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待ち時間の先輩方と寝たふりを続ける後輩。(視点:咲)
「さて、もうすぐ駅だ。咲ちゃんを起こさないと」
「いいわよ、別にこのままで。タクシーで家まで送るから」
いや、大丈夫です。むしろ電車で帰れます。恭子さんとはお家の方向が違いますし。ただ、自分で申し出るタイミングはとっくに逸した。だから葵さん、早く私を起こしてください。
「それがいいか。考えてみれば昨日も水族館へ出掛けた上に田中君と散々揉めて、その上今日も私の家に来て、きっと疲れているんだよな」
「そういうこと。寝かしておいてあげましょ」
いやいや、流石に申し訳無い! ただでさえずっと盗み聞きをしていたというのに家まで送って貰うなんて、罪悪感が半端ではない! どこかのタイミングで起きなくては!
「じゃあはい、これ」
「あら、いいの? 五千円も」
五千円!? 大金じゃないですか!
「咲ちゃんの家に寄ってから帰るなら結構かかるだろ。余ったら今度奢ってくれ」
「了解」
だ、駄目です。そんな、私、起きているし。バッチリお話、聞いているし。ううん、だから言い出せない! あ、でもそうか。タクシーに乗るのならその前に一度、立たされるはず。その時、起きたことにしてしまおう!
やがてお二人は足を止めた。薄目を開けて辺りを見回す。タクシー乗り場には十人ほど並んでいた。
「まだ十時だってのに意外と待ってんのな」
「ね。そもそも日曜日の夜は空いているイメージだった。翌日は仕事だもの」
「いや、だからかも。皆、早く帰りたいから電車よりタクシーを使うのかもな」
「成程ね。此処に酔い潰れる程遊んだ子もいるけどさ」
酔い潰れたのは本当。寝ているのは嘘。……ごめんなさい。
「可愛いじゃないの。そして、明日二日酔いになっても自己責任、と。私は止めたもんね、これ以上飲むなって」
「私は飲みたいって言うから飲ませた」
「止めるのが先輩じゃないのかよ」
「後輩に身を以て学ばせるのも先輩よ。葵は甘いっ」
「あぁ、そうさ。咲ちゃんには甘々だ。可愛いんだもんよ」
……照れます。
「本当、デレデレよねー」
そしてどんどん起きていると言い出しづらくなりますね……。
「何だよ、嫉妬か? じゃあ恭子、今日もうちに泊まる?」
「何言ってんの。……でもさ。そういう葵の台詞に遠慮なくツッコミを入れられるようになったの、地味に嬉しい」
お二人の過去を考えると、その重さがよくわかる。
「お前は真面目だからなぁ。改めて、ありがとよ。六年も私の言葉を引き摺ってくれて」
「ううん。逆にお互い、前へ進むのに六年も掛かったのね」
「私は二年前には既に進み始めていたつもりだぜ。お前がクソ真面目過ぎただけ」
「褒めているの? けなしているの?」
「褒めているに決まっているだろ。なにせ私はお前が大好きだからな」
「田中君と咲ちゃんの次に?」
急に名前を出されてびっくりする。聞いちゃっていいのでしょうか? いや、寝ていると思っているからお二人はこんなお話しをしているわけなのですが、どうしよう。どんなお返事をするのですか葵さん!?
「一番の親友はお前だ」
ほっとする。そうですよね。まかり間違って私の方が好きなんて言われたら嬉しいけど恭子さんをもっと大事にしてと訴えたくなる。
「田中君には恋心」
……。
「咲ちゃんには……親心か?」
親心……。
「いつから親になったのよ」
「じゃあ姉心」
まあ、誰よりも素敵な私のお姉ちゃん的存在ではあります。
「悪いことは言わないから先輩にとどめておきなさい。あんまり姉貴面するのは痛いわよ」
割と嬉しいのですが、ずれているのでしょうか。
「へいへい。肝に銘じておくよ。ちなみに昨日、咲ちゃんにチューしちゃった」
あ。
「……は?」
そりゃあ恭子さんも驚くでしょう。私も鼓動が高鳴るのを抑えられません!
「おでこだよ」
「あぁ、何だ。びっくりした。そのくらいなら私もあんたにやられたわ」
……葵さん、見境が無いのですか?
