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長い夜。 ~葵の照れ~(視点:葵)
缶の酒を煽る。風呂上りの一杯は格別だな。さて、テーブルの上にツマミはっと。カブもサーモンもかまぼこも、まだ残っている。追加する必要は無いな。酒だけを取りに台所へ向かう。冷蔵庫から缶を取り出そうとしたところでワインのボトルが目に入った。恭子、と呼び掛ける。
「何?」
「スパークリングワインが一本あるんだが、飲むか? それとも今日はもう要らない?」
「飲む」
だろうな。お前が酒を飲まないわけがない。だからしょっちゅう二日酔いになるんだ。まあ今日は咎めたりはしない。一緒に過ごせて嬉しいからな。
右手にワイン、左手にグラスを持ってリビングへ戻る。あら、と恭子は目を丸くした。
「それ、こないだ田中君に買わせたお酒じゃない。お詫びの品として持って行きなさいって勧めたやつだ」
え、と声が漏れる。
「恭子が教えたのか。私がこれを好きだって」
私の言葉に、うん、と小さく頷いた。
「うろ覚えだったけど、いつだったかやたらあんたが気に入っていた気がしたのよね。ラベルに羊が描いてあったのが印象に残っていたから多分間違いないだろうとは思ったのだけど、もしかしたら別の羊かも知れないなぁって自信は無かったの。あっていた?」
「大正解」
顔がほころぶ。恭子が私の好きな酒を覚えていただけで、こんなに嬉しいのはどうしてなのかね。
「二週間前に貰った分は一人で飲んじまったけどな。こいつは今日、田中君に持って来させた分だ。手土産なんていらんって言ったんだがな」
「どうせ、ところで、こないだのワインが美味かったなーとか付け加えたんでしょ」
「お前、私への理解が深すぎる。むしろ怖い」
「このくらいわかって当然よ」
視線を交わす。しばしの間。そして揃って吹き出す。まったく、お互い仲の良いこって。
テーブルを挟んで恭子の対面に腰を下ろした。さて、とふきんでコルクを包み込み、慎重に抜く。うっかりすっ飛ばして蛍光灯をぶち壊したりしたらシャレにならない。
「見ていて不安になるなぁ」
「平気平気、とは言えないんだな。なにせ私は非力だから」
「まあふきんがあるから飛んでいきはしないでしょ」
「こないだも苦戦した。もうちょい開けやすい方法があると思う」
次の瞬間、軽い音を立てて栓が開いた。ナイス、と恭子が親指を立てる。大した仕事じゃないけどな。
お互いのグラスへワインを注ぐ。炭酸の弾ける音が響いた。
「あれ、恭子よ。ひょっとして、まだ缶の酒が残っているのか」
「どっちも飲むから安心して」
「チャンポンはやめておけよ」
「どうせ肝臓で混ざるから一緒よ」
それを聞いて、成程とはならない。まあ本人がいいってんなら構わない。この家のトイレではすっかり吐き慣れているしな。
「じゃ、改めて乾杯。お疲れ」
「お疲れ様」
グラスを当てると思いの外、鈍い音が響いた。締まらねぇなぁ。で、と一息で半分ほど飲み干した恭子がテーブルの上に身を乗り出す。
「ひねくれ者は真っ直ぐな言葉に弱いって、どうしてそんな話になったの」
「お前、まだ気になっていたのか!?」
しつこっ!
「何か引っ掛かっちゃって」
「大した話じゃないってのに」
「でも教えてくれないじゃない。だから余計に聞かせて欲しくなる」
まあ隠すことでも無いんだが、ちょっとだけ恥ずかしいのだ。しかし変に勘繰られるのも困る。もう一口ワインを飲み、溜息を吐いた。
「その、今日照れちゃったんだ」
「田中君に?」
いきなり出鼻をくじかれた。話せとせがんでおきながら、速攻で横槍を入れるのはどうかと思う。
「何でだよ」
「だって……」
口籠るなら最初から言うんじゃない。ええい、調子が狂う。やっぱり恭子、酒が回っているな。面倒臭くてよくわかる。
「安心しろ、違うから。私が照れたのは咲ちゃんが原因だ」
「まさかあんた、あの子にもお手付きを」
「してない。くすぐっただけ」
向こうがどう受け取ったかは知ったこっちゃないが、なんてね。
「葵のくすぐりはいやらしいのよね」
どうでもいいけど本当に話が進まない。無視して本題を続ける。
「咲ちゃんはさ、田中君と二人きりの時にも私の話をするんだって。遊びに行って楽しかったとか、飯食いに行って半分こしたとか。私がいないところで田中君にいちいち報告しているって彼から聞いたんだ。それは私が咲ちゃんから本当に慕われている感じがするなぁって思って。それで、照れた」
なんなら報告している今も若干頬が熱い。
「顔、赤いわよ」
案の定、指摘された。だって照れ臭い、と誤魔化すように酒を煽る。
「そしたら咲ちゃんが、何でそんなに照れるのかって不思議がった。それに対して田中君が、ひねくれ者は真っ直ぐな言葉に弱いって教えてあげていた。あいつも同じなんだとさ。同族扱いされたのは微妙に腹立たしいものの、その通りだから頷いてやったよ」
私と彼は似た者同士。だから自然と惹かれ合う。もう惹かれないって決めたけどな。あいつも咲ちゃんと結婚するし。まったく、困ったお兄さんですこと。……それは私も同じか。
ふうん、と恭子はワインを飲み干した。早ぇよ。
「そこで照れを隠さない辺り、葵は可愛いわよね」
「別に、可愛いくはねぇよ。ただ、そういう感情に慣れていないだけだ」
「可愛いわよぉ。頬擦りしたくなるくらいには」
「私は愛玩動物か? ま、お前が散々気にした話はそれだけのことなのさ。大した内容じゃなかっただろ」
うーん、と首を傾げた。酔いが回るからやめろ。
「咲ちゃんも葵も可愛いって再確認したわ」
「私は除外しておけ」
「嫌。あんたも可愛い」
面倒臭ぇ。一番困った奴は酔っ払った恭子で決まりだな。
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