セルフ・カウンセリング。③(視点:葵)

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セルフ・カウンセリング。③(視点:葵)

 自分自身の根底を見詰める。私は私の存在する価値をゼロだと思っている。私がいなくても世界は回る。他人は生きるし社会は動く。今、この瞬間に消えても何かが滞ることは無い。つまり私、山科葵はいてもいなくても変わらない、と。私自身はそう捉えている。  いつからその価値観が私の中に根付いたのか、覚えていない。だけど少なくとも二年前はそう考えていたし、今でも同じ価値観を持っている。  ただし。二年前、沖縄旅行の時の私と今の私は決定的に違う。他人から見た私の価値が、ゼロだと捉えているか否か。二年前はゼロだと信じて疑わなかった。多少、悲しんでくれる人はいるかも知れないけど、結局私がいてもいなくても彼ら彼女らの人生に支障は出ない。だから価値はゼロ。そう思っていた。しかし神様の仕込みにより私が咲ちゃんの超能力に殺されかけた時。恭子も、咲ちゃんも、田中君も、綿貫君も、橋本君も、本気で哀しみ心配してくれた。神様に蘇生された私が帰って、咲ちゃんに向かい、私なんていてもいなくても変わらないんだから君がうっかり殺し掛けちゃったことくらい気にすんなって言ったらば。あの子は火が点いたように泣き出した。そんな発言を出来る葵さんが怖い、と田中君にドン引きされたっけ。恭子も涙と鼻水を垂れ流しながら、あんたがいなくなったらどうしようかと思った! って訴えてくれたなぁ。その脇で綿貫君も涙を拭っていたね。  おかげで他人にとって自分の価値があると理解をした。自分が自分に価値を見出せなくても他人が私に見出だしてくれた。だから私は傷を負うのをやめた。私を思ってくれている人に申し訳が立たないから。そして実は痛いのが嫌いだったと最近気付いた私から見ると。  確かに沖縄旅行の時の私は痛々しすぎるな。  一か月くらい前に恭子と咲ちゃんから評されたっけ。葵は痛々しかったって。んなこたねぇよと苛立ったけど、落ち着いて振り返れば心身共にずたぼろだった。  私なんざ役に立たん。いてもいなくても変わらないがね。そんな言葉を口癖のように唱えていた。一人、早起きをして買い物をしたり運転に備えた。咲ちゃんに腕を怪我させられた。旅行の時だけじゃない。何度か超能力の暴発で体の傷を負わされたっけ。  だけど全部、飲み込んだ。私一人が痛いだけ。我慢をすれば他の皆の時間を取らない。心配を掛けたくない。怪我をさせてしまったと咲ちゃんを落ち込ませたくない。  傷だけじゃない。私が背負い込めば皆が楽しめる。少しくらい辛かったり負担に感じたって別にいい。価値の無い私がどれほど傷付こうが、価値のある皆が楽しむ方を優先させなきゃ。そう思い、なんなら笑いながらずたぼろになっていた。  今ならわかる。痛いよ、心も、体も。痛かったよ。辛かったよ。嫌だったよ。嫌いだったんだよ。それなのに、無駄に自分を犠牲にするような真似をして、皆のためにってわざわざ踏み台を買って出て、いくらでも踏んで下さい傷付けて下さいだって私に価値なんて無いからって笑顔で引き受けて。  我ながら、むしろ怖い。不気味過ぎるわ。人はそんな状態に耐え切れない。よくもまあ、壊れなかったもんだな。いや負傷してぶっ倒れたけど。なんなら死に掛けたけど。それでも耐え切った私のメンタルであるが、別に特別強いわけでもない。だってこないだ田中君に告白されてフラれた時、恭子がいなかったらカミソリで何をしていたかわからないもんね。繊細というか、貧弱なくせによくもまあ踏ん付けさせ続けて耐え切れたものだ。そりゃ恭子も心配するし、咲ちゃんも幸せになって下さいって泣くわ。  そんでやっぱり沖縄旅行は満喫出来なかった。ううん、出来るわけがない。一人で抱え込み過ぎだ。やれやれ、二年前の私に言いたい。もっと皆を頼れ。お前が思うほど、皆は支えてあげなきゃいけない人間じゃないよ。私が勝手に色々画策したところで、最後に決めるのは本人次第。だったら放っておけばいい。頼られた時に肩を貸せばいい。お前が下に潜り込んで背負うとさ。泣いちゃう後輩達がいるんだよ。心配する親友がいるんだよ。惚れながら呆れるバカもいるんだよ。  そのことに気付けた私は、ちょっとでも進歩したのだな。  そうだよ。田中告白事件の後、私はすぐに恭子を頼った。前なら一人で抱え込んでいたはずだ。だけどあの日、迷わず恭子に助けを求めた。実際、あいつは一晩かけて私を慰めてくれた。  胸が暖かくなる。私、ちゃんと恭子に寄り掛かれている。その分恭子が大変な時は私が支える。ほら、これが友達だ。親友だ。  咲ちゃんにも、私は支えて貰った。葵さんを大好きだから、離れたりいなくなったりしないでずっと一緒にいて下さい、って小柄な後輩に諭された。先輩としては如何なものかと思うけど、素敵な関係には違いない。  変われたんだな、私。今の自分の方が皆と本当に仲良く出来ている。沖縄旅行の時よりずっと距離が縮まった。そして傷を負うのも背負い込むのもやめた私がするべきは。  仲良し七人組で、年末旅行を全力で楽しむ。  準備も当日も、皆に支え助けて貰う。  一緒に旅行を満喫する。 「今度は葵も一緒に楽しむの」  恭子の言葉が蘇る。まったく、私自身がわざわざおさらいしないと気付かなかったことをとっくにお見通しだったとはね。流石親友。得難い存在だ。  よし、と両手を握る。満喫出来なかったのも含めて沖縄旅行はいい思い出だ。得た教訓は多いぞ。それに楽しかった思い出もちゃんとあったし。楽しくなかった記憶の比重がデカいだけで。  気が付けば夜道を大分ぷらついてしまった。女一人で危なっかしいね。セルフ・カウンセリングを終えた私は家に足を向けた。さて、帰ったら取り敢えずシャワーを浴びるか。その後、必要な準備や手伝って欲しい人達をリストアップしてみるかね。纏まったら恭子に見て貰おう。取り敢えずしおり作成部隊は咲ちゃんと恭子で確定だ。あとは、そうそう。橋本君から送られたメッセージに興味を惹かれていたんだ。後で連絡をしてみるとしよう。  これからを考えるとわくわくする。いいね、既に楽しめている。ただし、調子に乗って皆に寄り掛かり過ぎたり距離を詰め過ぎたりしないよう気を付けよう。なにせ、先頭で旗を振るのも、人にものを頼むのも、どれもこれも慣れていないのでね。その辺は負担に感じるかも知れないが。  前向きな負担なら、踏ん張る足にも一層力が入るね。
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