両手に花でも一人余る。(視点:綿貫・葵)

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両手に花でも一人余る。(視点:綿貫・葵)

~十一月二十五日  土曜日~  十三時四十五分。待ち合わせの駅に到着した。改札を抜け柱の前に陣取る。ここなら通行の邪魔にはなるまい。集合時間まであと十五分ある。スマホを開いて恭子さんからのメッセージを確認した。さて、俺は何が出来るかね。手伝いは勿論頑張るけど、特別なスキルがあるわけでもない。役に立てるかな、と首を捻った、その時。 「肩凝りでもひどいのかい」 「おおうっ」  急に声を掛けられ身を竦める。振り返ると薄い笑みを浮かべた葵さんが立っていた。太い柱と並ぶと痩せっぷりが際立つな。 「こんにちはっ。お疲れ様ですっ」  丁寧に頭を下げる。お疲れさん、と穏やかに応じてくれた。 「貴重な休日にすまないね」 「いえ、全然。暇ですからっ」  ありがとよ、と応じる葵さんは笑みを崩さない。あれ、なんだろう。何となくだけど。 「葵さん、悟りでも開きましたか?」  感じた疑問をそのままぶつける。途端に先輩は吹き出した。何でだよ、と明るい声だ。 「雰囲気がやけに落ち着いて見えて、徳の高い坊さんみたいだなって思いまして」 「出家をした覚えはないな。だが流石綿貫君、慧眼だね。或いは動物的勘の良さか?」  そんなに褒められると照れちゃうぜ。いえいえ、と頭を掻く。 「ま、ちょいと心境の変化があったのさ」 「それって皆を旅行に誘ったからですか?」  俺の指摘に、鋭いねぇ、と小首を傾げる。喉元に筋が浮いた。どんだけ細いんだ、この人は。 「全員参加の返答に嬉しくなってね。ありがたい話だよ、断る人が誰もいないなんて」  その気持ちはよくわかる。 「ありがたいですよねぇ。俺達は周りに恵まれています」 「そうだね。皆のおかげで楽しく過ごせている。だから今度は私からお返しをしたいわけだ。そのために君達を手伝わせるのは本末転倒な気もするが」 「準備も旅行の一環です。今日も楽しみましょう! 気合いが入りますねぇ!」  ガッツポーズを作って見せる。落ち着きたまえ、と肩を竦められた。 「お疲れー。二人とも、早いのね」  そこへ恭子さんがやって来た。よぉ、と葵さんが片手を上げる。 「お疲れ様ですっ。って、あれ? 恭子さん、今日もまた改札じゃないところから出現されましたか」 「出現って、私は宇宙人か何かか」 「買い物があったのですか?」 「乗り継ぎが上手くいって早く着いちゃったからさ、一回り散歩をしてきたの」 「体を動かすのはいいことです」 「二十分くらいだから本当にその辺をぶらぶらしただけよ」  俺達のやり取りを葵さんは目を細めて見守っていた。うーむ、穏やかになり過ぎていて畏れ多いな。 「すみません、私が最後ですか」  いつの間にか背後に咲ちゃんが来ていた。お疲れ、と手を振る。お疲れ様、と律儀に右手を振り返してくれた。その瞬間、あっ、と葵さんが目を見開く。 「咲ちゃん、それ」  指差した、ポーチを持った咲ちゃんの左手には、あぁっ! 「あー! 指輪!」  恭子さんが素っ頓狂な声を上げる。はい、とみるみる内に咲ちゃんの顔が赤くなった。 「……プロポーズ、されました」  途端に葵さんが咲ちゃんを抱き締めた。おめでとぉ~っ! と人目も憚らず叫んでいる。珍しいな、ハイテンションな葵さんなんて。いつも落ち着き払って微笑を浮かべているのにさ、本当に咲ちゃんを大事に思っているんだなぁ。ありがとうございます、と咲ちゃんが絞り出すように答える。あんだけ力を込めて腕を回されたら喋るのも一苦労だよな。そんな二人を更に恭子さんが纏めて抱き締める。良かったわねっ! と負けず劣らずでっかい声を上げた。凄い光景だ。そして俺はと言えば、混ざる訳にはいかないので傍らで眺めるしかない。案外、一歩引いて見ていると周囲の視線が痛かったりもする。