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セルフ・カウンセリング。②(視点:葵)
早くも答えを得た。楽しいわけがなかったって深く納得がいった。人に手を差し伸べる自分の気質は理解していたが、そいつに私自身が振り回されていたのだな。おまけに相手の都合も知ったこっちゃない、良かれと思ってやっているんだと言わんばかりにあれこれ押し付けて、上手くいかない、と勝手に疲れて。
何をやっていたんだ、二年前の私。
我ながら、随分一生懸命空回りをしていたものだ。そして負担が大きいって、当たり前だろ。一人で何もかもやろうとし過ぎ。もっと友達を頼るべきだった。相手の都合を慮って適度に背中を押すべきだった。特に恭子と綿貫君なんていい迷惑だったよな、とは思うのだが。一方で、恭子は沖縄の水族館で綿貫君をいいなと思った、と言っていた。巡り巡って二年後にようやくその想いに気付いたわけだが、ならば二年前の私がお節介を焼いた意味もあったということになる。もし私があいつらを二人きりにしなかったら、今あの二人は疑似デートなんてするわけもなく、なんなら恭子も私と咲ちゃんの前で大泣きしながら悩むこともなく、穏やかな日々を過ごしていたのか。
勿論、これに関しては二年前の私を褒めてやりたい。だが、無理矢理意識させてしまったのだとしたら、恭子に申し訳が立たない。ううむ、こいつは難しいな。あれだ、こないだ同じような話をした。田中君に告白された時だ。もし咲ちゃんと田中君が出会わなかった世界があったとして、そこの私と彼は付き合っていたと思う、なんて大馬鹿たれな台詞をほざいていた。あ、胸が痛い。そんな世界、いいなぁー。じゃなくて。そう、確かにそういう風に進んだ世界も有り得たかも知れない。だが今、この私がいるこの世界は、そうは進まなかった。
私は独り。田中君は咲ちゃんと結婚をする。佳奈ちゃんは橋本君とヨリを戻した。そして恭子は綿貫君に惚れている。ここはそうやって進んだのだ。だから二年前の私のせいで恭子が綿貫君に惚れたのも、そういうルートに入ったのだと受け入れるしかない。良かったか悪かったかはこれからあいつらがどうなるか次第だ。そしてそんなルートに引き込んだ私には見届ける義務がある。……また見送る側か。まあその内当事者になる日も来るだろ。
話がとっ散らかってしまった。互いを意識していたわけではない恭子と綿貫君について思考を巡らせる内に随分脱線してしまった。ではもうひと方、此方は明確に告白したい、付き合いたい、と望んでいた咲ちゃんについて。私は沖縄旅行の時にどう思っていたのかね。
まず沖縄旅行から更に遡る事二年前。咲ちゃんから田中君を好きだと聞いていた。丸二年間、私はふわついたアドバイスを与えることしか出来ず、咲ちゃんも初めてできた友達である田中君に告白してもし関係が壊れてしまったら、と恐れるあまり一歩を踏み出せなかった。
そもそも私は恋愛経験がほとんど無い。好きになった相手は恭子くらい。あいつに告白したのも、その場の勢いの結果、口を突いて出てしまった感じだ。だからろくなアドバイスを与えられないのも納得しか出来ない。一応、恭子を相談相手にするよう咲ちゃんに勧めたのだが私は葵さんだから打ち明けたのですと断られてしまった。今の咲ちゃんと恭子、私の仲なら三人でどうするか相談出来たに違いない。ううむ、二年前って案外私達はそこまで仲良くなかったのか? まあ今より関係が浅かったのは間違いない。
そして、私は思いっ切り背中を押すことも出来ない。もし咲ちゃんがフラれて傷付いたら。田中君との関係が壊れてしまったら。あの子にそんな辛い思いをさせたくなくて、相談相手だというのに行って来いと言えなかった。そりゃあ二年間、足踏みをするよな。咲ちゃん本人も私も、踏み出すのが怖い、と怯えていたのだから。ポンコツコンビにも程がある。
しかし沖縄旅行では決意を固めた。いつもは何となく逃げていたけど旅行中に頑張って関係性を深めよう、あわよくば告白までいこう、と二人で約束した。だけど決意一つで性格が劇的に変わる訳も無く。いつも通り、手をこまねいている内に、咲ちゃんがド派手な勘違いをしてしまった。田中君と恭子が付き合い始めたのではないか、と。あの日は二日酔いでダウンした二人が別行動を取ったのだった。もしかしたら、と思い込んだ咲ちゃんは夜の道端で大泣きしたっけ。んなわけあるかと否定しようとしたのだが、そもそも私があの二人に対して男女が個室で何をしていた、とけしかけたのが発端だった。なにせ恭子が自室に戻れなくなったために二人は男子部屋で寝る羽目になったからな。おまけにシャワーを浴びた後の田中君の全裸を目撃してしまったと聞いている。……また横道に逸れた。落ち込んだ咲ちゃんだったな。そうそう、そんで田中君が恭子と付き合い始めたのか、そうでなくても好きな人がいるのではないかと取り乱したあの子を必死で慰めたのだった。その上で、確かに急がないと彼に別の相手ができてしまうかも、だからもっと頑張ろうって改めて約束したのだった。