「張り合うなよ。照れちゃうじゃんか」
「何であんたが照れるのよ。もう、あっちこっちでお手付きしないの。セクハラよ?」
「……私さぁ」
葵さんの声が低くなる。どうしましたか。
「ん?」
「多分、寂しいんだと思う」
その言葉に昨日、一緒に夕飯を食べなかった罪悪感が蘇り胸が痛くなる。
「どうしたの、急に」
「さっき恭子にも怒られたけど、最近の私はセクハラがひどいじゃんか。行動も発言もさ」
「うん。とても。被害者は主に私と咲ちゃん」
私はまだ食べられちゃってはいませんが。グレーなくすぐりは受けましたけれど。
「恐らくだけど、人を恋しがっている。他人との接触を求めている。だから積極的に触れ合う。ハグにチューにやりたい放題。それに引っ張られて発言もセクハラに」
「……ちなみに私をダウンさせたのは、欲求から?」
思い返し、大変な背徳感を覚える。凄い世界もあったものです。
「あれは夜中にうちへ突撃した挙句、全く反省の色が見えなかった罰」
「……とんだ罰もあったものだわ」
「お互い、イイ思いはしただろ」
……。
「馬鹿言わないの」
「ともかく、私は他人を求めている。一人に慣れていると思っていたが、君らが皆相方と何処かへ行くと気付いて動揺している」
「私の友情を疑うの? 咲ちゃんの慕いっぷりもさ。何処にもいかないわよ」
その通りです。
「疑いやしないさ。ただ、少しずつ距離は離れていく。恋人や家族ができればそちらに割く時間は増える。必然的にそれ以外が減る。私は君の親友であり、咲ちゃん達の先輩でもある。だがその立ち位置はな、減らされる側なんだよ。だからと言って、もっと私にかまえと主張するほど厚かましい人間ではないつもりだ。ちょっとずつ伸びる自分一人だけの時間に慣れていくしかない。一方で、どうしても孤独を感じる。他人と一緒にいる時、より一層触れ合おうとする。密着するし言葉をたくさん掛ける。それはまだ、私自身が自分の感情、心境に慣れていないんだ。恭子にセクハラ三昧をしたのもそのせい。ごめん、気を付ける」
「……思ったよりも重たい理由があったのね」
まったくです。そして私へのチューは好意の表れと言うよりも、葵さんの寂しさ故だったのですか。少し残念です。いえ、全力で好意だったとしても受け止め切れないので困ってしまうのですが。
「だけど理由があるならセクハラをしても許される、なんて道理は通らない。わかっているのにさ。ごめんな、恭子。不快な思いをさせたのなら謝る」
「特に発言は諸々やり過ぎだと思った。だから注意をした。葵は反省した。それでオッケー」
「……ありがとう」
お二人が納得されたようで良かった。私へのくすぐりも寂しかったから触れ合おうとしたのでしょうか。ちなみに私はドキドキしましたけれど、あのくらいは許容範囲です。
「あと、一緒に過ごす時間は確かに減るかもしれないけどさ」
「うん」
「私は絶対に葵の元から離れない。あんたを一人きりにはさせない。もし万が一、遠くへ離れるようなことがあってもネットや電話で寄り添うから安心なさい。そして家族ができて葵に割ける時間が減ったとしても。あんたとの時間をゼロにはしないわ。約束する」
流石恭子さん。力強いお言葉です。
「……そっか。ありがとう」
「どういたしまして。なーんて言っておきながら、葵の方がしれっと先に結婚して私と疎遠になったりしてね」
葵さんのウエディングドレス。いっぱい写真に収めたいなぁ。
「……まさか」
「可能性はゼロじゃないでしょ」
「……残念ながら、私は人見知りだ。新しい知り合いなんてなかなかつくれない」
「じゃあ旧友、は駄目か。あんた、友達がいなかったのだものね」
私と一緒、お揃いですね。
「地元の人なんて誰とも連絡をとっていないよ」
「そういや私も疎遠になったなぁ。社会人二年目くらいまでは地元の友達と飲みに行ったりしていたのに」
やっぱり一軍女子は凄いなぁ。そんな人のメイド姿を何度も撮らせて貰えたのって、改めて考えると恭子さんって物凄くいい人ですね。
「帰省して?」
「あとはこっちへ遊びに来た時に会うとか」
「成程」
「感心しているけどあんたも大学のサークル仲間と会ったりしないわけ。先輩や後輩とそこそこ仲良くしていたじゃないの」
そうだ、そのサークルが学園祭でやっていたメイド喫茶で恭子さんに知り合ったのでした。良かったな、あの時お声掛けをして。おかげでお二人に出会えたのだから。ね、葵さん。
「誰とも連絡は取っていない」
「何で」
「興味が無い」
えらくドライですね。
「……ひょっとしてだけどさ」
「うん」
「葵が今、プライベートで交流があるのって私、咲ちゃん、佳奈ちゃん、田中君、橋本君、綿貫君の六人だけ?」
「そうだよ」
またまた私とお揃いです。気が合いますね。
「それ以外の人には興味が無いと」
「うん」
「逆に私達には興味があるの?」
「一緒にいると面白いし可愛い。非常に楽しい。皆、優しいし珍妙だしな」
「誰が珍妙だ」
どの評価に誰が当て嵌まるのか、地味に気になりますね……。
「まあ本当にありがたいと思っているよ。君らに出会えてさ。得難い友人ってやつだ。だからこそ、離れて行くのがとても寂しい。故に、旅行へ誘って良かった。礼を言う、背中を押してくれてありがとう」
