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ムッツリとオープンと大酒飲みのトリオ+自称紳士。(視点:咲)
インターホンを押す。返答は無く、だけどオートロックが開いた。昨日の今日でまた訪れていることに少しおかしくなる。我ながら慕い過ぎているでしょう。
葵さんは廊下に顔を出していた。私を見ると、昨日の今日か、と苦笑いを浮かべる。
「私も同じように思いました」
「ま、咲ちゃんならいつでも歓迎だ。上がれよ」
遠慮なくお邪魔する。洗面所で手洗いうがいを済ませてからリビングに入る。こんばんは、とシャツにホットパンツという気楽な出で立ちの恭子さんが軽く手を振った。
「こんばんは。恭子さんもいらしていたのですね」
「昨夜から泊りよ」
そのお返事に首を傾げる。ノートパソコンの置いてある席に腰を下ろした葵さんは、あぁ、と薄く微笑みを浮かべた。
「昨日、君達を送り出した後に酔っ払った恭子がうちへ突撃して来たのさ」
またですか、と溜息を吐きそうになり辛うじて堪える。呆れたいけど流石に生意気だもの。
「あ、咲ちゃんってばまたやったのかって言いたいんでしょ」
恭子さんが私の内心をズバリと当てた。
「そ、そんなことはないですよ」
「嘘。顔に書いてあるもの」
反射的に頬を触る。ひどいっ、と恭子さんは唇を尖らせた。
「まあそう呆れてやるな」
「別に、呆れてなんて」
「遠慮か知らんが隠したって無駄だ。咲ちゃん、君はそろそろ顔に出やすい自覚を持ちたまえ」
葵さんの言葉に、観念した。すみません、と恭子さんに頭を下げる。
「どうせ私は酒乱よぉ」
「拗ねていないで治せ」
「だって葵に報告したかったんだもん。今日も楽しかったわよって」
「どんだけ私が好きなんだ。いや、お前が好きなのは綿貫君か」
「急に明言しないでよ、恥ずかしい!」
「事実だろ」
「不意打ちは勘弁してっ」
お二人の軽快なやり取りは聞いているだけで微笑ましくなる。最近はより一層仲が良くなったように見受けられる。そういやさぁ、と葵さんは頬杖をついた。また悪魔の笑みを浮かべている。なんでしょう、と私も椅子に腰掛けた。
「恭子ったら、綿貫君に下着姿を見られたんだぜ」
「えぇっ」
反射的に恭子さんを見る。誰のせいよっ、と間髪入れず葵さんにアイアンクローをお見舞いしていた。
「いでででで」
「あんたが私に体操服なんざ渡したせいでしょうがぁ?」
「お前も彼がいるのを忘れていただろ」
「シャツを渡してくれていればそもそもブラ一丁で出て来なかったわよっ!」
「どこの蕎麦屋だ。ブラ一丁お待ちぃってか。あ、痛い。本当に痛い」
「バカ者めぇぇぇ」
葵さんが恭子さんの腕をタップする。ギブギブ、との申し出にようやく手を離した。
「いってぇな。私の可愛い顔面が変形したらどうしてくれる」
「顔面より性格を矯正してやりたい」
「純粋無垢な私を愛して」
「いたずらという欲望に忠実過ぎるのよ」
「あ、あの」
ポンポン交わされる会話になんとか割り込む。こめかみを揉む葵さんと腕組みをした恭子さんが同時に振り向いた。
「昨日、私が帰った後に一体何が起きたのですか?」
さっぱり事情がわからない。
「こいつが綿貫君にブラ一丁の姿を見せた」
「言い方!」
「何故、そんな破廉恥な事態に……? それに、何故体操服なのです?」
「あ、咲ちゃんがエッチな想像をしているぞ。流石ムッツリ」
違います、と否定しかけて言葉に詰まる。昼間、想像の葵さんからムッツリと評されたのが頭を過ぎった。おやおや、と現実の葵さんが目を細める。
「今、マジで何を考えている?」
「やめてよ咲ちゃん……?」
恭子さんまで疑わしそうに私を見詰める。違います、と慌てて手を振った。
