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「背筋がぞくぞくするね。」視点:綿貫・葵
恭子さんと並んで歩く。いい天気ねぇ、と手で目元に影を作っていた。
「旅行の日も晴れるといいですねぇ」
「そうねぇ。折角海に行くのだから晴天を希望するわ」
「まあでも、十二月ですし海に入るわけではないのですよ? 雨は嫌だけど曇りくらいなら許容しましょう」
「君が晴れるといいって言ったんじゃないの」
恭子さんに指摘されてしばし考える。
「そういやそうだ」
「もう、綿貫君ったら」
そうして二人で笑い合う。うーん、俺達二人、本当に仲が良くなった。葵さんと咲ちゃんも驚いているに違いない。特に葵さんは疑似デートの効果があるのかどうかを気にされていた。見て下さいっ、バッチリですよっ。
チラリと振り返る。葵さんと目が合うと、黙って親指を立てた。流行ってんのかな、このポーズ。しかしどうやら俺と同じことを考えていたらしい。そっと恭子さんと反対側、左手の親指を立ててみせた。何だか愉快だ。
「あ、ねえ。年末旅行の前にもう一回くらい疑似デートをしようかと思っているのだけど、綿貫君は予定、どう? って、あれ? どうかした?」
振り返っているのが思いっきりバレた。恭子さんも後ろを向く。葵さんが無言で手を振った。
「……ちゃんと着いて来ているかなって」
下手でも何でもない言い訳。俺は嘘が苦手だが、流石にこの台詞に引っ掛かられはしないだろう。
「そりゃ着いて来るでしょ」
「いや、あまりに静かだから心配になったんです」
「子供じゃないんだから」
「まあ、そう、ですけど」
あれっ? やけに食い付いてくるぞっ?
「なによ、葵が気になるの?」
「え、そんなわけないじゃないですか」
「でもこないだ、料理動画を録っていたじゃない」
むむ、変な引っ掛かり方をしているな。誤解があるなら正さなければっ。
「あれはカブ炒めを作りたかったからであって、葵さんを動画に収めたかったわけではありませんって」
「だけど手元だけじゃなくて上半身全体を録っていた。顔も声もバッチリ映って、なんならうなじや胸元まで」
おいっ、それは偏見だっ!
「録ってませんよっ! 俺、葵さんをそんな目で見ていませんからっ!」
焦るあまり声がデカくなる。
「本当ぉ? 葵、素敵だもんねぇ?」
「違うってばっ!」
勘違いも甚だしい。しかし気が付くと恭子さんは俺の肩に腕を乗せていた。あ、ちょっと!
「接触は無し!」
だけど払いのけるわけにもいかない。女性には優しくしなきゃね!
「今だけはアリ」
「どんな刹那的なルールですか!?」
「君を追い詰めて本音を聞き出したいもの」
「だからやましい感情はありませんってばっ!」
俺が葵さんを恋愛対象として認識するわけないだろうが! ただの健全で仲良しな先輩と後輩だ! それともそんな風に見えているのか? 俺、葵さんに気があるような振る舞いをしているのかっ!? そいつはよろしくない! 慌てて恭子さんの耳元に口を近付ける。そっちが先に寄っ掛かって来たのに、顔を寄せると目を見開いた。
「ちょっと恭子さん。まず、マジで俺が葵さんを好きだと勘違いをしていませんか? だとしたら否定します。動画も引きで録った方が見やすかったから上半身が映りました。全てはカブ炒めのためだったんです。それとも、俺、葵さんを好きだって思わせる様な振る舞いとかしていますか? もしそうなら、改めたいので教えて下さい」
葵さんには絶対に聞こえないよう、ギリギリ恭子さんにだけ届くくらいの小声で話す。あと、変態みたいだから決して口には出さないけどさ、恭子さん、めっちゃいい匂いがするな。
顔を離す。恭子さんは見事なまでの無表情だった。さっきの葵さんと咲ちゃんと同じような感じだ。まさか、恭子さんまで宇宙人に乗っ取られたか!? なんて、冗談は置いておこう。小首を傾げて回答を促す。だけどちっとも動かない。恭子さん、と呼び掛けても応えない。おかしい。本当に乗っ取られたのか。いやいや、まさか。そんな風に考えていると。
「フリーズしているねぇ」
葵さんが追い付いた。うおっ、当事者が来ちゃったよ。その傍らには勿論咲ちゃんがいる。
「こいつは私が引き受けるから咲ちゃんと前を歩いておくれやす」
「ええと、一体何があったのです? 急に動かなくなりましたが」
ふふん、と葵さんがポケットに手を突っ込む。どうしたのですか、と咲ちゃんは葵さんと恭子さんを交互に見遣った。
「恭子はねぇ、綿貫君に負けず劣らず恥ずかしがり屋さんなんだ。今も、綿貫君が何事か耳元で囁いただろう? 内緒話か知らんが、相当距離が近かった。だから恭子は照れちゃったのさ。フリーズしてしまうほどに、ね。そして今、全く動かないのは。どんな顔をして、何を第一声に持って行けばいいのかわからなくなってしまったんだ。どうしよう! 助けて葵! そんな心の声が聞こえるよ」
すると恭子さんは無表情のまま一つ頷いた。
「故に後輩諸君。我々先輩の顔を立てて前を歩いてくれたまえ。心配ない、すぐに追い付く」
成程。確かに後輩の前では見せられない顔というものもある。まあ俺は先輩面なんてしたことないからよくわからんけど。
承知しました、と敬礼をして咲ちゃんと並んだ。友達同士、のんびり歩き出す。
「恭子さん、照れ屋なんだね」
俺の言葉に、そうだね、と何故か目を逸らした。
「え、何で目を逸らすの」
「いや、頼れるお姉さんなのに可愛いなぁって」
「……咲ちゃん、唇がもにょもにょしているよ。何か言いたいんじゃないの」
この人も大概顔に出るよなぁ。俺もポーカーフェイスには程遠いけどさ。
「あとは葵さんが恭子さんをよく理解していて尊くなる」
「尊い?」
「いいなぁーって思うの」
「まああんだけ仲良しなのは凄いよね。俺と田中と橋本も負けてないけどな!」
胸を張る。そうだね、と咲ちゃんはようやく此方に視線を戻した。
「尊いと言えば、今日の葵さんって感じが違うよね」
俺の言葉に、そう? と首を傾げた。
「うん。あれ、気付いてなかった?」
咲ちゃんは首を振る。滅茶苦茶葵さんを慕っているのに意外だ。
「待ち合わせ場所に現れた時、坊さんみたいな雰囲気を感じたんだよね」
俺の率直な意見に咲ちゃんが吹き出す。ギャグを飛ばしたわけじゃないぞ!