まあプロポーズなんてめでたいことがあったのだから先輩二人が大喜びする気持ちはよくわかる。俺だって田中と橋本と三人でいる時に、婚約した、と告げられたら同じように抱き締め祝いの言葉を叫んだに違いない。今は女子しかいないから、加わりもせず落ち着いていられるのだが。そういや今日は女子しかいないな。……むしろ何で俺だけ呼ばれたんだ? 橋本が呼ばれないのはしょうがないけど、それこそ婚約をした田中と咲ちゃん揃った方が良かったのではないか。  そんなことを考えている内に、三人が離れた。葵さんはハンカチで目元を拭っている。泣く程嬉しいのか。本当に咲ちゃんが大切なんだなぁ。 「よし、じゃあ祝杯を上げに行くか」 「賛成!」  葵さんの提案に恭子さんが親指を立てる。しかし、駄目ですよ、と咲ちゃんは慌てて手を振った。 「お気持ちはとっても嬉しいですが、今日はしおり作りの打ち合わせです。お酒は終わってからにしましょう」 「真面目だねぇ」 「真面目です。真面目に、全力でしおり作りに取り掛かる所存です。なにせ憧れでしたから」 「しおり作りが?」  思わず確認する。そうだよ、とキラキラした目でこっちを見た。 「私、旅行のしおりって作ったことが無いの。だから、やらせて下さいって葵さんにお願いしたんだ」 「私は全然気乗りしていなかったんだがな。咲ちゃんの熱意に負けた」 「こら、気乗りしないとか言わないの」  恭子さんが葵さんを軽く叩く。嘘は吐けん、と腕組みをした。咲ちゃんは、そんなに嫌ですか、と葵さんを見上げる。嘘も方便ってことわざを先輩は御存知無いのだろうか。尤も、俺も嘘は吐けないけどさ。どうせすぐにバレるし、余計なトラブルしか招かないから、だったら最初から本音、本心でぶつかった方がいい。 「嫌じゃない。ただ、この作業の進行に関しては咲ちゃんと恭子に任せた。私と綿貫君は手伝いだ。調べ物をしたり、な」 「……私も初めてで作り方がわからないので、恭子さん、よろしくお願いします」  何となく全員の視線が恭子さんに集まる。わかったわよ、と腰に手を当てた。しかし改めて目の当たりにすると恐ろしくスタイルがいい。長い髪も炊き立ての米みたいにつやつやだ。こんな綺麗な人を、不慮の事故とは言え、俺は抱き止め、更には下着姿を目撃したのか。  視線を逸らす。そして咲ちゃんの後ろにそれとなく隠れた。友達の背後にいると落ち着くね。 「それじゃあ祝杯の前に打ち合わせね。ファミレスに行きましょう。そしてちゃちゃっと済ませてお酒を飲むわよ!」  恭子さんが元気に歩き出す。めでてぇなぁ、と葵さんは咲ちゃんの肩に腕を回した。あらら、頬擦りをしているよ。俺は最後尾を付いて行く。しかしすぐに先頭の恭子さんが足を止めた。咲ちゃんに気を取られていた葵さんが背中にぶつかる。 「んだよ、急に止まんな」 「……葵」  低い声が返って来た。あん? と葵さんが応じる。どうしたどうした。 「……ファミレス、何処?」 「知らずに歩き出したんかい!」  鋭いツッコミに咲ちゃんが吹き出す。俺も笑いながらスマホを取り出した。マップアプリで検索をする。ええと、一番近いところはっと。 「あった?」  いつの間にか傍に来ていた恭子さんが、髪を耳に掛けながら俺の手元を覗き込んだ。一緒に画面を確認する。 「ええと、歩いて十分のところにありますね。ん? 北口と南口、どっちから出ればいいんだ?」 「どれどれ」  恭子さんの細い指が地図を拡大する。今日も爪に模様が施されていた。ほほう、とすぐ傍で声が聞こえる。 「目印は牛丼屋だわ。これがある側の出口よ」 「北口か南口かは書いてありませんか」 「無い。載せてくれればわざわざ牛丼屋を探さなくていいのにねぇ」 「いや、今自分がどっちを向いているのかは矢印で示してくれるのでそれで確認をしましょう」  スマホを左右に振ってみせる。恭子さんにぶつからないよう気を付けた。成程ね、と再び親指を立てている。気に入ったのかな、そのポーズ。