私達こそ葵さんに誘って貰えて本当に嬉しいのですよ。
「皆から慕われているってはっきりしたしね」
「……うん」
当然です。
「泣く程嬉しかったんだもんねー」
「……あぁ、そうだよ」
可愛いのは葵さんの方じゃないですか。
「あんたも素直になったわね」
「自覚はあるよ。変わったってね」
「うん」
それはとても良いことだと私は思うのです。あぁ、今が一番寝たふりをしていることを後悔しています。……ですが、私が起きていたらこんなお話はされなかったのかも知れませんね。私はお邪魔虫なのでしょうか? いいえ、立場が違うだけ。親友ではなく後輩ですもの。お話の内容が変わるのも当然です。
「さて、次がやっと私らの順番だな、タクシー。恭子、昨日今日と付き合ってくれてありがとう。そんで、悪いが咲ちゃんは任せたぜ」
すみません恭子さん。起きるつもりでしたがここまで列に並んで待ったらもう乗るしか選択肢はありません。そのくらいの空気は読みます。お金が余計にかかってしまいますが……。
「お任せあれ! 旅行の準備も頑張るわよー。しおり作り、ちょっと色々考えてみる。咲ちゃんと相談して、決まったら葵に連絡するわね」
それも楽しみだな。綿貫君も呼んで下さい、お友達と一緒に作業をしたいから。そう、後日しっかり恭子さんに伝えなきゃ。
「あいよ」
「まだ気乗りしない?」
「君らが作業をする様をぼんやり眺めるとするさ」
一緒にやるのですよ。
「やっぱあんた、まだひねくれているわ」
「とんでもない。自分に正直なだけだっての」
「はいはい。じゃ、行くわね。……寂しい?」
「うん。もう一泊していけ」
「ふふん、残念。帰るわ」
やっぱりいいな、葵さんと恭子さんの距離。傍らでお二人を見上げている時間も私は好きです。
「あ、そうだ。咲ちゃんが起きたらさ。三日後のプロポーズ、大成功を祈っているって私が言っていたと伝えてくれ」
……葵さん。本当に貴女は、どこまでも。
「電話でもメッセージでもすればいいじゃない。直接伝えた方がきっと喜ぶわよ」
そうですね。今、とっても嬉しいです。
「いいんだよ。頼んだぞ」
「しょうがないわね。わかった」
タクシーの扉が開く音が聞こえた。ずっと恭子さんは私を背負ってくれたな。ごめんなさい。きっと疲れていますよね。
「葵、先に奥へ鞄を置いてくれない?」
「あいよ。ええと、恭子のと、咲ちゃんの、ね」
「そんで一旦咲ちゃんを支えて」
その時、ようやく恭子さんが私を下ろした。ありがとうございました。そして寝ているはずの私は全身の力を抜く。
「ほいほい」
葵さんが後ろから抱き締めてくれた。……えへへ。
「すみません、運転手さん。よろしくお願いします。じゃあ葵、いいわよ。咲ちゃん、受け止める」
「よっと」
そうして私の身柄は葵さんから恭子さんへと渡された。すぐにシートへ座らされる。お手数をお掛けしました。……もし、今起きているって教えたら怒られるかな。
「んじゃまあよろしく。ゲロ吐く時のためにビニール袋も渡しておくわ」
本気で心配してくれているな。世の中には秘密にした方がいいこともあるのです。起きていたけど寝たふりをしていたとか。二番目に好きな人ができたとか。田中君と私、二人揃って大丈夫なのでしょうか。駄目か。
「用意がいいのね」
「お前用だよ」
最後の最後に吹き出しそうになる。
「……聞きたくなかった」
そりゃそうです。
「そんじゃまたなー。お休みー」
「うん、お休み。またね」
おやすみなさい、葵さん。今度、必ず埋め合わせをします。勿論、恭子さんにも。
「ええと、咲ちゃんの家の最寄駅はっと」
恭子さんが運転手さんに駅名を伝えてくれる。そして私にシートベルトを着けてくれた。もう引っ込みがつかないので家に着くまで寝たふりを決め込むことにする。さて、埋め合わせはどうしたらいいのかな。お酒もだけど、何処か地方の特産品なんかも良いかも知れませんね。
そして、葵さんが寂しがっていると聞いたけれど。私も結婚してからだって、必ず葵さんとの時間を確保しようと決意を固めた。だって大好きなのですから。ね、恭子さん、そうですよね。……ね、じゃないか。今日の私に言えた義理はありません。
反省です。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
恭子と咲ちゃんの乗ったタクシーを見送る。角を曲がり姿を消した。私も家に向かい歩き始める。
あーあ、二人とも帰っちゃった。やっぱり一人は寂しいな。でも恭子にその話を伝えられて良かった。孤独を一人で抱えるより、吐き出した方が楽になった。聞かされたあいつは私に寄り添うって宣言してくれたし、きっと時間を割き続けてくれるだろう。友情は信じて疑わない。
その一方で。私が私に向き合う必要がある、別の問題が発生している。こいつは誰に吐露するわけにもいかない。私一人で結論を導き出さなきゃ。セルフ・カウンセリングとでも言うのかな? ぶらぶらと足を進めながら思考を始める。
さてさて。私はどうして二年前の沖縄旅行が今更引っ掛かっているのかね。こいつについてじっくり考えるとしようじゃないか。
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