「奇特だな」(視点:葵)

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「奇特だな」(視点:葵)

「ところで恭子。耳元で何を囁かれたんだ? まさか愛の文句でもあるまいて」  問い掛けると途端に口を噤んだ。おい、とつっつく。微かに身じろぎをした。そうしてあからさまに目を逸らす。何故そんなにもわかりやすい反応をするんだ。気になっちゃうじゃあねぇかよぅ。 「え、おい。まさか、マジで愛を囁かれていたのか?」  そんなわけないとわかっている。だが隠そうとする奴の口を割るには強めの刺激をぶち込むのが手っ取り早い。案の定、違うわよっ、と赤面しながら首を振った。 「じゃあ何を言われたんだ? あんな、呼気が耳に当たるような至近距離でさ」 「その……」 「口にするのも憚られるような恥ずかしい台詞を聞かされたのかい」 「違うってば!」 「じゃあ何を言われた」  しばし唇をうごめかせていたが、観念したように溜息を吐いた。 「あのね。葵が気になるの? って私が訊いたの。彼、振り返ってそっちを見ていたから」  成程ね。面倒臭い引っ掛かり方をしやがったな。こないだに引き続き、ねぇ。 「ほぉ」 「カブ炒めを教えて貰う時にもあんたの動画を録っていたし……葵は素敵だもんねってつい言っちゃった」 「どんだけ嫉妬深いんだお前は」  ド直球の指摘をぶつける。だってぇ、と唇を尖らせた。奪っちゃうぞこの野郎。 「葵、綿貫君と仲良いし、動画なんて見ていたら惹かれちゃうんじゃないか、一緒にいたら目を奪われるんじゃないか。そんな風に気になっちゃうんだもん……」  恋愛が絡むと人はバカになるのかね。恭子然り、田中君然り。だけど。 「あのなぁ、私に対して失礼だと思わんのか。親友の懸想している相手を横取りするような人間に見えるって意味と一緒だぞ」 「そんなわけないってわかっているけどさぁ。葵、可愛いんだもん……」  昔、私をフッた奴がよく言うよ。 「お前の方がずっとモテる。自信を持て」  苛立ちを押し込め慰める。うーん、と弱弱しい返事が聞こえた。 「でも彼、私の動画は持っていないし……」 「今此処で録って送り付けてやろうか」 「録る理由が無いもん……」  あー、面倒臭ぇお姉様だこと。私だって好きで録られたわけじゃないやい。 「取り敢えず気の抜けたツラの写真は送ったからそれで納得しろ。動画を録る理由が無いってのもわかっているなら一旦諦めろ」  矢継ぎ早に言葉をぶつける。そうよねぇ……と全然納得していない返答を寄越した。まあいいや。付き合っていたらキリが無い。 「んで、葵が気になるのって死ぬほどアホな質問に、綿貫君は何て答えたんだ」 「俺が葵さんを好きだと思っているなら勘違いです、もしそう見える様な振る舞いをしていたら改めたいので教えて下さい、って。そう言った」 「はっきり否定しているじゃねぇか。お前が一人、勝手に妄想を膨らませているだけだってよくわかる」 「でもぉ……」  こんなに煮え切らない上に話の通じない恭子も初めてだな。苛立ちは覚える一方で、新しい顔を見られたこと自体は嬉しい。深呼吸をして感情を抑える。私まで興奮したら収集がつかないもんな。 「もう一回、落ち着いて思い返してみろ。お前の目には、見えたのか? 綿貫君が私を好きな様にさ」  そんな振る舞い、微塵も無かった。だけど、恭子は。彼を好きなこいつには。 「……こないだ、葵の家でのやり取り、仲良かった」  恋は盲目なんてこの上なく的確な表現だね。最初に言い出した人を尊敬するぜ。いいか、と恭子の頭に人差し指を押し付ける。 「普通だよ。普通の会話。だけどお前は、自分より仲が良さそうって嫉妬をしている。他ならぬ親友の私に対して、な。お前らしくもない。なあ恭子、どうしてそんなに自信が無いんだ。大丈夫だって、お前も仲が良くなったんだろ。今日だってさっきまで楽しそうに喋っていたじゃんか。咲ちゃんと二人で話していたんだぜ。距離が随分近くなった。物凄くいい感じだなってさ。しっかりしろ。揺らぐな。疑似デートの効果、出ているって」  どうでもいいが、疑似デートって口にした瞬間、大八車、という単語が頭を過って笑いそうになった。顎を引き、頑張って堪える。恭子は上目遣いに私を伺った。 「……本当に、そう見えた?」 「親友の発言を疑うようになったら友情は終わりだな」  その返しに、わかった、と低い声で返事をした。やれやれ。行こうぜ、ともう一度背中を叩く。