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しおり作り、まったり開始~。(視点:恭子)
深呼吸をして店内へ入る。いらっしゃいませ、と店員さんが近寄って来た。
「今、先に二人、入ったのですけど」
そう伝えるとすぐに察してくれた。こちらのお客様でしょうか、と通された席には綿貫君と咲ちゃんが座っている。はい、と頷き微笑み掛けた。私の脇をするりと抜けて葵が咲ちゃんの隣に座る。残された空席は綿貫君の傍らだけ。……ありがとう、葵。
「恭子さん、失礼しました。驚かせてしまったようで」
ご丁寧に立ち上がり、綿貫君が頭を下げた。ううん、と手を振る。
「私が先に絡んだのだもの。それなのにびっくりしちゃってごめんなさい」
「いえ。急に男が顔を寄せたらビビりますよね」
そりゃまあそうなんだけど、さっきの私の場合は君だからなのよ。だけど、そうね。
「うん。だから気を付けなさい。本番ではいきなり耳元で囁いたりしちゃ駄目よ」
いつも疑似デートでするような助言を与える。勉強になります、と綿貫君はもう一度頭を下げた。
「じゃ、もう座っていいかしら」
「勿論っ。どうぞどうぞ」
腰を下ろし、さりげなく正面の二人を確認する。葵はいつも通りだったけど、咲ちゃんは目を見開いていた。水族館での葵と同じように、私が辛くないのか心配してくれているのだろう。この子も顔に出やすいものねぇ。でもありがとう、咲ちゃん。貴女の優しいところ、好きよ。
綿貫君がメニューを差し出してくれた。
「一緒に見ましょうよ」
「いや、俺はもう決めました。プリンを頼みます」
「可愛いな」
思わず吹き出す。そうですかね、と彼も笑顔を浮かべた。
「あ、私もプリンを頼むよ」
咲ちゃんも軽く手を振った。お揃いだね、と後輩同士が微笑み合う。そう言えばこの二人が絡んでいるところを見るのって珍しいかも。何だか雰囲気は小学生同士のような、むしろ老人会のような、不思議な感じだ。どっちにしろ穏やかね。そうか、咲ちゃんには田中君がいるから綿貫君も変に意識したりせず緊張もしないのか。それにしたって二人とも、落ち着き払い過ぎじゃない?
「恭子は何か食うのかよ」
葵に促されて我に返る。そうね、と慌ててメニューを捲った。
「ねえ、フライドポテトを頼んだら皆も摘まむ?」
私の問いに、いいんじゃねぇの、と誰よりも手を付け無さそうな葵が応じた。全員の視線が一斉に葵へ向く。
「何だよ」
「あんたが一番食べ無さそうだからよ」
後輩二人も頷いた。ちょっと摘まみたい気分なんだ、と肩を竦めている。
「本当ぉ?」
「あのな、いくら私の食が細くてもフライドポテトの一本や二本で腹一杯にはならねぇよ」
「……一本か二本しか食べないつもり?」
「多分、飽きる」
後輩二人に向き直る。いただきます、とハモって返事をしてくれた。いい子達ね。
タッチパネルから注文を送る。ドリンクバーが四つ、プリンが二つ、フライドポテトが一つ、と。送信完了!
「んじゃ咲ちゃん、先に飲み物を取ってこようぜ」
「そうですね。先に失礼致します」
行ってらっしゃい、と二人を見送る。しおり作りかぁ、と傍らから気の抜けた声が聞こえた。
「どうしたのよ。まさか君も乗り気じゃないの?」
「そんなことは無いですよ。言ったでしょ、旅行の準備も楽しみましょうって。今日も張り切ってやってきました」
その割に今の声は随分覇気が無かった。案の定、しかしですね、と言葉が続く。どうしたどうした。
「疑問も尽きないのです。まず、女子三人に加えて俺が呼ばれたのが謎です。それに絵が上手いとか、字が綺麗とかそういう特別なスキルも持っていません」
言うほど特別かしら。
「しおりも中学校の修学旅行でちょこっと作るのを手伝っただけなので、どんな作業があったかも忘れました。そもそも当日、持って行くのを忘れたし」
「駄目じゃん」
「まあいつも通り、田中と橋本と一緒にいたので見せて貰いましたけど」
ふむ、と頬杖をつく。我ながら行儀が悪いわね。
「そっか。君達三人、中学から一緒にいるんだったわね」
そうですよ、と胸を張る。
「もう十年以上の付き合いです」
「そっかぁ。私と葵が八年だから、それより長いんだ」
「お二人は大学からですよね」
「そ。十八の時に同じサークルに所属して、仲良くなったの」
「八年は長いなぁ」
「十年を超えている君が言わないでよ」
「あぁ、そうか。しかも四年間、三人で同居していたし」
顔を見合わせ笑い声を上げる。楽しいなぁ。仲良くなれたんだよなぁ。なのに私は葵にまで嫉妬をしてしまう。それこそ呆れられてしまう程に。
「お先」
「戻りました」
葵と咲ちゃんが帰って来た。咳払いをして、行きましょうか、と立ち上がる。その時、鞄の紐が引っ掛かって椅子の下に落ちてしまった。屈んで取り上げようとする。
「あ、いいですよ」
しかし座っていた綿貫君がすぐに手を伸ばして拾ってくれた。軽くほこりをはたき、はい、と私に差し出してくれる。
鼓動が、高鳴る。こういう優しいところが好き。一緒にいて楽しいところが好き。彼を見詰める。お世辞にもイケメンとは言えないけど、心は間違いなく素敵な紳士だ。やっぱり私、綿貫君が好きなんだな。好きすぎるから、嫉妬しちゃう。ごめんね、葵。私に嫉妬されるのって、やっぱり複雑?
