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技術を活用してみよう!(視点:恭子)
フライドポテトを早速摘まむ。さて、と葵も一本手に取り小さく振った。
「まずはしおりに何を書くか、だ。表紙は当然必要だわな。この中で、誰か絵を描ける人はいる?」
はい、と綿貫君が手を上げた。最近は発現の前に何故か皆、挙手をするのよね。
「お、綿貫君。絵心アリか」
「いえ、全然」
あっけらかんと言われて葵がずっこける。
「じゃあ何で挙手をしたんだよ」
当然の追及に、ふっふっふ、と珍しく不敵な笑い声を上げた。
「やはり葵さん、ご自分でも仰っていたように古いですね」
「何じゃ、藪から棒に」
「あ、わかった。生成AIね?」
手を叩いて答える私に、何で言っちゃうんですか! と唇を尖らせた。……奪っちゃうわよ?
「折角、俺が勿体を付けたのに」
「ごめんごめん。クイズ感覚で、つい」
「まあいいですけど」
「お詫びにポテト、食べて頂戴」
「ありがとうございます。いただきます。おぉ、結構しょっぱい」
「ね。塩気、強いわよね」
コーヒーを啜った葵が、そんで、と先を促した。傍らでは咲ちゃんがにこにこしている。ちょっと恥ずかしい。別に仲の良さを見せ付けたいわけじゃないからね! ……いや、それもあるかも。
「生成AI? そいつがあれば表紙が作れるのか」
葵は話を続けた。はい、と綿貫君が大きく頷く。
「単語を打ち込んだら勝手にイラストを仕上げてくれますよ」
「……あんまり難しいものは使えんぞ。なにせ私は古いんでね」
弱気な葵に、全然大丈夫っ、と綿貫君はスマホを取り出した。
「URLを三人にもお送りします。三つくらい、サイトを知っているから実際に使って覚えましょう」
「私等もやるの?」
「え、AIだなんて未来な……使いこなせるでしょうか……」
超能力者がAIに気後れしているのも不思議な光景ね。
「マジで簡単だから大丈夫だって。はい、送りましたよ」
スマホが震える。七人で共有しているメッセージの広場に届いていた。
『AI、URL。しおりの表紙作成用』
そう書かれたメッセージの下に三件、リンクが貼られていた。そっか。今日、別行動をしている三人が戸惑っちゃうものね。
「例えば、そうですね。葵さんのイラストを作ってみましょうか」
「あぁん? 私ぃ?」
途端に頭へ血が上る。また葵!? 動画に続きイラストまでとは、私を更に嫉妬させたいの!?
「ほら、旅行の発案者ですから」
「だからイラストにします、って意味が通らねぇよ!?」
「うまくできたら表紙にしますか」
「すんな! 絶対に認めねぇ! っつーか話を聞けよ!」
私も認めない! っていうか、私のイラストも作ってよぉ!
「ええと、まずこのサイトからにしようかな」
「やめろって、おいコラ。聞いてんのか綿貫。このバカ」
「ちょっと今、英単語を考えているので静かにして下さい。このサイト、外国のものなんです」
葵が固まる。まあまあ、と咲ちゃんがその痩身を押さえた。私は腕組みをして綿貫君を睨み付ける。鈍感。鈍チン。地雷踏み男。バーカ! バカバカ!