成程ね。それも私は負担に感じていたわけだ。慣れない恋愛相談に加えてあまり気乗りしない背中を押す行為もやらなければならない。咲ちゃんが傷付くかも知れないのに一歩を踏み出させないと田中君とのお付き合いが不可能になってしまう可能性がある。だから相談相手の私もしっかり足を踏ん張らなきゃって腹を括ったんだ。頭を抱えたくなる。そもそも頑張るべきは咲ちゃんなのだから私までそんなにプレッシャーを感じなくていいじゃないか。だがまあこればっかりは仕方ない。なにせ咲ちゃんが可愛くて仕方なかったし、いや今でも滅茶苦茶可愛いんだけど、ともかくあの子の恋愛相談に乗ったからには最終的に必ずお付き合いまで漕ぎ着けて欲しいと願っていた。翌日の、これまた水族館か。そこでも咲ちゃんと田中君が二人きりになれるよう頑張ったなぁ。綿貫君と恭子をとっ掴まえて三人で別行動をさせようとした。だけど田中のバカがこっちに寄って来ちゃってうまくいかなかったんだ。あ、そうだ。結局咲ちゃんが、二人きりになるより一緒に回りましょうって言ったんだったな。その言葉自体は嬉しかったけどさ。思い返せば納得いかない。私は君らを二人にするため頑張ったんだぞぅ。やっぱいいです、ってそりゃないぜ。
そんで結局気が付いたら二人きりになっていて、何かいい雰囲気になったから告白しようとしたけどタイミングが合わなくて言い出せなかった。失敗してしまいました、とまた相談された。引き続き頑張ろうと促したけど。全然気の休まる暇が無かったな! ずっと咲ちゃんを気に掛けてばかりじゃないか! いや、いいんだよ? 本当に、あの子は可愛がっているし成就させたかったんだから。でも! よく考えたら! 私は当事者じゃない! 咲ちゃんと田中君の問題だろ!? なのに旅行中、ほぼずっと気に掛けているじゃないか! そんでこっちも二人きりにしようとしたけど、恭子と綿貫君に対する時とは熱量が違う。だって咲ちゃんが田中君を好きだからね。いらんお世話ではなく必要な行為だったわけで。そりゃあ気持ちの入り方も違うわ。そんで結局沖縄旅行での進展は田中君が咲ちゃんを名前で呼ぶようになっただけ。頑張ったとは思う。結局旅行の一週間後、告白が成功して付き合い始めたわけだし。
だけど結局満喫出来ていねぇよ! 私が沖縄旅行をさ! 最早、告白のための舞台装置としてしか見ていねぇよ!
砂浜ならいい雰囲気になれるかな。水族館で一緒に水槽を覗き込めば心の距離も近寄るかも。万座毛でツーショットでも撮ればいい。そして飲み会中、いい雰囲気になって夜道に二人で涼みに行って告白しちゃってくればいい。
そんなことしか考えていない! 私は!? 私は何処で楽しんだ!? ずっと気を取られ続けて、全然満喫出来なかった!
……落ち着け。楽しんだ瞬間もあった。田中君がいなかった二日目、咲ちゃんと綿貫君と三人で離島へドライブに行った。あの時は男女の二人組にこだわらなくて良かったのと、咲ちゃんと綿貫君という二大純粋無垢後輩が同伴者だったおかげで気を張る必要がこれっぽっちも無かった。うん、あの日はかなり楽しかった。途中で咲ちゃんが、葵さんも幸せになってくれますかって泣き出しちゃったけど。まああの頃の私は自分なんざどうでもいいと口に出して憚らなかったから心配されるのも仕方あるまい。むしろ咲ちゃんの優しさが今になって沁みるね。
あと、最終日に咲ちゃんと二人で訪れたアメリカンビレッジも満喫したな。前日の夜、酔っ払った咲ちゃんにサイコキネシスで負傷させられて滅茶苦茶腕が痛かったけど、二人で遊んだあの日も楽しかった。まあ痛めたのを隠すために大分気は張ったけど。
うむ。三泊四日中、二日弱は楽しんだ。……駄目じゃねぇか。終始気を遣いっぱなしだ。いや、何度も自分に対して言うけど、楽しい旅行ではあった。ただ、沖縄に全然集中出来ていなかった。
結論。色々手を伸ばし、あれこれ思いを巡らせ、気もそぞろだったどころかフォローに忙しくて旅行を楽しめなかった。
……私が、沖縄旅行が楽しかったって素直に受け入れられない原因がはっきりした。自業自得、手を伸ばしすぎていたのが半分、二日酔いだの恋愛だのという周りの要因が四分の一くらい、そして残りの四分の一は。
やはり、二年前の私の性格かねぇ。
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