無理強いをするんじゃありません。(視点:葵)

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無理強いをするんじゃありません。(視点:葵)

 む、これはあの件だな。 「水着は着ないぞ」  先手を打って叩き潰す。この調子なの、と恭子は腕を組んだ。 「温泉施設のことですか。葵さん、水着は嫌なのですか?」 「嫌だ」  即答する。その心は、と咲ちゃんが私を見詰めた。何故だろう、恭子に答えた時と違ってちょっと答えにくいと感じるのは。だが無視するわけにもいかない。 「……男子の前だと恥ずかしい」  やや間を空けて、ほぉ、と咲ちゃんにしては珍しい返事を寄越した。 「葵、意外と初心だったの」  うっせ、と応じる声が強くなってしまう。くそ、照れ隠しの感が出てしまった。 「別にいいじゃないのよ、水着くらい」 「嫌だ。恥ずかしいものは恥ずかしい」 「行きましょうよぉ、皆でお風呂ぉ」 「断固断る」  何で男女が一緒に風呂へ入らにゃならんのじゃ。公序良俗に違反しては、まあいないけど。水着を着用するんだものな。……その水着が嫌なわけで。 「旅行先で海へ行った時には着ていたじゃない。男の人もいっぱいいたわよ」 「知らない人なら別にいい。有象無象に何と思われようが知ったこっちゃないから。だけど関りのある相手に見られるとなると、絶対に嫌」  うーん、と恭子が腕組みをする。咲ちゃんは黙って耳を傾けていた。 「じゃあさ、具体的にどこが嫌なの?」 「恥ずかしいっつってんだろ」 「だからどのへんがよ。葵、綺麗な体をしているじゃない」 「腹にでっかい傷跡はあるけどな」  手術の跡が思いっ切り残っている。だからワンピースタイプの水着しか着ない。そしてたとえそれでも着たくない。 「まあそうだけど、見えないようにするでしょ」  そう。傷跡は理由じゃない。だから恥ずかしいんだってば。こいつ、話を聞いているのか? 「私以外の六人で行け」 「雰囲気が悪くなるじゃない。葵が行かないならやめようってなるわよ」 「着いてから別行動をとるさ。体調の問題って言えば皆、納得するって。男どもは黙り込むだろうけど」 「えー、本気で入らないつもりぃ?」  しつけぇな。ジョッキの氷を投げつけてやろうか。恭子が今度は咲ちゃんを振り返る。 「ねぇ、咲ちゃんも説得してよ。一緒にお風呂に入ろうってせがめば葵も折れてくれるかも。ほら、咲ちゃんの水着姿も拝めるのよ?」 「私はスケベ親父か。だが甘いな、この三人で温泉旅行へ行ったのを忘れたか。今更咲ちゃんの水着くらいで、あ、でもどうしてかな。全裸よりエロい気がする」 「ぐらつくのが早い!」  咲ちゃんが顔を顰める。そんなに嫌かね。 「私をエッチな目で見ないで下さい……」 「だって可愛いんだもん」  即答すると溜息を吐かれた。恭子といい私といい、すっかり後輩に呆れられるようになりましたなぁ。距離が近くて嬉しい限りだ。 「私の水着姿はともかく、葵さん。本当に嫌なのですか?」  改まって問い掛けられた。嫌、とこれまたすぐに答える。わかりました、と咲ちゃんはゆっくりと頷いた。 「恭子さん。嫌がる人に無理強いはよくありません」 「えぇ、そんなぁ」  よしよし、流石は咲ちゃん。やっぱり私の味方だね。ざまぁ、と恭子に向かって舌を出す。と、思いきや。 「ですが」  咲ちゃんが言葉を続けた。なんじゃいな。 「葵さん。一人で別行動を取るのは寂しくないですか」 「全然平気」  その瞬間、また嫌な感情が胸に走った。二年前の、沖縄旅行。違う。楽しかった。どうしてさっきから過ぎるのか。今、顔に出てしまわないよう気を付ける。幸い、咲ちゃんは気付かなかった。 「私達は寂しいです」 「平気平気。その辺をうろうろしているからさ、気にせずひとっ風呂浴びて来い」 「それに、体調の問題と言ってしまいますと、その後三馬鹿が変な気を遣うと思いますが」 「酔っ払ったら忘れるだろ」 「七人全員が揃うのに、葵さんだけ外してしまうのは寂しいです」  また胸が疼く。違う。昔と今の私は、変わった。変わったはず。第一、今回は恥ずかしいだけ。傷を負うわけではない。……じゃあ、二年前は。 