長い夜。 ~疑似デートの報告~(視点:葵)

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長い夜。 ~疑似デートの報告~(視点:葵)

「それより恭子よ。疑似デートは順調なのか? 私に報告したくなるほど今日は楽しかったんだろ。肝心の話を聞いていないぜ」  矛先を向けると、途端にテーブルへ視線を落とした。楽しかった、と小さな声で答える。 「そいつは良かった。まあ綿貫君でなければ五回は恭子の気持ちに気付いたんじゃないかって思うくらいには頑張ったんだっけ?」  水族館でそんな風に訴えていた。そうよ、と相槌を打ちながら恭子は缶の酒を掴んだ。ぐいぃっと煽っている。よく飲みますわね、明日の体調も考えないでさ。 「それこそどんなやり取りから実質告白みたいな台詞が飛び出るんだ? たった二回、遊びに行っただけなのに」  勢いよく缶をテーブルに叩き付けた。傷が付いたらどうしてくれる。 「普通のやり取りから」  んなわけあるか。 「日常会話から告白には」  ならんだろ、と言いかけ口を噤む。私が田中君から告白された時も普通の会話から急に飛び出して来たっけ。あの野郎、驚かせやがって。 「まあ、ならないわけでもないが、五回も機会があるものか? いや、むしろ普通の会話の延長で告白するのならあるものなのか? よくわからんな」 「……おかしいのよ」  絞り出すように恭子が呟く。 「何が」 「彼が」  率直な返しに吹き出した。直球が過ぎるぜ親友。そんな変な男に惚れたお前も相当もの好きじゃないか? 「まあ綿貫君は変人だわな」  恭子の手の中で缶がひしゃげる。洗ってから捨てたいからあまり変形させないで欲しい。 「変人だとしても手強過ぎる。こっちの言葉を全然額面通りに受け取ってくれない。もしかして佳奈ちゃんへの気持ちを引き摺っているのかと思って確認したけどそっちはすぱっと諦めたって。じゃあ何で私の好意を全く受け取らないのか。眼中に無いからなのか。それでも頑張って振り向かせたい。そう思っていたら、葵、今日教えてくれたわね。彼は自己評価が物凄く低いから自分なんかが誰かに好かれるわけが無いって決めつけているって」 「うん」 「いるわよ! 此処に! あんたを好きな女が!」 「どうどう」  随分腹に据えかねているらしい。だけど斬新なキレ方だな。あんたを好きなのよ! って。私も恭子に一度くらい言って貰いたかったねぇ。 「こっちの好意を全部叩き落とすのよ。そのくせ私をときめかせる発言はするの。何度舞い上がったか。もしかしてワンチャン告白されるんじゃないかと期待をしては奈落の底へ叩き落とされる。その繰り返し。おかしい。おかしいわ。何で私、何度も告白そのものみたいな台詞を投げ付けて、そして彼から何度も告白寸前みたいな言葉を掛けられて、どうしてまだ何一つ進展していないの? どれだけ無意味な言葉の雪合戦なのよ! ただ濡れるだけで楽しくもなんともない!」  恭子のグラスへ黙ってワインを注ぐ。そして、どうでもいいけどちょっとエロイ例えだな、と頭を過った。恭子は鼻息荒く半分ほどを飲み干す。 「ちなみに具体的にはどんな言葉を伝えあったんだ?」 「めっちゃこっぱずかしいけど、聞く?」  ははは、そいつは愉快じゃないか。昔の私なら恭子は私に振り向かなかったくせに、って嫉妬したに違いない。だが今は心の底から楽しめる。いいもんだね、掛け値なしの親友ってやつは。恋には痛みや苦しみも伴うが、友情はただ単純に居心地が良い。 「聞く」  むしろぜひ聞かせてくれ。咳払いをした恭子の声色は若干落ち着きを取り戻していた。ただ、完全に目が据わっている。空いたグラスにワインは注がない。酔い潰れる前に全部喋って貰わなきゃならないからな。
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