ずっけぇ姉さんと疑惑の紳士。(視点:恭子)

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ずっけぇ姉さんと疑惑の紳士。(視点:恭子)

「んじゃ最後は恭子な」  その言葉で我に返る。どうにも私自身の気質とAIは相性が悪いみたいね。余計なことを考え過ぎてしまうもの。さてさて、と此方の内心も知らず、葵は目を細めた。 「我が親友は、一体私にどんなマニアックなコスプレをさせたのかな?」 「だーかーらー、違うってば」 「照れるねぇ」 「話を聞けっての。取り敢えず一枚目は普通よ。ね」  綿貫君を見遣ると、そうですね、と小さく頷いた。 「そういやお前ら、二人でわいわいやっていたな。恭子は、ちゃんと自分で作ったか?」  ぐ、流石親友。鋭い。 「いえ。ほぼ俺が作りました」  綿貫君が食い気味に即答した。間に入る暇もない! やっぱりな、と葵は溜息を吐いた。 「ちゃっかりしているんだよ、こいつは。学生の頃から講義をすっぽかしちゃあ私のノートを借りて、それでテストでは毎度こっちよりいい点を取っていた。ずっけぇ奴だよ」 「ずっけぇ? 凄いってことですか?」  咲ちゃんが首を捻る。違うよ、と葵は苦笑いを浮かべた。 「ずるいって意味」 「あぁ、成程。確かにずっけぇですね」  律儀に繰り返される。言われるこっちは肩身が狭い。 「まったく、人の気質は変わらんのぉ。でも他人に対してはクソ真面目に向き合うんだから、大事なものの本質がわかっているのかもな。いや、要領がいいって言うのかね」 「ずっけぇんですよ、葵さん。ずっけぇ」  咲ちゃんがニコニコしながら繰り返す。語感が気に入ったのかしら。でもさぁ。 「あんまり、ずるいずるいって言わないでよ……」 「あ、ごめんなさい。つい調子に乗ってしまいました」 「事実だからいいだろ別に」  私の訴えを葵が即刻撃ち落とす。まあまあ、と綿貫君が仲裁に入った。 「じゃあ合作って体で発表しましょう」  その瞬間、葵の目が光った。あ、マズイ。物凄く嫌な予感がする。咄嗟に口を挟もうとした。だけど話すことが浮かばない! だって何も無いもの! 結局、いいぜ、と葵に先を越されてしまった。 「綿貫恭子の連名ってとこだな」  そう来たかぁ! 普段なら、綿貫君と恭子の連名って言うところを、わざわざ呼び捨ての上で繋げおって! それだと、け、け、結婚したみたいじゃないの! 「そうですね」  あっけらかんと綿貫君が応じた。お前は違和感に気付け! いや気付かなくていい! あたふたされるとややこしいもの。うん? むしろ、あたふたしているのは私の方? だって好きな人の名字に自分の名前をくっつけるなんて、って落ち着きなさいよ私。小学生だって、こんな程度のからかいは鼻であしらうっての。我ながら、綿貫君が絡むと動揺し過ぎなのよ。 「じゃあそういうことにして貰うとして、そろそろ作品を評価して頂戴よ」  普通に応じた私に向かい、葵が肩を竦めた。ふふん、私だって大人の女よ。そのくらいじゃ動揺しないわっ。ちょっと危なかったけどさっ。 「へいへい。そんじゃあ初めての共同作業による成果物を、なんなりとお披露目下せぇ」  むっ、思ったよりもしつこいわね。悪ノリなんかに付き合ってあげないもん。 「ちょっと葵さん、初めての共同作業って。ケーキ入刀じゃないんですから」  いやお前が応じるんかい! 笑って手を振る綿貫君の後頭部をぶん殴りたくなる。澄ました顔の葵だけど、瞳の奥に悪魔が見えた。あんたのAIが生成した化物よりもよっぽど恐ろしいわよ! 内面、AIに見透かされているんじゃない? 「だって共同作業だろ? 