セルフ・カウンセリング。①(視点:葵)

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セルフ・カウンセリング。①(視点:葵)

 夜道をゆっくり歩きながら考える。私は二年前の沖縄旅行が今更、でも確かに引っ掛かっている。それはどうしてか。来月末に皆で行く旅行を楽しむためにも今、原因を見付けておく必要があるな。まずは諸々の状況を整理してみよう。  二年前、二十四歳の九月。私は五人で沖縄旅行へ行った。メンバーは、私、恭子、咲ちゃん、田中君、綿貫君の五人。元々、後輩三人と佳奈ちゃん、橋本君が行くはずだったが、事情により不参加となったため穴埋めに私と恭子があてがわれた。当時、私と恭子は社会人二年目。私は今と変わらないが恭子はずっと忙しい職場に勤めていた。思えばいつもあいつは疲れていたな。そして咲ちゃん、田中君、綿貫君はまだ学生だった。特に田中君は随分舐め腐ってくれたよなぁ。ま、私や恭子に叱られて大分改善されたがね。しかし今でもバカはなおっていないらしい。やれやれ、困ったものだ。綿貫君は全然変わらんな。学生から社会人になると何かしらの変化がある人が多いのだが、あそこまで何一つそのままの人も珍しい。本人曰く、周りの人のおかげで自分を貫き通せている、ととらえているのだったか。うーん、勿論それもあるだろうけど結局彼の変人ぶりが大きな理由だと思う。  ふむ、男子二人は大して掘り下げる必要は無いな。問題、というほどではないが関係性や昔と今の状況を見比べ深堀するべきは、恭子と咲ちゃんである気がする。私自身へ切り込むためには、この二人との事情を一度確認するべきだな。なんて、別に私は精神科医でもなんでもないから本当にあっているのか知ったこっちゃないんだが。ただ何となく、そうする必要がある気がするだけ。ふわふわした理由だね。そして今、私はそれを必要としている。だから一人で思考を続ける。  さて、まずは恭子か。沖縄旅行の時点で、私とあいつは親友だった。だけどお互い、微妙な気まずさを抱えていた。何故なら旅行の更に四年前、私が恭子に告白をしたから。二十歳の時、私は恭子に恋をした。だから想いをあいつに伝えた。恭子はきっぱり断った。恋愛対象として私を見られないから。そういや青竹城で神様に出会ったのもその告白のすぐ後だったな。満月の夜に青竹城を訪れると願いが叶う。その伝説に縋って城へ行った。天守閣の最上階には本当に神様がいて、私は過去に戻りたい、そして今度は恭子に告白しない、と願った。だけど神様に諭されて、恭子はちゃんと私に向き合ってくれていると気付かされて、告白を無かったことにはしなかった。選択としては正しかったと、恭子と掛け値なしの親友になれた今は思う。だけど結局、二十歳で告白してから、つい三週間前まで恭子はずっと引き摺っていた。本当に真面目な奴だよな。対する私は沖縄旅行の後、恭子への恋を諦めたからここ二年間は穏やかだった。  頭を掻く。私があいつへ告白したのに、私の方が先に吹っ切って、恭子がずっと引っ掛かり続けていたのってあいつ、物凄く可哀想だな。すまん、親友。そしてどうかこの事実に気付かないまま過ごしてくれ。  んで、結局沖縄旅行の時の関係性はと言えば。まず間違いなく親友同士ではあった。そしてお互い、まだ私の告白の件を引き摺っていた。そうか、私は親友として振る舞いながらももしかしたら恭子とワンちゃん無いかと心の何処かで思っていた。恭子は恭子で私がまだひょっとしたら自分を好きなのかも知れないと気にしていた。まあ、それは三週間前まで続いていたわけだが、今は二年前についてが大事だ。  その割に、私は旅行中、恭子と綿貫君をくっつけようと画策した。やけに息が合っていて、お似合いだと思ったから。ただそれだけの理由で当人同士の意向なんて聞きもせず、二人きりにしようと画策していた。元々、咲ちゃんが田中君を好きだとずっと相談を受けていたからそっちが二人になるよう気を遣い続けた。だから、丁度いい、恭子と綿貫君も二人きりにしてうまいこと付き合っちまえ、と私の存在を消そうとしたんだ。車の中では静かにする。水族館では一人離れて行動する。海辺に行けば皆が足だけ浸かり水を掛けっこして遊ぶ中、一人砂浜で荷物を見ていた。夜の飲み会では、わざとゆっくり風呂に入って四人だけで飲めるようにした。