八十年代のアメリカ人がよくやっていそうな感じを受けた。さて、それはともかくファミレスがある方はっと。 「北口ですね」 「オッケー。じゃあ案内よろしく!」  先頭を譲られた。わかりました、と歩き出す。そしてその間、葵さんと咲ちゃんは不気味なほど静かだった。ちらりと振り返る。何故か二人は無表情で恭子さんを見詰めていた。ちょっとホラーじみていて怖い。そして恭子さんは見詰められていることに気付いていない。それこそ怖い映画とかだと、仲間や友達がお化けや宇宙人に入れ替わられているのに気が付かないで背中を向けた途端に食べられちゃったりする。まあ現実では有り得ないとわかっているのだが、そんな話を思い出すくらい二人の無表情は怖かった。さりげなく恭子さんの隣に立つ。食べられる時は一緒です、なんて。いやいや、これは相手を好きな奴が言う台詞じゃないか! まかり間違っても恭子さんに伝えたりはしないぞ! ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  ファミレスを調べる恭子と綿貫君を後ろから眺める。咲ちゃんの耳元に、テレパシーを頼む、と囁くとすぐに繋いでくれた。 (なあ) (はい) (あの二人、相当距離が近くないか) (物理的にも、距離感の雰囲気も、かなり近いですね。先々週、葵さんのお家に来た時と比べて如何でしょうか) (あの時より近い。まあ恭子が下着姿を曝した後、綿貫君が大分動揺していたから一概には比べられんが) (先週末も疑似デートをされたのでしたっけ) (知らんなぁ。流石に恭子の予定を全部は把握してねぇもん) (そりゃそうですね。ちなみに葵さんは何をされておりましたか) (土日共、久々の完全オフだったから散歩して酒飲んで寝た) (……おじさんっぽいな……) (おい、テレパシーだから聞こえているぞ) (あ、しまった!) (悪かったな、おっさんっぽくて) (し、失礼しました!) (生憎、デートする相手もいないもんでね。独り身はやることが無いんだよ) (……色々ごめんなさい) (お詫びにチューして) (嫌です) (ケチー) (それはともかく、肩が触れ合いそうですよ) (うあ、一緒にスマホを覗き込んでら) (顔が近いですねぇ。恭子さん、内心では照れているのでしょうか) (多分、自分で寄っておいてなんだけど近いわね! 滅茶苦茶ドキドキする! とか考えているだろうな) (流石、理解度が深いですね) (伊達に八年、親友をやっていないからな) (でもあの距離なら綿貫君も照れそうなものですが) (前までなら、わたわたしていただろうな) (綿貫だけに、なんちゃって) (……今のは私に聞かせる気があったのか?) (あぁ! またやってしまった!) (咲ちゃんの方がよっぽどオヤジじゃねぇか。脳内でダジャレを呟きやがって) (聞かなかったことにしてください……) (じゃあチューを) (嫌です) (とにかく、綿貫君は一定の成長があったと見た) (疑似デート、建て前の目的をきっちり果たせていますね) (だが恭子の好意は伝わらない、と。まあ綿貫君の根本的な性格を変えるような効果は無いからな) (あ、歩き出した) (一旦切ろう。そうだな、今日は合図を決めておこう。私が咲ちゃんの手の甲を三回叩いたらテレパシーを繋いでくれ。あの二人がどのくらい距離を詰めたか、確認しつつこうして意見を交換したい) (承知しました!) (くれぐれもスケベな妄想を垂れ流さないでくれよな) (やりませんよ) (……………………) (葵さん! 何を考えているのですか!) (ははははは) (何というイメージを送り付けて来るのです……私を普段、どういう目でご覧になられているのですか……) (嬉しい?) (葵さんのエッチ!)  そしてテレパシーは切れた。舌を出すとそっぽを向かれた。冗談だよ。
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