「ただ、伺った情報だけですと体操服を渡された恭子さんが下着姿で綿貫君の前に現れたというよくわからない状況しか浮かばないのですが」
「それで合っている」
葵さんが深く頷く。恭子さんは頭を抱えた。
「……合っているのですか」
「補足するなら、酔っ払った恭子を風呂にぶち込み着替えのシャツの代わりに体操服を用意した。たまにはマニアックな格好もいいと思ったから」
「葵さんの方がスケベじゃないですか……」
「私はオープンだからいいの」
スケベにいいも悪いも無いと思う。
「だけど恭子は体操服を着なかった。私が間違えたと思い、取り換えて貰おうとブラにホットパンツというハイパー刺激的な格好でリビングへやって来た。自分が連れて来た綿貫君がいるのをすっかり忘れてな」
「……普通、忘れます?」
私の疑問に、しょうがないじゃない、とか細い声が返って来た。
「忘れちゃったんだから……」
「恭子さん。お酒、控えた方が良いですよ」
「咲ちゃんに言われると身につまされるわね……」
「昨夜の時点で反省しろよ」
「元凶のあんたに言われると腹が立つのよ!」
途端に気炎を揚げた。まあ確かに葵さんがいたずらをしなければ綿貫君に肌を晒してしまったりはしなかったに違いない。恭子さんが怒るのもわかる。それはそれとして連れまわしている人の存在を忘れるのも駄目だよね。
「それで、綿貫君は慌てふためいたのでしょうか」
その問いに葵さんは唇を綺麗な三日月形にした。ご名答、と片目を瞑る。
「そりゃもう取り乱したとも。任意で記憶が消せるなら即刻抹消するところですって叫んでいた」
「真面目ですね」
「そういうところが好きなんだろ、なあ恭子」
「どういう飛び火の仕方をしているのよ。もういい、この話はお終い」
強引に話が畳まれる。ちなみに、と葵さんがご自分のスマホを私に渡す。画面には緩み切った表情でブイサインをしている恭子さんが写っていた。
「わぁ、いいお顔ですね。リラックスし切っています」
「あ、ちょっと。あの写真?」
恭子さんは身を乗り出し、私の手元を覗き込んだ。シャツの胸元がはだけて目の前に大変な景色が広がる。うーん、これは綿貫君も動揺するでしょう。私も視線が釘付けになってしまうもの。しかし女子しかいないとはいえ諸々緩み過ぎではないかなぁ。こういうところから、いざという時のハプニングに繋がったりするのですよ。
「それ、綿貫君にも送ったんだ。そうしたら彼、どんな反応をしたと思う?」
どんなって。
「ええと、照れ臭いです、とかでしょうか」
目の前の恭子さんは、何故か顔を真っ赤にした。そっと席へ戻る。葵さんは穏やかな表情を浮かべていた。ゆっくりと首を振る。
「違うのですか。じゃあ、うーんと、いい写真ですねって精一杯褒めた」
「ちゃうねん」
何故か葵さんが関西弁になった。なんでやねん。
「まあ絶対に当たらないと思うから教えちゃおう。正解は、綺麗なお顔だと思います、だ」
「へえぇっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。恭子と同じリアクションじゃねぇか、と葵さんはお腹を抱えて笑い転げた。
「誰だってこんな反応になるわよ……」
「そ、それはそうです。あの、綿貫君が、綺麗なお顔って言ったのですか? 照れ屋で初心で女性が苦手な綿貫君が?」
「拗らせた童貞みたいだな。いや、その通りか」
「ええと、恭子さん、疑似デートで一体どれほど仲良くなったのでしょう」
面倒見の良い綺麗なお姉さんはタコみたいに真っ赤だ。わかんない、と消え入りそうな声が聞こえる。
「ただ、仲は深まった。……動画は葵の物だけしか持っていないけど」
「動画?」
今日は一体どれだけわからない話が飛び出してくるのでしょう。
「料理動画。彼が気に入ったツマミの作り方を動画に収めていきやがったんだ」
「いきやがったって。葵さんは嫌だったんですか?」