「はい、できた。共有しますよ」
画像が送られて来た。
(画像提供:うたかた 様
https://estar.jp/users/413235106)
(生成サイト:https://creator.nightcafe.studio/studio)
「もうちょい髪は収まっているけど、何となく葵さんっぽいイラストでしょ」
「おぉ~、凄い!」
咲ちゃんが感嘆の声を上げる。
「え、この数秒で作れたの?」
嫉妬はともかくとして、その速度に驚きを隠せない。私の問いに、そうですよ、と白い歯を見せた。くっ、格好いいじゃないの。仕事をしたのは綿貫君じゃなくてAIだけど。
「……私、こんなか?」
葵がスマホを見詰めて首を傾げる。
「イラストにすると、ですよ。そして色んなパターンを作れるのです」
言うが早いか矢継ぎ早に画像が送られて来た。
(画像提供:うたかた 様
https://estar.jp/users/413235106)
(生成サイト:https://creator.nightcafe.studio/studio)
(画像提供:うたかた 様
https://estar.jp/users/413235106)
(生成サイト:https://creator.nightcafe.studio/studio)
(画像提供:裏路地のねこ 様
https://estar.jp/users/1423694955)
(提供サイト:てつお(はんぺんゴロー) (@takoyaki_world)様 https://x.com/takoyaki_world?t=BXxPj9NCzV6FuniIHTyU0g&s=06)
「……とまあ、こんなところですね」
「ふうむ、どれも違うがどれも私か」
「実物そのもので良いなら写真を使えって話ですし、あくまでイラストですよ、イラスト」
「成程な」
頷く葵を他所に、咲ちゃんがとろけた顔を見せる。
「サングラスの葵さん、格好いいです……」
すっかり恋する乙女じゃないの。
「葵さん、こんなにいっぱいドーナツは食えないよな」
綿貫君が自分で作ったイラストにツッコミを入れる。
「これが写真との違いねぇ。私じゃない私が一瞬で大量に作られるなんて凄い世の中だな」
「表紙、飾る? あんたのイラストで。勿論、写真でもいいけど」
嫌味ったらしくならないよう気を付けながら言ってみる。冗談だろ、と肩を竦めた。
「恭子の方がよっぽど表紙向きさ」
「葵も可愛いじゃない」
おっと、と親友は不敵な笑みを浮かべた。
「綿貫君よ。恭子が不満を抱いておるぞ。自分もイラストを作って欲しいってさ」
「あ、コラ。はっきり言うな。恥ずかしいじゃないの」
おまけに綿貫君へ伝えるなんて、私の気持ちを察せられたらどうするの!?
「いいですよ」
……いらん心配、杞憂もいいところね。うーん、と小さく唸りながら再びスマホを操作している。やがて、難しいな、と呟くのが聞こえた。
「何で」
率直に問い掛けると。
「恭子さん、お綺麗だから。再現が難しいです」
目を見開く。そしてお腹に力を入れて叫びだしたいのを必死で堪えた。葵は立ち上がり何処かへ行ってしまった。咲ちゃんは手で口を押さえている。やめて。何も言わないで。お願いだから黙っていてね。貴女も大概わかりやすいから、綿貫君に何を察せられるかわからないもの! 見詰めているとテレパシーが繋がった。恭子さん、と脳内に咲ちゃんの声が響く。
(今、お綺麗だからって言われましたね)
(そうね)
(私、とってもドキドキしています。自分が綺麗と評されたわけではないのに)
(そうね)
(当の恭子さんはどのくらいドキドキされていますか?)
(咲ちゃん)
(はい)
(脳内で叫び出す寸前なの。だから、一旦切って貰っていい?)
(あ、そうですよね。頭の中ももえらいことになってますよね)
声が途絶える。ドキドキしているかって? しているに決まっているじゃない。好きな人に一度ならず二度、それどころか三度目かしら。綺麗って言われたら。
舞い上がっちゃうじゃないのよさー!!!!
あーもー、私をドキドキさせてどうする気!? 散々抱いた嫉妬からの、お綺麗ですねって言われた歓喜なんて、坂道に置いた平均台の上で一輪車に乗るくらい情緒が不安定になっちゃうわよー!!!!
綿貫君は踊り出しそうな私にも、唇を噛んでいる咲ちゃんにも一切気付いていない。眉を顰めてスマホをいじっている。
「ちょっと違うんだよなぁ……恭子さんの感じに合わない……設定を変えてみるか」
わははぁ、一生懸命作ってくれている! 綺麗な私を再現しようとしてくれているのねー! 嬉しいぃー!!
「…………順調?」
それだけを絞り出す。もう少しお待ちを、と真剣な表情のまま返された。待つー! いくらでも待つー!! しかし私の感じってどんななの? 君は私をどんな風に見ているの? むしろ違った私って何? あぁもう、ドキドキとワクワクが止まらないわよー!!
その時。ふっと外に目を遣ると、お腹を押さえて大爆笑する葵の姿が見えた。店内では我慢出来ないと判断したらしい。でもあんた、通行人がチラ見した上で揃って目を背けているわよ。まあ私の内心も、はしゃぎぶりとしてはあんな感じだ。咲ちゃんを手招きして、黙って葵を指差す。あぁ、となんとも言えない呟きを漏らした。
それにしてもねー! 私はあんたよりもよっぽど手間暇をかけてイラストを作って貰っているわよー! へへーんだ。ひょいひょい作られた葵よりも私のイラストの方が価値がある! ……いや、価値は別に無いか。訂正。私にとって、喜びという付帯価値がある!
