招待状へのリアクション。 ~綿貫の場合~(視点:綿貫)

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招待状へのリアクション。 ~綿貫の場合~(視点:綿貫)

 ベッドの上で伸びをする。半ば無意識にスマホを点ける。午前十時五十分、か。あぁ、よく寝た。  昨日は葵さんの家から終電で帰って来た。それからシャワーを浴びて、ビールを二本飲んで寝た。夜中の二時くらいだったかな。普段、寝る前に酒はあまり飲まないけど、旅行の提案をしてくれたことでテンションが上がっていた。これが飲まずにいられるか、とウキウキしながら喉を鳴らした。テレビで動画サイトを開き、好きな音楽を流してはしゃいだ。ライブ映像に合わせて飛び上がったら着地の時に膝がガックリと折れた。まだ俺は二十四歳、加齢には早いはず。だから酔いが足に来ていたのだと思う。考えてみれば昨夜は随分ダラダラと飲んでいた。夜の七時から恭子さんと飲み始めて、九時には一旦店を出た。何故なら恭子さんがべろんべろんに酔っ払ったから。肩を貸すほどではなくて安心したけど、葵のところへ行く、と譲らなかった。咲ちゃんと遊んでいるんじゃないですかと宥めたが、だったら一緒に飲む、とこれまた頑なだった。どうしようもないので葵さんに電話を掛け、ご自宅にお一人と判明した上に快く迎えてくれたからお邪魔をさせていただいた。正直、独身女性のお家へ伺うのは気が引けたので俺は帰りますと断ったのだが、いいから、と上げられた。葵さんが気安く男を家に上げる様な人でないのは知っている。つまり俺への信頼の証なのだと理解していた。それでも、危なっかしいな、と気になった。ただもっと危なっかしい人がいた。恭子さんってば、本当に酒の飲み方がよろしくない。葵さんの家に突撃した挙句、洗面所で顔を洗って髪をびっちょびちょにしてしまい、そのまま首を振るから洗面所中に水滴が振り撒かれた。風呂に入ったけど転んだりやけどをしたりしないかと気が気じゃなかった。そして出て来た時は。  首を振る。いかん。忘れろ俺。あんな衝撃的な絵面、忘れなくては恭子さんに申し訳が立たない。俺がいるのを失念していたから下着姿で出て来てしまったのだ。完全に非は、体操服を渡すといういたずらを仕掛けた葵さんと、連れて来ておきながら俺を忘れた恭子さんにある。だが! 俺が忘れるべきなのだ! 悪いのがどっちかという問題では無い! それが紳士!  ……ただ。記憶とは忘れようと思ったらすぐに消え去るというものではない。むしろバッチリ焼き付いてしまっている。静止画じゃなく、動画で。 頭を抱える。忘れろ! 忘れるんだ健二! どのツラを下げて今度恭子さんに会う気だ! あんなに面倒見の良い先輩に、やましい視線を向けるなんて断じて良くない! たまたま起きた事故の映像を反芻するなんて人として失格だ!  その時。スマホが震えた。意識を脳内の恭子さんから逸らすのに丁度良い! ナイスタイミング! 広告だったら腹が立つけど。そんなことを考えながらメッセージを開く。おぉ、葵さんからの旅行のご案内だ。昨日の今日で早速流してくれたのだな。しかし真面目な案内文だ。とても好感が持てる。皆を誘うのだから丁寧に語り掛けるのは大事ですものね。  続いて回答フォームを開く。昨夜、三人で相談しながら設定したものがそのまま使われていた。質問内容も、日程と宿の候補も、決めた通りだ。良かった、役に立てた。ほっと息を吐く。あとはちゃんと集計出来れば問題は無い。その辺りは俺ではなくメッセージアプリの頑張るべきところなので知ったこっちゃない。  さて、俺も宿を見比べるとするかね。その前に腹が減った。飯を食ってからゆっくり考えよう。む、そうだ。そういや飯と言えば昨日、葵さんがカブ炒めを作る様子を動画に録ったのだった。食材を揃えていないから昼飯には作れないけど、もう一度おさらいしておくか。画像と動画の保存してあるフォルダを開く。真っ先に表示されたのは。  緩み切った笑顔でブイサインをカメラに向けた恭子さんだった。ご本人も仰っていたように緊張感の欠片も無い。こんな表情も浮かべるんだな。葵さんが相手だから見せた顔なのだろう。当然、疑似デートへ二回行った程度の俺は見たことも無い。 「一緒に遊んでいる時にこんな顔をされたら嬉しくならない?」  葵さんの言葉が蘇る。そうですね、俺ももし疑似デートの最中にこの顔をされたら嬉しいです。だって心を許してくれている感が全力で醸し出されている。リラックスし切って、素の自分を安心して曝け出せるような関係に。  思考が止まる。ちょっと待て。それは調子に乗り過ぎだぞ俺。恭子さんはあくまで疑似のデートに付き合ってくれているだけ。俺個人への思い入れとか、仲良くなりたいとか、そういう理由ではなく、ただ俺の女性への苦手ぶりが見ていられなくて手を差し伸べてくれたのだ。何を、葵さんみたいに恭子さんが心を許せる相手になれたら嬉しいな、だ。いかんいかん。危うく間違えるところだった。二回疑似デートをして、たくさん喋って、気が合うって判明して、諮らずとも抱き止めて、その上下着姿を目撃して、更にこんな表情をすると知ってしまって。どうやら俺は勘違いをしかけていたようだ。恭子さんにとって俺はただの見ていられない後輩だ。俺も恭子さんを尊敬しているし、感謝の気持ちは抱えきれないほど持っている。ただ、それだけの関係に過ぎない。デートは疑似。あくまで仲の良い先輩と後輩。或いは友人。そう、そうなんだよ。疑似デートで勘違いしてしまうなんて馬鹿な振る舞いにも程がある。恭子さんはそんなつもりなど欠片も無いし、だから俺が間違えてしまったら凄く迷惑に感じるだろう。それは嫌だ。あの人の恩義に報いるために、ちゃんとした後輩でいなければならない。  まったく、今日はどうにも落ち着かないな。まず飯を食おう。それから顔を洗って歯を磨いて、宿をしっかり調べよう。きちんと回答を送るのが今日の最優先事項だな。そうと決まれば何を食おうかな。ベッドを降りて台所へ向かう。手の中のスマホにはまだ笑顔の恭子さんが表示されていた。そっと画像を閉じる。さ、飯だ飯。しっかり食えばとっ散らかった思考も正常に働き出すだろう。そして葵さんの質問に答えるぞ!
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