「恐らく、皆でお風呂に入るなんて今後の人生において、もう出来ない経験ですよ」 「……そりゃあそうかも知れんが」 「たった一度の機会です」 「まあ、な」  途端に咲ちゃんが目をかっ開く。あ、しまった。気が散っていたせいで隙を見せてしまった。いいですか、と語調が早くなる。 「今後の人生において二度と見られない姿が六人分です。そして今回を逃せば一堂に会するのは次、いつになるのかわかりません」 「お、おい。夏休みも年末年始も毎年来るって」 「しかし全員が集まれる保証はありません。ましてや水着で入れるお風呂が都合よく近くにあるとは限りません」 「そうよ! 恥ずかしいという感情だけで行かないのは勿体無いわ! だから来なさい!」  当然のように恭子が加勢に入る。だけどな。 「ちょっと待てコラ。無理強いは良くないって言ったばっかりじゃねぇか」  至極もっともな反論をぶつける。さあ、口を噤むがいい! だが咲ちゃんは、いいえ、と頭を振った。 「私は無理強いなどしておりません。ただ事実を述べているだけです。七人が一緒にお風呂へ入れるのは一生に一度のチャンス。そして葵さんがいないと皆寂しい。そう言いましたが、お風呂へ入りましょうとは一言たりとも申しておりません。恭子さんと違って」 「……なんか急にこっちが被弾したのだけど」  う、確かに。恭子と違って咲ちゃんは無理強いはしていないな。でもさぁ。 「ひたすらにプレッシャーをかけてはいるよな」 「かけてません。そう感じるのは葵さんの中に引っ掛かるものがあるからです」 「こんだけ捲し立てられれば引っ掛かりが無くても圧を感じるわ!」 「ですが本当に今後無いと思いますよ。皆でお風呂に入るなんて。私も勿論水着になるのは恥ずかしいです。なにせ同伴するのが恭子さんと佳奈ちゃんです。三馬鹿はまず間違いなく目を奪われるでしょう。私だって堪能したい」 「咲ちゃんもエロい目で見ているんじゃねぇか!」 「そんな風に思っていたの!? 見られる側としては気まずいんだけど!」 「失礼しました。それはさておき」 「「さておくな!」」 「逆に考えました。視線が二人に向くのなら、私は目立たなくて済む、と。ね、葵さん。私と二人、お風呂の隅におりましょう。そして楽しませて貰うのです」  充血した目で迫られる。そうか。今、ようやく気付いた。 「咲ちゃん。君、酔っているな」 「酔ってません」 「いや、絶対酔っ払っている。ムッツリスケベがオープンになっている」 「酔ってません」  恭子がタッチパネルから水を頼んだ。その傍らで咲ちゃんが私の腕にしがみついて来る。 「無理強いはしません。ですが折角の楽しみをみすみす逃すのですか? 本当にそれでいいのですか?」 「してんだろ、無理強い!」 「恭子さんと佳奈ちゃんの水着ですよ? なんなら男の子達の体も眺められるのです」 「見境無しか!」 「そして私の傍らには水着姿の葵さん……うふふ」 「恥ずかしいって嫌がっている奴に一番言っちゃ駄目な台詞だぞ!?」 「いっぱい楽しませて貰います」 「何を!?」 「何をって、そんな……」 「っていうか君、もしかして温泉旅行の時も実はむふふって思っていたのか!?」 「……むふふ」 「おい、水はまだか!」 「あ、ごめん。まだ頼んでない。ついでにお酒をおかわりしようと思って」 「収集がつかねぇんだよ早くしろ!」 「行ーきーまーしょーうーよー」 「無理強いじゃねぇか!」 「あーおーいーさーーーーん」 「重い! 倒れる! 一旦離れろ!」 「いーやーでーすー」 「水はまだか!」 「ごめん、まだ注文してない」 「はよ酒を選べ! いや、もう飲むな! 帰るぞ!」 「えー、あと一杯だけ。ほら、おつまみも残っているし」 「はよ食え!」 「あーおーいーさーーーーん。あ、お酒が欲しい。恭子さん、レモンサワーのお代わりを」 「君は飲むな!」 「オッケー」 「受け入れんな!」 「だってたまには人が泥酔するところも見たい」 「酔ってません」 「いい加減にしろ馬鹿ども! 明日も仕事だぞ!」 「最悪、有休を取る」 「社会人失格!」 「酔ってません」 「酔ってるよ! あぁ、もう!」  どうしてこうなった!
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