招待状へのリアクション。 ~佳奈と橋本の場合~(視点:佳奈)

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招待状へのリアクション。 ~佳奈と橋本の場合~(視点:佳奈)

「珍しいね。葵さんが皆を誘うなんて」  正面に座る聡太が目を丸くした。そうだね、と私はミルクティーを啜り気持ちを落ち着ける。聡太と二人、散歩がてらやって来た喫茶店で葵さんからのメッセージを受信した。卒業旅行へ繰り出した、七人全員への旅行のお誘い。急な話で流石に驚いた。 「初めてじゃない? 飲み会とかも、葵さんから呼び掛けたことって無い気がする」 「前に立って引っ張るタイプじゃないもんね」 「つまりこの旅行はよっぽど行きたいってことかな」 「そうだと思う。しかし真面目な文章だな」  お互い、スマホを眺める。確かに友達や後輩を旅行へ誘うにしてはやたらと固い。いつもお世話になっております、から始まるメッセージなんてビジネスだよ。あと、本文で山科って言われてもピンと来なかった。葵さんは葵さんとしか呼んだことが無いからなぁ。 「あー、宿は四択から選ぶのか」 「そうなの?」  聡太が画面を見せてくれた。回答フォームが表示されている。確かに宿の候補は四つ挙げられていた。 「ね、佳奈。一緒に調べてみようか。宿と周辺の観光地。俺、丁度タブレットを持っているから此処で決めちゃおうよ」 「そうだね。早い方がいいだろうし、ささっと比べよう」  四人掛けのテーブルで、聡太の隣に座り直す。取り出したタブレットをテーブルに置き、二人で覗き込んだ。 「一軒目はGreen cottageね」  画面に打ち込み検索をかける。トラベルサイトが引っ掛かった。新しいタブで開く。綺麗な一軒家の写真がトップページに設定されていた。自動的に写真が流れてすぐに内装が映される。 「あぁ、ゲストハウスってこういうやつか」  頷く聡太に、ピンと来ていなかったの、と問い掛ける。 「使ったこと、無いからね。大勢で旅行とかしないし」 「部活もやってなければサークルにも所属した経験も無いんだもんね」 「一人でゲームをしている方が楽しいもん」 「……私とデートをしているよりも、ゲームの方が楽しかったりする?」  在り来たりな、それでいて甘ったるいやり取りを仕掛けてみる。どうにも聡太を前にした私はバカになりがちだ。まあいいよね、こういうやり取りもいつか出来なくなるのだから。別れたり、逆に家族になったり、関係性に変化があれば交わす言葉もまた変わる。逆に今、言える内に言っておくんだ、歯が浮きそうな甘い台詞もさ。バカみたいだけどそれでいい。うーん、と聡太は首を傾げる。 「思いの外、いい勝負だな」  バカはこいつの方だった! 平手打ちをかまそうと振りかぶると、冗談だって、と慌てて防御の姿勢を取った。 「聡太のそれはマジに捉えかねないのよ」 「やらかしが多いからねぇ」  反省しない男だな。まあいいや。 「それで、Green cottageはどうなのよ」 「知らないよ。だから一緒に調べようって言ったんじゃん」  確かにそうだ。どれどれ、と写真のページを開き次々にスライドさせる。部屋は何処も明るい。ベッドも、布団が厚めでふかふかしていそう。二人部屋が二つ、三人部屋が一つか。先輩二人、私と咲、三馬鹿の組み合わせがオーソドックスだね。だけど敢えてカップルごとに分けてみるのも面白いかも? 咲と田中君、私と聡太、あ、でもこれだと葵さんと恭子さんの部屋に綿貫くんが入ることになる。絶対に拒否するだろう。うーん、この組み合わせは無しか。まあよく考えれば葵さんの目の前で咲と田中君を同室へ泊まらせる羽目になる。うん、駄目駄目。我ながら血迷っていた。  ……そっか。