい、と綿貫君が手を上げた。
「俺、賛成です。集めるのは卒業旅行のメンバーですよね? 久し振りに全員で遊ぶの、きっと楽しいです。葵さんの話を聞いただけでわくわくしてきましたもの」
うん、と葵は頷いた。
「ありがとう。恭子は?」
水を向けられ鼓動が高鳴る。
「私も勿論、賛成よ。七人全員が集合するなんて、それこそ卒業旅行以来じゃない?」
「そうだよ」
「早目に連絡をすれば都合もつくでしょ。細かい話は後で詰めるとして、予定だけ先に纏めるのはアリだと思う」
「そうか。賛同してくれてありがとう」
葵が穏やかに微笑む。やりましょう、と綿貫君は両の拳を握り締めた。
「だけどさ、珍しいじゃない。葵がそんな提案をするなんて。旅行どころか飲み会の招集すらかけたことも無いのに」
それだけが気になっていた。どうして急に言い出したのか、知りたい。まあな、と相変わらず薄い笑みを浮かべたまま、少し遠い目をした。
「考えていたんだ。いつまでも一緒にいられるとは限らないんだなって。私等七人、とても仲が良いだろ。だけどさ、田中君、橋本君、綿貫君は喧嘩をした。佳奈ちゃんと橋本君も一旦は別れた。咲ちゃんと田中君も大揉めに揉めた。巻き込まれた私も危うく二人と仲違いをするところだった」
「そうなんですか?」
綿貫君が目を丸くした。ちょっとね、と葵は肩を竦める。
「まあ問題は解消したから心配するな」
「ならいいのですが」
「とにかく、一歩間違えたら私達はバラバラになっていたかも知れない。逆によく、まだ一緒にいるよ。それでもいつか、全員が集まれなくなる日が来る可能性はある。だったらさ、行きたいって思った。皆で旅行に。私の気持ちを押し付ける行為だと理解している。その上で提案した。だから正直、二人が賛成してくれてほっとしたよ。まだ何も決まってなくても、いいじゃんって言って貰えて良かった」
そこまで話して大きく息を吐いた。確かに怒涛の一か月だった。もしかしたら、三馬鹿が仲違いし、佳奈ちゃんと橋本君も別れたままで、更に田中君と咲ちゃん、葵も修復不能になっていた可能性はある。仲良しなのは私と葵、綿貫君だけ。奇しくも今、此処に居る三人だ。
「たださ、言い出しておいてなんだが私は音頭をとるのが苦手なんだ。二人のどちらかが呼び掛けてはくれないか。その方が皆、参加しやすいだろ」
その台詞に、いやいや、と綿貫君と揃って手を振る。なんだよ、と葵は顎を引いた。
「絶対に葵さんが言い出した方がいいですって!」
「そうよ! 滅多にそういうことをしない人が提案した方が惹かれるわ!」
「宿泊場所の手配とか、必要であればレンタカーの予約とか、そういうのはいくらでも手伝いますから!」
「同じく! だけど皆にはあんたから呼び掛けなさい!」
気が付くと私と綿貫君は身を乗り出して葵に迫っていた。そうかな、と呟くのが聞こえる。
「そうよ!」
「そうです!」
鼻息荒く応じると、わかったよ、と小さな声が返って来た。
「……慣れないし、苦手だけど。提案してみる」
「もし誰も都合がつかなくても、俺と恭子さんと葵さんの三人で旅行へ行きましょう!」
多分、フォローのつもりなのだろう。だけど。
「そうか、誰も来ない可能性もあるんだよな……」
ほらぁ、慣れていない人にそんなことを言ったら自信が無くなるに決まっているじゃない!
「始める前から不吉なことを言わないの。大丈夫だからさ」
「あ、すいません。そうですね、失礼しました。きっと大丈夫です!」
「自信を持ちなさい。楽しい旅行になるって皆思ってくれるわよ」
「そのためのフォローはいくらでもしますから!」
「ね、葵」
再び二人で元気づける。一旦は缶に手を伸ばした葵だけど、空中で止めた。そして、わかった、と噛み締めるように口にする。
「二人とも、私なりに頑張るから手伝って欲しい。よろしく頼む」
頭を下げる親友の華奢な肩を、当然よ、と軽く叩く。
「よおし、楽しくなって来た! じゃあ旅行の成功を祈って乾杯しましょう!」
綿貫君が缶を掲げる。私もそれに倣った。葵は、照れ臭いな、と言いつつちゃんと従う。
「じゃあ葵さん、乾杯の発声をお願いします」
「私が? 綿貫君がやれよ」
「いえ、音頭を取るのはもう始まっているのです。お願いします!」
親友が不安そうに私を見る。
「乾杯くらい出来なくて、旅行を仕切れると思うの?」
意地悪な言葉を掛けると、わかったよ、と唇を尖らせた。
「じゃあ七人皆で行く旅行、その成功を祈念して、乾杯」
「乾杯っ」
「かんぱーい」
軽く缶を合わせる。お酒を飲んだ私達は小さく拍手をした。それにしても、と綿貫君と視線を交わす。
「「葵(さん)の挨拶、真面目(です)よね~」」
見事にハモった。確かに私達、気が合うわね! うっせ、とそっぽを向く葵の顔は薄っすら桃色に染まっていた。それを見て、旅行を成功させなくちゃ、と決意を固める私であった。
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