「お坊さんって」
「いや、ホントホント。穏やかで、心に波風が立っていなくて、何ていうかそよ風を引き連れて来そうな感じだった」
「それはお坊さんなの……? 神様ではなく?」
「とにかくそういう超常的な雰囲気があったんだよ。だから訊いたんだ、悟りを開きましたかって」
「訊いたんだ」
「そうしたら、出家をした覚えはないけど心境に変化はあった、ってさ」
「……そっか。穏やかに見えたのなら、きっといい変化だね」
「うん。旅行に皆が来てくれて嬉しいって」
「当然だよね、葵さんが誘ってくれたんだから。でも皆、予定が合って良かった」
「こればっかりは運だもんなー。ラッキーラッキー。そして折角ラッキーだったんだから盛り上げなきゃ勿体無い! というわけで、しおり作りを頑張ろう!」
ファミレスが目の前に迫っていたので話を纏める。おー、と二人で拳を振り上げ扉を潜った。今度は店員さんが目を丸くした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「大丈夫か」
後輩達から距離が開いたのを確認し、親友に声を掛ける。
「……助かったわ」
硬直したまま礼を述べた。しかし次の瞬間、ぶへえぇ、と大きく息を吐いた。そのまま恭子は膝に手を付く。
「おやおや、随分ドキドキさせられちゃったな」
途端に私を睨み付ける。いや、矛先は綿貫君だな。
「近い! 顔が! 近い!!」
「耳たぶ、かじられていなかった?」
「どこの猫型ロボットよ!」
「いや、そっち? そんなプレイはしていないってツッコミを待っていたのにぃ」
「プレイなんて路上でするかぁ!」
通行人の目が痛い。どうどう、と肩を擦る。荒い息を吐き、目ん玉をかっ開いた。おー、こわ。と思いきや、私の耳元へ口を寄せる。吐息がかかってこそばゆい。
「この距離よ」
「おおう、背筋がぞくぞくするね」
「この距離で、長々と、囁かれたのよ」
「いいね。もっとやって」
そう言うと顔を離された。天邪鬼なやっちゃ。
「これがドキドキせずにいられるかってぇの」
「斬新な苦情だな」
笑いを堪えて指摘をする。本当は爆笑したいところだが、今そんな反応をしたら間違いなくブチギレられる。やれやれ。
「あれ、でもさ。もしかして、疑似デートの日はこんなことが続くのか? 鈍感故の狂った距離感によるハイパードキドキタイムがさ」
事実を並べただけなのだが、何だか凄くバカみたいな言い回しになってしまった。しかし恭子はがっくりと項垂れた。そうよ、と小さな返事が聞こえる。
「マジか」
「言ったでしょう、彼じゃなければ五回は私の気持ちに気付いていたと思うって」
要は五回は告白みたいな物言いを恭子がしたってわけだ。お前も大概じゃねぇか。いや、頑張っている結果なのか? 二人のメンタルが異次元に頑丈な上に変人で段々理解が及ばなくなってきた。恭子の親友だってのに、我ながら弱気なもんだね。
「逆に、彼から今みたいな至近距離で接せられることもある。発言も、身体的にも」
「でも接触は無しなんだろ?」
「そう。照れちゃうって」
そこで恭子の目が吊り上がる。百面相かな。どっちかっつーと雰囲気は福笑いっぽいけどな。
「こっちも照れているんですけど! そんで何で自分が接近してくる分には平気なのよ!」
「あれだ、告白と一緒だ。自分に向けられた好意は撃墜するけど自分から告白するのは出来るって綿貫君の特徴さね」
「どんだけ自分本位な男なんじゃゴラアッ!」
チンピラか。そう言いたいのをかろうじて飲み込む。
「まあお前の苦労を目の当たりにして、改めて同情したよ。そんで必ず何とか支えてやるから心が折れそうになったら遠慮なく言え」
思考はわからなくても寄り添うことは出来るからな。
「……頼むわ」
巨大な溜息を吐く親友の背中を軽く叩く。ん? そういやぁ。
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