最高の肴、ゲットだぜ。(視点 恭子)

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最高の肴、ゲットだぜ。(視点 恭子)

 ノドグロを捌き終えた店員さんが、ビニール袋を三つ渡してくれた。 「ありがとうございます。美味しくいただきますね」  意識的に愛想良く微笑みかけると、サービスです、と傍らの白魚も袋に入れてくれた。よっしゃ、ラッキー! 「いいんですか。すみません、ありがたく頂戴致します」  傍らの咲ちゃんも、ありがとうございます、と小さな声で言い頭を下げる。葵もだけど本当に人見知りよね。  失礼します、ともう一度笑い掛けてその場を後にした。のんびりとスーパーの外へ出る。 「やったわね。ノドグロ、ゲット! しかも本当に夜の割引で三尾五百円とは、恐れ入ったわ」 「やりましたね。どうやっていただきましょう」 「塩焼きが意外とお勧めだってポップには書いてあったわ」 「流石恭子さん、隙がありません」  いや、割と隙だらけだと自負しているけど。うっかりした発言も多いし。うっかり下着姿を綿貫君に晒しちゃったし。でも尊敬して貰えると浮かれたくなる。イエーイ、とブイサインを繰り出した。 「おまけに白魚も頂けました。優しい店員さんでしたね」 「ええ。また来ようか」 「はい、是非お願い致します。では戻りましょう」  そう言ってスーパーの裏手へ向かおうとする咲ちゃんに、ねえ、と声を掛ける。 「何でしょう?」  不思議そうに私を見詰めた。深呼吸を一つする。一人で待っている葵には悪いけど、もう少しだけ時間を頂戴。 「ちょっとさ、二人で話さない? 駄目?」 「勿論、構いませんが」  頷きながらも咲ちゃんの表情が固くなる。まあ、私に引き留められたら何となく察するし、身構えるか。でも話をしたい。気付かないふりをしてぶらぶらと歩き出す。 「プロポーズ、されたんですってね」  静かに問い掛ける。はい、と小さな返事が聞こえた。そんなに緊張しないで、と傍らの彼女に出来るだけ優しい笑みを見せる。 「それとも文句を言われる気でもする?」 「いえ、そんな事はありません。ただ……」 「私が葵の親友だから、内心面白くないのではないかと気になる」 「……はい」  ふっと息を吐く。 「そこまで私、頑固じゃないわよ」 「……」 「葵に聞いた。咲ちゃん、自信を無くしていたんですって? 田中のバカのせいでさ」 「……はい」 「当然よ。別の女に告白されたら咲ちゃんだって傷付くに決まっている。ま、その辺はあいつにしっかり説教したけど、思えば田中君が葵に告白した翌日、咲ちゃんをフォローした人っていなかったのよね。皆、葵を心配してばっかりだったから」  そう、記憶を辿れば私は田中君を叱りつけた。咲ちゃんは葵を慰めに走った。そして最後は田中君と私、葵、咲ちゃんがそれぞれ一対一で話し合って決着をつけた。だけどもう一人、告白の被害者である咲ちゃんを支えた人はいなかった。昨夜、咲ちゃんを元気づけたと葵から聞いた時、遅まきながらそのことに気付いた。 「ごめんなさい、咲ちゃんを慰めるどころか葵のケアは頼むわよってぶん投げちゃって。その後もずっと悩んでいたのでしょう。もう大丈夫なの?」  ようやく咲ちゃんの表情が緩んだ。はい、と穏やかに微笑む。 「葵さんにたくさん慰められました。田中君ともう一度話し合いました」 「そう、良かった。そして、結婚の約束もしたのよね」  途端に俯いてしまった。照れ隠し? いいえ、これは気まずそうな仕草に見える。まったく、本当に真面目なんだから。 「ちょっと、あからさまに目を逸らさないでよ。さっきもはっきり伝えた通り、こいつら葵を踏み台にして結婚なんてするのかよ、なんて思っていないからね?」  小柄な超能力者の頭に手を乗せると、僅かに身を竦ませた。ビビり過ぎ、と軽く撫でる。 「……すみません。ただ、恭子さんは葵さんをとても大切になさっておられますので、本当は怒っているのではないかとどうしても引っ掛かってしまうのです」  飾らない言葉。だから素直に信じられる。 「そりゃあ葵は可哀想だと思うし、だから私はあの子を全力で支える。逆に私も支えて貰う。私達はお互いそういう関係だって認識しているしね。でも咲ちゃん。それと、貴女と田中君が結婚をするのは別の話。よくも葵を差し置いて、なんて思わない。そんな風に勘違いされていたら嫌だし、でもされている気がしたから、今こうして付き合って貰ったの。案の定だったわね。気を揉ませたのならもう心配はしないで。そして、葵に対する私の気持ちを理解し、真剣に向き合ってくれてありがとう」  手を離し、すぐに抱き締める。 「結婚、おめでとう。咲ちゃん、必ず幸せになってね。葵が向ける熱意には及ばないけど、私も貴女を大事に想っている。あのバカにはきっと手を焼くでしょう。どうしようもないな! って頭を抱えたくなる日はきっと来る。その時はいつでも呼んで。いくらでも説教をかましてやるわ。あとゲンコツもね」  冗談めかしてそう伝える。ゆっくりと、私の腰にも手が回された。ありがとうございます、と肩の辺りからお礼が聞こえる。 「恭子さんはとっても頼りになります。