「嫌に決まっているだろう。てめぇの姿を録って残されるなんて御免被る」
「でも録らせてあげたのですね」
「まあな。それを恭子が根に持ってまだ拗ねているんだよ。いいじゃんか、綺麗な顔って褒められたんだから」
「それはそうだけど……」
「照れちゃってまあ、可愛らしいこと。つまみ食いしてもいいか?」
「アホ」
恭子さんの軽い手刀が葵さんの額を叩いた。残念、と舌を出している。私は昨日、葵さんにくすぐられたことを思い出し、密かに鼓動が高鳴った。そして徹君との一夜も過ぎり、更に加速する。
さて、と葵さんが伸びをした。
「与太話はこのくらいにして、本題に入ろうか」
「あんたが散々喋っていたんでしょ」
「恭子の恋模様は咲ちゃんにも共有しなきゃ。な」
笑い掛けられ反射的に頷く。一瞬、葵さんが目を細めた。内心を見透かされているようで緊張が走る。だけどすぐに表情を和らげた。
「そんで咲ちゃんよ。来てくれてありがとう。大事な婚約者を放っぽってのご訪問なんて恐れ入るね」
「いえいえ。本当は瞬間移動ですぐに来たかったのですが、そうすると一緒にご飯を食べに行くことも出来なくなってしまうので電車でやって参りました」
「その分、飯は奢るさ。まあ、現時点では別に手伝って貰わなくても大丈夫なのだが。なにせ予約を取るくらいしか無いんでね。だけどわざわざうちまで来たのには理由があるんだろ」
そりゃあ何かあるってわかるか。背筋を伸ばす。口を開いた、その時。
葵さんのスマホが振動を始めた。いいよ、と私を促してくれる。だから喋ろうとするのだけど、バイブ音は一向に鳴りやまない。
「……誰から?」
痺れを切らした恭子さんが葵さんに訊く。舌打ちをして画面を開いた葵さんは恭子さんにスマホを渡した。何よ、と画面を見ると途端に唇を噛んだ。
「相手をしてやっておくれ」
「つくづく間の悪い子ね」
もしもし、と恭子さんが応じた。私達にも聞こえるようスピーカー受話にしてくれる。
「お疲れ様ですっ。あれっ? ひょっとして恭子さんですか?」
綿貫君の元気な声がリビングに響いた。よくも私の出鼻を挫いてくれたなぁ~。今度会ったら取り敢えず脇腹をつつこうっと。
「そうよ。まだ葵と一緒にいるの。あと咲ちゃんも」
「ありゃっ、全員集合じゃないですか」
どの全員、なのかさっぱりわからない。
「全員どころか半数しかおらんのだが」
葵さんも同じように引っ掛かったらしい。至極もっともなツッコミを入れる。
「確かに。何で俺、全員集合なんて言ったんですかね。あはは」
「「「知らんがな!」」」
三人でハモってしまった。失礼しました、と明るい声が返って来る。綿貫君、絶好調だね。
「そんで、私に電話を掛けて来たのは、何でも手伝いますよって申し出かい?」
咳払いをした葵さんが本題に入る。おぉっ、と今度は驚きの声を上げた。
「よくわかりましたね」
「ま、何となくな」
ふと気が付くと恭子さんが唇を尖らせていた。嫉妬心が思いっ切り態度に出ている。可愛いけれど、葵さんに嫉妬なんてしないで欲しい。お二人には仲良く過ごして貰いたいから。
「その通り、予約とか買い物とか運転とか、いくらでもやりますのですぐにお申し付け下さい。あと、回答フォームも無事に動いたようで安心しました」
「あぁ、君が作ってくれたおかげで迅速に取り纏められた。ありがとう、助かったよ」
へぇ、フォームは綿貫君が準備したんだ。そっか、昨夜彼も此処へ来ていたのだものね。
「あれくらい、どうってことありませんよ」
「そのどうってことない機能すら私は知らなかったわけだが」
謙遜する綿貫君の言葉尻を葵さんがとっ捕まえた。あっ、と悲鳴が響き渡る。どうでもいいけど綿貫君って頑丈な声帯をしているな。
「す、すみません。そんなつもりで言ったわけではなかったのですが」