葵さん、咲と田中君も誘ったんだ。告白されてフラれたからって田中君を邪険に扱うような人じゃないのはよくわかっている。ただ、同じ屋根の下で一泊を過ごすのは。もしかしたら自分が付き合っていたかも知れない相手が、彼女と仲良くしているのを一晩眺めきゃいけないのは。  辛いよ。  傷は癒えていないと言っていた。心はズタボロだ、とも。それに、私がその話題に触れた時。  葵さんの手、震えていた。  あの先輩は優しくて、やたらめったら面倒見がいい。だから今回も多分、誰かのため、或いは皆のために企画をしてくれたのだろう。おどけて、茶化して、笑顔を浮かべて。決して結ばれない、好きな相手を見送って。静かに一人で泣くのかな。  傍らの聡太に目を遣る。そうだ。私が今こうして聡太の隣にいられるのも、切っ掛けは葵さんが心配して会いに来てくれたからだ。アドバイスは最終的に、玉砕覚悟で突っ込んで来い、骨は拾ってやるからさ、というただの突撃指令になっていたけど、ともかく聡太への未練を引き摺り身動きが取れなくなっていた私の背中を押してくれた。だから私はヨリを戻せた。勿論、田中君や綿貫君が聡太を変えてくれた影響も大きい。恭子さんは偶然とはいえ私から聡太への告白、そして彼との約束を見届けてくれた。咲は、また付き合い始めたと伝えると、とても喜んでくれた。皆のおかげで今がある。私は聡太の隣に座っている。そして、やり直せた一番初め、最初の一歩を踏み出させてくれたのは間違いなく葵さんだ。あの日、私の元を訪れた時。初めて葵さんと二人きりで話をした。一緒にお昼ご飯を食べた。散歩をしながら私の気持ちを聞いてくれた。自分の中だけで悩み、こねくり回していた聡太への恋心と別れを切り出してしまった負い目を、人間には感情と理性があるのだから迷うのはしょうがない、と前向きに捉えさせてくれた。明日死んでいるかも知れないのだから後悔はなるべくしないように、と勧められた。もし葵さんが私のところへ来てくれなかったら、私は聡太は勿論、皆とも距離を置いたままだったかも知れない。この旅行へ誘って貰えたとしても、既読無視を続けていた可能性は高い。良かった、私も参加出来て。気兼ねなく皆と笑い合えて。嬉しいし、ありがたいね。  よし、決めた。旅行の準備も本番の二日間も、全力で葵さんを手伝うぞ。誰の何のための旅行かはわからないけど、やれることはたくさんあるはず。今こそ恩に報いる時! ……いや、もうちょっと頑張るべき場面はありそうだな。まあとにかく、しっかり葵さんをサポートしよう!  不意に聡太が視線を画面から此方に寄越した。バッチリ目が合う。 「佳奈、画面を全然見てないじゃん。俺の顔に何か付いている?」  小さく笑う。別に、と答えると肩を竦めた。そう、まずはきちんと情報を調べて回答するのが大事だ。そこから一つずつお手伝いをしていけばいい。葵さんへのお礼の気持ちを忘れなければ変に考え込まなくても手を差し出せるはず。 「ごめん、寝室辺りの写真からもう一回確認させて」 「序盤も序盤だ! 疲れている?」 「ううん、別の考え事をしていた」 「このタイミングでひどいな。まあいいけど」 「流石聡太、やっさしぃ~」 「煽てるには弱いよ」 「うーん、俺の方がひどいもんねって返しの方が良かったな~」 「そのネタ、こするねぇ~」 「で? リビングとキッチンはどうなの?」 「はいはい」  再び二人で画面を覗く。もしかしたら有り得なかった時間。辿り着けなかった瞬間。今、私達はその中で生きている。二人の心優しい先輩達と、二人のバカだけど大切な友達と、一人の穏やかな超能力者のおかげで。ねえ、聡太。  とっても、あったかいね。
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