二人で一緒に作ったんだからさ」 「まあそりゃそうですけど。あ、でも初めてじゃないですよ」  んん? 一緒に何か作業をしたかしら。恋愛相談や疑似デートはしたけど、共同作業とは評さないわよね。一方、ニヤニヤしながら葵が、ほう、と応じる。 「じゃあ初めてはナニをしたんだい」  絶対悪意のある喋り方をしている。こいつはまったくぅ~! 「沖縄旅行で最後の夜に男子部屋で飲み会をしたじゃないですか。あの時、二人で一緒に部屋のセッティングをしたのが初めての共同作業だと思います」  ……誰もが想定していなかったと確信出来る程、真面目な返答を述べた。葵の笑みが若干引き攣る。ここから新婚カップルみたいっていじりには持っていけないわね。ただ、私も返しが見付からない。何故なら、そう、としか出て来ないから。 「そっかぁ。結構前から二人は力を合わせていたんだね」  そこへ咲ちゃんが純粋な感想を述べた。ナイス! 場が保った! 「俺は密室に男女が二人きりなんてよろしくないので別にいいって言ったんだよ? だけど前日の飲み会の後、片付けをしていないままだったから見かねた恭子さんが手伝ってくれた。うん、昔から恭子さんは面倒見が良かったのですね。ありがとうございました」  まさか二年越しに御礼を述べられるとは思わなかった。曖昧に頷く。 「綿貫君の中では美しい思い出なわけだ」  葵が目を細めた。いじろうとしているのか純粋に聞いているのか判別がつかない。 「美しいっていうか、危なっかしいなぁと心配になったので」 「君は男女の仲を気にするねぇ」 「勿論、俺は何もしませんよ? だけど世の中、俺みたいな紳士ばかりではありませんから」  紳士、と咲ちゃんが無表情で繰り返す。葵は唇を噛んだ。私も腹筋に力を籠めて笑いを堪える。途端にテレパシーが繋がった。 (いつも思うのですが、綿貫君は紳士なのでしょうか) (紳士じゃなくてビビりだろ。アホみたいな照れ屋と言い換えても良し) (初心っていうか、女子に対して滅茶苦茶慎重ではあるわね) (ひょっとして、過度な憧れを持っているんじゃないのか? 女ってものに対してさ) (過度とは、例えばどのような?) (そりゃわからんが) (あらら) (だが私の家に入るのも随分躊躇っていたからな) (私が綿貫君の家に泊まるって宣言した時も全力で断っていたわね) 「えぇっ!」  咲ちゃんが驚きの声を上げた。テレパシーではなく、肉声で。 「あ」 「ちょ」 「え?」  私達のリアクションに、慌てて両手で口を押さえる。だけど時既に遅し。 「……ひょっとして、今、俺について悪口でも飛び交わせていた?」  綿貫君は瞬時に察した。顎を引き、咲ちゃんをじっと見詰める。まあテレパシーで喋っていたとしか思えないものねぇ。 「いや、えっと、悪口ではないよ?」 「俺について喋っていたのは間違いないんかい! 咲ちゃん、ひどい。見損なった」  ぷいっと顔を逸らした。ごめんなさい、と咲ちゃんが手を合わせる。 「悪口じゃなくても、こそこそされるの、あんまり好きじゃない」 「そうだよね、卑怯だった。ごめん」  咲ちゃんが丁寧に頭を下げた。うーん、素直。 「ただ、綿貫君が本当に紳士なのか先輩達の意見を聞こうと思って」  率直過ぎる返答に、マジか、と今度は綿貫君が目を見開いた。 「もしかして、俺、自称紳士だっただけでとんだセクハラ野郎だった? それについてお二人に確認していたんだね!?」  あ、また変な方向へ舵を切った。違うよ、と咲ちゃんは首を振る。 「綿貫君、セクハラなんて絶対にしないでしょ。だって女性が苦手なんだから」  その通り。なんならこちとら、第一回目の疑似デートで手を繋ごうとしたのに断られた。彼の苦手意識は筋金入りにも程がある。 