「どうせ私は古い人間ですよ」
回転寿司屋さんでも同じような台詞を葵さんから聞いた。色々新しくなくても別にいいとは思うけど、自撮りのやり方がわからないと困っていたのには驚いた。私ですら使った経験があるもの。もっとも、付き合う前の徹君と初めて飲みに行った際、酔っ払ってツーショットを撮りまくった時くらいだけど。
「じゃあそんな古い葵さんを全力でサポートします!」
「ふっ」
「あはは」
「えぇ……」
とんでもない乗っかり方をした綿貫君に、葵さんは小さく吹き出し、恭子さんは笑い声を上げ、私は少し引いてしまった。古いって断言しちゃうんだもの。先輩方は器が大きい。
「そうかい。そいつは頼りになるね。では遠慮なく寄り掛かるとしよう」
「物理的には来ないで下さいよ」
そう返された葵さんが目を丸くした。しねぇよバカ、と受話器に向かって吐き捨てる。恭子さんは黙って腕を組んだ。
「いや、言葉の捉え方を間違われても困るので、はっきりさせておかなきゃと思いまして」
「安心しろ。君に向かって、おんぶー抱っこーなんて頼まないから」
言いながら恭子さんを伺っている。あー、これはよろしくないですね……。それに今の葵さんの喋り方、大分可愛かった。嫉妬の炎に燃料を追加するようなものだ。怖いなぁ。
「頼まれても受け止められませんよ」
「だから頼まねぇっつってんだろ。とにかく、君にも色々お願いするかも知れん。その時は改めて連絡する。取り敢えずわざわざ電話をくれてありがとうな」
強引に話を纏めにかかった。
「はいっ、よろしくお願いしますっ。じゃあ失礼します。お邪魔しました、お休みなさーい」
こういう場面の綿貫君は案外察しが良い。すぐに電話を切ってくれた。ただ、お休みには早いと思う。まだ夜の七時だよ。やれやれ、と葵さんがスマホを仕舞った。
「電話を切ろうとしているのにはすぐ気付くくせに、自分へ向けられた恋心にはとことん向き合わないんだな。なあ、恭子。お前も大変だな」
眉を寄せ、歯ぎしりをしている恭子さんは、あの野郎、と喉の奥から絞り出した。
「皺になるぜ」
「物理的に寄っかかって来ないでって、どういう注意の仕方よ!?」
悲壮な叫びが響く。いや、悲壮というより奇想かな。
「そう発言するってぇのは、寄っかかられるかも知れないって想定しているって意味でしょ!? 何で葵が体を預けてくるんじゃないかって考えているのよ! おかしくない!?」
「おかしいぞ。彼はいつでもズレている」
「私の前でしちゃ駄目なズレ方じゃないの!」
本当に火でも噴きそうな勢いだ。
「まあまあ、そこまで深く考えていないって」
「葵も、おんぶー抱っこー、じゃないわよ! 何その言い方、キュンと来ちゃったじゃない!」
うん? 恭子さんの言い分もちょっとズレていない?
「キュンと来た方にキレているのかよ」
「綿貫君が惚れちゃったらどうしようかと心配もしているわ!」
「あ、ちゃんとそっちも気になっているのな。ごめんごめん」
「もー、何でこううまくいかないのよー!」
恭子さんの絶叫に、でもさ、と葵さんが真顔で呟いた。
「告白されたその場でフラれた私より、希望の芽があるだけマシだと思うぞ」
途端に沈黙が訪れた。空気が一気に張り詰める。何かゴメン、と恭子さんは居住まいを正した。私は発する言葉が見付からない。しばしの気まずい静けさの後。
「そんで、咲ちゃんはどうしてわざわざうちまで来てくれたんだい?」
いきなりパスを回された。今!?
「こ、この状態からそれについて話せと!?」
「うん。電話で中断しちゃったけど続きを聞かせておくれ」
奈落の底みたいな雰囲気に突き落としておいて私にぶん投げるとは、悪魔も裸足で逃げ出しますよ!
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