「恭子さん? 恭子さんってば」
呼び掛けられてはっと気付く。
「え、もしかして俺にバッグを触られたのが物凄く嫌でしたか?」
あぁっ、また変な誤解を招いてしまった! 違うわよっ、ちょっと君に想いを馳せていただけなの、ってそんなこと言えやしない!
「ううん、ごめん。違う違う、そこまで繊細じゃないわよ。ありがとう」
「ならいいのですが、ひょっとして思い出のバッグだったりします? だからとても大事で触れられたくなかったとか」
「違うってば! ちょっと、ぼーっとしちゃって」
「何で」
入れられた横槍に、葵を睨む。悪魔の笑みを浮かべて私を見上げていた。おのれぇ、あんたは絶対、私の気持ちを全部わかっているでしょうが! その上で、何で、って掘り下げないでよ! 見惚れていたって言わせる気!?
「まあまあ、お二人。飲み物を取りに行っては如何でしょう。恭子さん、鞄が汚れてしまったのなら私がおしぼりで拭いておきますよ」
よっしゃああああ! 流石咲ちゃん、天使に見えるわ! ざまあ葵、いい子の前で、悪魔は引っ込んでいなさい!
「大丈夫よ。ありがとうね、咲ちゃん」
色々なお礼を込めてにっこり笑いかける。はい、と微笑み返してくれた。手前では葵が唇を曲げている。やーい、咲ちゃんはあんたと違って意地悪じゃないわよーだ。
「じゃあ行きましょうか綿貫君」
そう言って歩き出す。ガッテンです、と返事をした。数歩進んで振り返る。葵が咲ちゃんのほっぺをつつくのが見えた。悪いのはあんたの方よ! まあ元を辿れば見惚れた私が原因なんだけどさ。
ドリンクバーで、カップにハーブティーのバッグを開けてお湯を注ぐ。綿貫君は何を飲むのかと見てみると。
「……え?」
思わず声が漏れた。何ですか、と目を丸くする。
「プリン、食べるのよね」
「はい」
「飲み物が、野菜ジュース?」
はい、と力強く頷いた。マジ?
「今日は昼飯が牛丼だったので、野菜の成分を少しでも補わないと」
「……プリンと、野菜ジュース?」
「ええ」
全然気にした様子も無く、先に席へと帰って行く。その食べ合わせはどうなのかしら。栄養バランスはともかく、味は。うーん、やっぱり彼は変人ね。そんな彼に惚れた私は確かに奇特かも知れない。
席に戻ると、さて、と葵が口火を切った。
「そんじゃまあ改めて、旅行のしおり作りをよろしく頼む。早速打ち合わせを始めようと思うのだが、異論は無いか?」
全員の顔を見渡した。異論ではありませんが、と綿貫君が手を上げる。
「何だ」
「さっき恭子さんにも話したのですが、俺が呼ばれた理由がイマイチわかっていなくてですね。女子三人のところに男の俺が一人だけ放り込まれたのも不思議だし、そもそも何を期待されて呼ばれたのですか?」
あぁ、と葵は咲ちゃんを見た。あのね、と咲ちゃんが両手をグーにして胸元に持って来る。
「私がお願いしたの。綿貫君をしおり作りのメンバーに呼んで下さいって」
その答えに綿貫君は首を捻った。
「ありがたいけど、その心は?」
「私、お友達としおり作りをしたことが無いの。それで、男の子の友達にも来てほしいなって思って。だから綿貫君を選んだんだよ」
途端に彼は表情を和らげた。そっかぁ、と頭を掻いている。
「友人代表ってわけか。光栄だね」
葵と視線を絡ませる。田中君は恋人だから友達じゃない。橋本君には今日、別の頼みごとをしている。だから消去法で綿貫君しか残っていなかった。まあ咲ちゃんから、綿貫君か橋本君を呼んで下さいと要望があったのは事実だし、いい感じに受け止めてくれたのならそのまま話を進めるまでね。
「そういうこった」
葵も全く同じ結論に至ったらしい。友人代表、という扱いで話を進めようとしている。
「だから、君に何かをして欲しい、という期待は今のところ無い。だが私達に無いスキルや視点もきっとあるだろう。作業をしながら思ったことや感じたことは遠慮なく指摘してくれたまえ」
そしてどうでもいいけど葵って、綿貫君や橋本君の前では口調がちょっと固くなるのよね。先輩面をしようと張り切っちゃうのかしら。可愛いなぁ。
「そんじゃまあ、第一回しおり作成打ち合わせ会、開始~」
おー、とゆる~く皆で返事をする。そこへプリンとフライドポテトが運ばれて来た。この雰囲気、まったり出来ていいわねぇ~。
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