私がいてもいなくても変わらないどころか、むしろずっと盛り上がるに違いない、と確信していた。  溜息が漏れる。  楽しいわけ、あるか。  皆と車に乗っていたら私も一緒に喋りたいわ。  水族館だって、綺麗だね、凄いね、って笑い合いたいわ。  海なんて私も入りたかったわ。  あ、しかも思い出したぞ。恭子とホテルのバーに行った時、ついうっかり口が滑って、もしかしてお前は私のことが好きなのかって言い掛けちゃったんだ。滅茶苦茶気まずい空気になって、お互い黙り込んだからよく覚えている。ほらぁ、こういう小さな積み重ねがあったんだよ。そんで間違いなく二日酔いになると思ったから早起きしてコンビニへ薬を買いに行ったんだ。案の定、恭子はダウン。田中君も同じく。バッチリ薬が役に立った。いや、いいんだ。好きでやっていたのだから。皆を支え、手を差し伸べる。半ば無意識の内に行動していた。それが私の在り方だった。自己犠牲精神とかではなく、ただ人を助けたいだけ。すぐに手を差し伸べちゃう。勝手にフォローをしようと動き回る。そういう、人間だったのだ。  ううん、今でも変わっていない。結局、やっていることは同じだ。橋本君が美奈さんとトラブったら家までわざわざ付いて行く。田中君が綿貫君のためと言いながら自分を犠牲にしようとしたら、止めるし慰めるために会いに行く。佳奈ちゃんが橋本君と別れた上に既読無視しかしなくなったら生存確認も兼ねて訪問する。恭子が綿貫君に恋をしたのなら全力で支える。咲ちゃんが田中君のせいで傷付いたのであれば可能な限り慰める。  役に立っているかは知らん。むしろ立っていないと思う。結局他人にしてやれることなんて限られている。それに皆、最後は当人同士が決着をつけているのだ。三馬鹿は喧嘩をしたけどきちんと話し合って仲直りをした。佳奈ちゃんは、偶然とはいえ恭子と田中君に見守られながら橋本君に告白をし直してヨリを戻した。咲ちゃんも田中君と仲直りをしてようやく結婚の約束まで漕ぎ着けた。そして恭子は綿貫君を振り向かせようと必死で足掻いている。私は何かしらの切っ掛けや影響は与えられたのかも知れない。だけどいつも、最後は見守るだけ。それでいい。差し伸べた手を掴んでくれて、少しだけ引っ張り上げて、後は自分の足で走って行くのなら。私は背中を見送りたい。  そう、二年前も今もやっているのは同じこと。だけどどうして二年前は楽しくなかったのかと言えば。心の隅で、また私か、と嘆いていたのだ。自分が好きでやっているけど、他の誰かがやってくれてもいいじゃないかと思っていた。薬を買うのも、パンフを集めるのも、皆をいい雰囲気にするのも、私じゃなくて誰かがやってくれてもいいじゃないか。そんな不満を抱いていた。  やれやれ、好きで勝手にやっていたくせに随分と我儘だったな、私。ただ、普段からそんな風に気にしていたわけではない。ではどうして沖縄旅行に限って面白くないと感じたのか。答えは簡単。  私も、楽しみたかったのだ。  手放しで、思いっ切り、心の底から笑いたかったのだ。  皆と訪れた沖縄。何の気も遣わず思い切り遊び呆けたかった。皮肉な笑いじゃなくて、自然と湧きあがる笑顔を浮かべたかった。  そう出来なかったのは誰か、他人のせいじゃない。勿論、二日酔いになる程飲んだアホどもは自己責任である。まあその問題は置いておくとして。結局、私が私に負担を強い過ぎたのだ。楽しみたい、だからこれはやりたくない、と思うのならやらなければいい。水族館なんて本当に勿体無い。どれだけ満喫したかったか。それなのに、咲・田中、恭子・綿貫、二組のカップルを成立させようと気もそぞろだった。なんなら昼飯を抜く羽目になった。馬鹿か、二年前の私。私がそこまで手を尽くしたって、当人同士にその気が無ければ成立するわけ無いわ。実際、勝手にちょろちょろ動き回って二人、二人、一人の状況を作りだしたけど何も起きなかった。逆に二年後の今を見てみろ。本人達にやる気があれば状況はいくらでも変わるのだ。そして私に出来ることは限られている。そいつがわかっていないまま、がむしゃらに、やたらめったら手を差し伸べたってそりゃあどうにもならないわ。そんで、面白くねぇなぁって当たり前だ。だって私は皆を気に掛けるばっかりで自分が楽しめていないからな。そりゃあ楽しかったって言えないわ。
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