ごめん、と小さな謝罪が聞こえた。 「葵に嫉妬なんてしちゃって」 「お前の目にどう映ったのかはわからんが、私と彼がどうこうなったりはしないって。それに、一応言っておくが。万が一、億が一、彼から私へ何かあったとしても私はオーケーしないから安心しろ」 「……私のため?」  その質問に、違う、と言い切る。 「じゃあ何でよ」 「タイプじゃない」  バッサリ切り捨てると吹き出し掛け、しかしあれ、と首を捻った。 「じゃあ葵、彼を好きな私のことを趣味が悪いとでも思っているわけ?」 「奇特だな、とは」 「失礼な!」 「まあ変人同士、お似合いだな」 「誰が変人よ!」  少なくともネーミングセンスは壊滅しているだろ。自覚が無いから指摘もしないけど。気炎を揚げる恭子にウインクをしてみせる。 「元気、出た?」 「……ありがと」  肩を竦める。世話の焼ける親友だね。そしてどれだけお前がふらつこうと、私が絶対に支えるからな。  前方を歩く綿貫君と咲ちゃんが手を振り上げるのが目に入る。二人はその姿勢のままファミレスへ入って行った。さぞ珍妙なコンビだと思われたに違いない。 さて、あそこが目的地か。もう少し話は出来そうだな。あのさ、と改めて切り出す。 「お前の嫉妬はさておいて。綿貫君の思考も確認したいな。恭子、どんな感じで彼に訊いた? 葵のことが気になるの? って」  私の問いに、ええと、と頬を掻く。 「結構ネチネチ訊いちゃった。手元だけじゃなくて上半身全体を録っていた、とか、顔も声もバッチリ映ってなんならうなじや胸元まで、とか」  流石に呆れを覚える。 「お前はそれを訊いて何をどうしたかったんだ……?」 「ごめんってば! 嫉妬よ嫉妬」 「胸元なんて、録る胸も無いっつーの」 「でもうなじは綺麗よね」 「この期に及んで引っ掛かるんじゃねぇ」  手刀をお見舞いする。あ、でもそうか。わかったぞ。 「お前、綿貫君の肩にしなだれかかっていたのは彼の動揺を誘うためだったのか。接触は禁止のはずなのにおかしいなって咲ちゃんと不思議に思っていたんだ」 「……そうよ」  巨大な溜息を吐く。半分は反省を促すためにわざと、半分は本気でげんなりしたから。 「そこまでする必要のある話題か……?」 「嫉妬は人を狂わせるわね……」 「お前が勝手に一人で燃え上がっていただけだろうが。友情にひびが入ってもおかしくねぇぞ」 「悪かったってば……」  咳払いをする。ともかくだ、と話を戻しにかかった。 「お前がそこまでしつこく嫌味に、葵といい感じじゃないのぉ? って訊いたのなら。それこそ引っ掛かってもおかしくないんだよ。どうして自分と葵との仲を、恭子がそんなに気にするのか、って。そこから、もしかして恭子さんは俺のことを、って気付いても不自然じゃない」  そう、恭子はあからさま過ぎた。だけど綿貫君はそこに触れない。それはきっと好意を見ないようにしているから。 「やっぱりあいつは難攻不落の人間要塞だな。厄介なことこの上ない」 そう評すると、恭子は少しの間黙っていたが。 「……でもさ。彼の思考なら、恭子さんは面倒見がいいから、もし俺が葵さんを好きだとわかったのなら世話を焼こうとしているのだな、なんて方向へも舵を切ると思う」  う、確かに。彼なら有り得そうな考え方だ。 「だけど実際はそんな感情を微塵も持っていないから、全力で否定をした、と」 「超至近距離でね。あー、恥ずかしかった」 「お前から仕掛けたくせに」 「私、責められると意外と弱いかも」 「そりゃ私も同じだ」  顔を見合わせ揃って吹き出す。 「なあ。結局本人不在のところで、あーだこーだ思考をトレースしたってさ」 「実際、何を考えているのかはさっぱりわからない。だったら振り向くように全力で激突した方がよっぽど有意義ね」 「まさにその通り。どっちにしろ彼は変人だ。こっちが思うよりも大幅に明後日の方向へ着地するわな」 「予想なんて不可能よ」 「そこに、惹かれた?」  黙って頷いた。可愛いね、恭子。そうかい、と私は頭の後ろで手を組んだ。 「大好きなんだねぇ」 「……はっきり言わないでよ。恥ずかしい」 「いいことじゃねぇか。他人をそんなに好きになれるってぇのは幸せだよ」  ついつい実感が籠ってしまう。うん、と返事が届くと同時にファミレスへ到着した。着席するまでに顔色は朱からベージュに戻しておけよ、親友。
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