「そうだよ、照れちゃう。でも発言に滲み出ちゃったとか、視線がいやらしいとか、そういう自覚していないところでやらかしている可能性はある。むしろ照れちゃうのもセクハラなのか? 過度に意識しているってことだもの」 「それもセクハラに含めたらキリがないんじゃないかな。とにかく違うから安心して」 「咲ちゃんがそう言うなら信じるけどさ。じゃあ、本当に紳士かの確認ってどういう意味?」  結局そこに帰って来るわよね。咲ちゃんは困ったように葵を見上げた。視線を受けて、要するに、と話を引き取ってあげている。ま、先輩だものね。 「君が女性に対して誠実なのはよくわかる。しかし同時に、やたらめったらビビり倒して、或いは警戒しており、極端に忌避している節もある。そりゃあ密室に男女が二人きりでいるのはよろしくないと私も思う。一方、沖縄旅行で宴会をしたあの夜、君は恭子と二人きりで飲むことになった時間があったな。何故なら咲ちゃんが泥酔して、私と田中君はそのお世話に追われたから」  唐突に、さり気なく咲ちゃんを狙撃した。すみませんでした、と消え入りそうな声が聞こえる。そういやあの時、葵が右腕を怪我したのは酔っ払った咲ちゃんがサイコキネシスを制御しきれなくなったせいだったっけ。今は起こり得ない事態。皆、あの時よりも少しずつ前に進んでいるのを実感する。 「恭子とサシになった君は緊張し過ぎて間がもたず、その場にいない橋本君へ電話を掛けるという暴挙に出た。おかげで恭子はブチギレて、君の手を引き別室にいた我々と合流したわけだが。こいつは紳士的振る舞いではなく、ただの迷惑行為だ。そこをごっちゃに考えて、手を出さなければ全て紳士! と開き直ってはいけないよ。勿論、紳士的振る舞いは大切だ。だが適切なコミュニケーションを取らないのもまた駄目である。その辺、自覚はしているね? 他人の私に指摘されるより、女性が苦手という意識のある君ならわかっちゃいるとは思うが」  どう? と葵に問われた綿貫君は、難しいんです、と少し目を伏せた。 「緊張するのをコントロール出来なくて」 「ま、そいつは君の性質だから仕方ない部分はあるだろうよ。だがお友達の咲ちゃんとは普通に接せられるんだ。私や恭子に緊張するのはある意味ありがたいよ? 君の中で、我々が恋愛対象として見られているのだから」  むむむ。話の流れ上、仕方ないとはいえ引っ掛かるわね。 「だけど必要以上に身構えないでくれ。我々も友達だ。もうちょい気楽に接してくれていいんだぜ」 「……ありがとうございます。紳士を言い訳にしないようには気を付けます」 「ふふん、そういうこった。だけどそんな君を可愛いっつって惚れる人もいるかもなぁ」  ……見守る葵の視線は優しい。 「さぁて、何の話をしていたっけ。私と咲ちゃんがAIで化物を生成したのは覚えている。まったく、どうしてこんな辛気臭い話になったんだ? 次は恭子と綿貫君のイラストだろ。さ、どんな私ができたのか見せておくれよ」  葵の言葉に、そうですね、と咲ちゃんが乗っかる。 「ごめんね綿貫君、こそこそして。ここからは楽しくいきましょう! AIさんの比べっこ会、再開です!」  おうっ、と綿貫君も笑顔を浮かべた。 「恭子さん、それでは俺達の合作をお披露目しましょうっ」 「え、あ、うん」 「何をぼーっとしてんだよ」 「恭子さん、お願いしますっ」 「そう、そうね。オッケー、じゃあ送るわよ」  応じながら、私は心の中で首を捻っていた。今日の目的からどんどん離れていっているのだもの。まだ時間は早いからいいけどさ。
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