貴女のおかげで、田中君は私に対して抱いていた好意にちゃんと向き合えたと伺いました。私達が結婚まで至れたのも、始まりは恭子さんのおかげだったのです」 「うじうじしているあいつに苛ついたから、尻を蹴り上げただけよ。田嶋さんを好きだけど、告白して失敗したら友達付き合いも終わってしまう。そんなの嫌だ、何故なら田嶋さんを好きだから。故に俺は告白をしない。なんて、ぐだぐだ語っていたからさ。咲ちゃんを好きならきちんと気持ちを伝えてこい。フラれた後のことばっかり気にしていないで行動してみろ。その上で、もしフラれたとしたって友達関係が終わってしまわないよう足掻いてみせろ。好きなんだったらそれくらいやれ。沖縄旅行の時、そう伝えたわね」  二年前か。懐かしいな。そんな二人が結婚まで辿り着いたのだから私だって嬉しいに決まっている。何で結婚するのよ、なんて野暮なことは言わないっての。 「恭子さんのアドバイスが無ければきっと告白しないまま、ずっとお友達でいたかも知れません。やっぱり恭子さんは私と田中君の大恩人です」 「咲ちゃんに言われると満更でもないわねぇ」  腕の中で僅かに身動ぎをした。 「田中君に言われても同じように喜んで下さい」 「当分は無理。まあそうね、葵に恋人ができたら少しは溜飲も下がるかも」 「……いつかできると良いです。葵さんの結婚式のスピーチは恭子さんにお譲りします。その分、私はたくさん写真に収めます。葵さんのウエディングドレス、きっとお綺麗でしょうから」 「気が早いわね。その前に貴女が着るのだから。式、楽しみにしている。お幸せにね」 「ありがとうございます。直接言っていただけて、安心しました」  体を離す。そして咲ちゃんのほっぺを両手で軽く摘まんだ。 「そんなに融通の利かない性格じゃないわよーだ」 「失礼しました。そうですね、恭子さんは葵さんの気持ちと、私達の結婚をごっちゃにして考えたりはしませんよね」 「あったりまえじゃない。お姉様を舐めるんじゃないわよー」 「舐めてはおりませんが、見誤っておりました」 「素敵な結婚生活になるよう、ちゃんと祈っているからさ。葵と二人で新しい家にも遊びに行かせて貰う。決まったら住所を教えてね」 「勿論です。美味しいお酒も用意しておかなきゃですね」 「うん、よろしく!」  二人で笑顔を交わし合う。さて、とスマホで時間を確認する。 「げ、もう八時半を回っている」  なんと、と咲ちゃんも自分のスマホを開いた。 「お店に着いたのが八時前、それからすぐに此処へ来ましたが」 「既に葵、三十分以上一人で居酒屋にいるのね。ちょっと長話し過ぎたかな!」 次の瞬間、あの、と脳内に声が響いた。おっと、テレパシーね。毎度、最初の一言目だけはびっくりしちゃうのよ。 (スーパーの裏までは歩いて戻りましょう。ダッシュで裏手に向かうなんて不自然ですから) (そうね。急いては事を仕損じる、よ) (……ちょっと使い方が違う気もしますが、まあ、はい)  お互いに一つ頷いて、来た道をトコトコ引き返す。その間もテレパシーは繋がったまま。 (一旦、私と恭子さんの家に行きましょう。それぞれのノドグロを冷蔵庫に仕舞わないと痛んでしまいます) (取り敢えず葵の家の冷蔵庫へ全員分を入れさせて貰えば?) (許可してくれるでしょうか) (知らない) (じゃあやっぱり家を回りましょう。大丈夫、数秒で済みますから)  何だかやけにこだわるわね。まあ咲ちゃんがそうしたいなら別にいいけど。移動は一瞬、行動は冷蔵庫にノドグロを仕舞うだけ。確かに数秒で済むか。 (わかったわ)  答えると同時に瞬間移動で出現した場所へ到着した。 (生体エネルギーの反応は無し。防犯カメラもありませんね。では行きますよ) (了解!)  そうしてまずは私の家へやって来た。靴を履いているのでちゃんと玄関に立たされている。冷蔵庫まで走り、すぐに戻る。次は咲ちゃんの家。最後は葵の家。勝手に冷蔵庫を開けてノドグロを押し込む。 「よし、じゃあ居酒屋へ行きましょう!」 「はい! 今度は走りましょうか!」 「目立とうが何だろうが関係無いもんね!」  二人とも、息せき切って店へ戻る。目に入った葵の華奢な背中がやけに小さく見えた。結局九時近くなってしまった。一時間も一人にしたのだから寂しくなったのかしら。 「ごめん、遅くなって」  努めて平静に、かつ申し訳無さを含ませて声を掛ける。返事は無い。俯いた表情は髪で隠れてよく見えない。 「葵さん、申し訳ありません。こんなに長時間、お一人にしてしまって」  咲ちゃんが顔を覗き込んだ。あ、と目を丸くする。私もそっと見てみると。  目を瞑り、微かな寝息を立てていた。待ちくたびれて眠ってしまったらしい。テーブルには角煮と出汁巻き卵、そして乾いた刺身が並んでいた。その傍らに、葵のハイボールが置いてある。結構飲んじゃったのかしら。それにしても隙しか無い寝顔ね。見慣れているのにやたらと愛おしく感じるのは何故かしら。 「可愛いですね」  無意識のように咲ちゃんが呟く。うん、と私は頷きを返した。お互い、席に座りジョッキを手に持つ。軽くぶつけ、一気に煽った。最高の肴で飲むお酒は格別ね!
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