我ながら何を考えているのかわからなくなって来た。紅茶を飲んで一息入れる。よし、と綿貫君が表情を緩めた。
「そこそこいい感じのものができましたよ。あれっ、葵さんはっ?」
離席にも気付いていなかったのね。そんなに夢中で私を作ってくれたなんて、抱き着きたいくらい嬉しいわ! やらないけど。ただのセクハラだもの。
「ちょっと外に行っているわ」
「電話でもかかって来たんですか」
「わかんない。ふらっと出て行っちゃった」
「そうですか。じゃあまあ戻られたら恭子さんのイラストも送りますね」
早く見たい。だから。
「別にいいんじゃない? 送るだけなら。後からでも見られるでしょ」
そう提案したけど、いやいや、と首を振った。
「こういうのは一緒に見るから楽しいのです」
そう、と応じて私もスマホを取り出す。葵個人宛のメッセージを開き。
『はよ帰って来い!!!!!!!!』
それだけ打ち込み送信をした。窓の向こうの葵もスマホを取り出す。踵を返して戻って来た。
「わりぃわりぃ、ちょいと野暮用で」
大笑いしていただけのくせに白々しく頭を掻いた。
「お帰りなさいっ。さあ、次は恭子さんのイラストをお披露目しますよっ」
「どうでもいいけど綿貫君。自分で凄いハードルを上げているね」
咲ちゃんの指摘に彼が固まった。目を見開き、確かにっ、と叫ぶ。ええい、どうでもいいから早く見せてよ!
「あの、言っておきますけど俺はベストを尽くしましたが描いたのはあくまでAIですからね?」
そういうの、いいから! はーやーくー!
「でもさっきからずっと、ちょっと違うなぁ……とか、設定を変えるか……とか、皆で一緒に見た方が楽しいとか、さあお披露目ですっとかさ。どれだけ凄いイラストが出て来るんんだろうって期待が大きくなっちゃった」
くすくす笑いながら咲ちゃんが指摘をする。楽しそうだけど後にしてくんない!?
「あれっ、独り言が漏れていたっ? 恥ずかしいなぁ。そんでプレッシャーには弱いんだから、ハードルが上がったとか言わないでよ」
「ふふ、ごめんね。あまりに自分を追い込んでいるからおかしくって」
その時、頬をひくつかせた葵が、はいはいと二人を止めた。
「当事者のお姉さんが待ち切れないって顔をしているぜ。仲良し二人のやり取りは私もずっと見ていたいがね、そろそろお披露目してやってくれよ」
そう言われて、後輩二人が私を見た。今の葵はフォローをしてくれたの? それとも、からかったの? どっちにも取れるけど、揺るぎないのはただ一つ。見事に図星を刺されて恥ずかしい!
「……見せて?」
小首を傾げてなるべく可愛く綿貫君にお願いをしてみた。私にしてはあざとい仕草。普段取らない行動で衝撃を与えて誤魔化してしまおう作戦だ!
「……はい」
綿貫君が視線をスマホに戻した。ふう、乗り切れたわね!
「これが完成形の恭子さんです」
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「これが完成形の恭子さんです」
送信ボタンを押しながら、俺は鼓動が高鳴るのを感じていた。さっきまで、恭子さんをイメージしながらイラストを生成していた。疑似デートは勿論だけど、知り合ってから二年間、色々な恭子さんの表情を見た。酒を飲んで爆笑するのはいつものこと。沖縄旅行での飲み会のさい、部屋で二人きりになった時、緊張して間がもたなくなった俺に呆れて半開きの目でじっとり見て来た。葵さんが死に掛けた際、殺しそうになった咲ちゃんを思い切り叱りつけて睨んだ。その後、俺と二人で散歩に出た際、人が変わったように号泣していた。そして疑似デートでは、映画を一緒に観て笑い合った。カラオケで熱唱する姿を見た。クラゲを枝でつついていた。水族館で、マグロとカニを食いたいと笑い合った。観覧車では、東京タワーの脚線美について目を輝かせながら語っていたな。そんな、色々な恭子さんを思い出しながら作業をした。うーむ、そう考えると再現度は低いのか? それはともかく。
生成が終わった後に見せた、あざとい仕草。初めて見る顔。
それは、反則だと思う。
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