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本人が不在でも揉め事の火種になる。(視点:葵)
さて、そろそろ話を進めるか。知らん間に進歩したAIに思いがけず触れてみたらば、予想外に面白かったわけで。こいつは良い発見だったとは思うのだが。テーブルを指で軽く叩く。三人の視線が私へ向いた。
「なかなか遊んじまったな。んじゃまあ表紙はAI大先生にお任せしよう。むしろ表紙だけに留まらず、イラストを随所に差し込めるな。こんな絵を入れたいとかあれば、自分で作るなり綿貫君に頼むなりして生成し、今みたいにメッセージアプリで共有すればいいだろう」
そうね、と恭子が深く頷く。
「お前は綿貫君に任せっきりだっただろうが」
「一人で遣らざるを得なくなったら頑張るわよ」
「追い詰められなきゃ働かないなんて本当にいい根性をしているな。不気味なイラストを生成するなよ?」
「あんたにだけは言われたくないわね。それによくわかんなくなったら、その時はよろしく頼むわよ。綿貫君」
すぐさま隣の彼を頼った。ある程度なら、と綿貫君も一つ頷く。やれやれ、ちゃっかりしているぜ我が親友よ。彼を頼らざるを得ないのは事実ではあるが、同時に交流する口実をゲットしたわけだ。ふうむ。ちょっとだけ、ジェラシー。なんていい加減、感じる訳ねぇよなー。ははは。
「私も頑張って作ります」
咲ちゃんは両の拳を握った。
「ありがとさん。だけどドスケベなイラストばかり載せるわけにはいかないからな。匙加減はミスるなよ」
再び恭子が深く頷く。そんなことは、と咲ちゃんは口籠った。籠った時点で否定は出来なくなっているんだぜ~。
「さて、その上で、だ。必要なイラストは結局しおりの内容を決めない限り、見えてこないのだ。そろそろしおりに何を載せるか相談をしよう。五時には居酒屋が開くだろうからその前にはある程度、内容を決めておきたい」
「よし、じゃあメモを取るから皆、どんどん意見を出しなさい」
酒の気配を嗅ぎ付けた恭子がさりげなさを装いつつ張り切り始める。いや、あからさまだろ。
「恭子さん、まだ三時過ぎです。時間はありますし、今、急いでも早く飲めるわけじゃありませんよ。店はまだ開いていないんだから」
横から綿貫君が言葉で深々と刺し貫いた。すっかり見透かされているねぇ、仲良くなったもんだ。恭子は返しに詰まった。
「恭子さんがもしアル中になってしまったら私はとても悲しいです。だからあまりお酒を飲み過ぎないで下さいね」
咲ちゃんが真顔で嗜める。
「私も親友がアルコールに溺れるのは嫌だなぁ」
とどめとばかりに真顔で乗っかる。半分は本心だから。
「わ、わかったわよ。ただ、私は早く咲ちゃんの婚約をお祝いしたいだけで」
「言い訳している時点でアウトだぜ」
ぐ、と唇を噛んだ。肩を竦める。
「ま、メモを取ってくれるってんなら頼むわ」
「……任せて」
そんな暗い声を出すなって。
「えーっと、思い付くまま喋るぞ。まず、旅程表は必須だろ。集合時刻と場所。訪問先への到着および出発時刻。やるべきこと。例えば買い出しとかだな」
はい、と綿貫君が自分のスマホを私に向けた。そこには見覚えのある画像が表示されている。
「先日、この仮の旅程表は葵さんが送って下さいましたよね。ここから大幅な変更はありますか?」
どうでもいいけど突貫で作った物を落ち着いてから見せられると、作り込みが甘いと実感させられるな。
「大幅には無いね。特に二日目に関しては二日酔いの可能性が高い。故にほぼフリーの予定にした。変更もクソもあったもんじゃない」
「成程。では逆に、初日は?」
ふうむ、と顎に指を当てる。そうだ、と両手でスマホに文字を打ち込んでいた恭子が顔を上げた。
「パン屋さん、行きましょうよ。旅程表に入っていないと思っていたの」
「あぁ、何か有名なパン屋があるらしいですね」
おや、綿貫君も知っていたのか。そういや彼は意外とマメなところがあるのだった。きっと旅先の観光施設や周辺案内も律儀に調べたのだろうな。肝心の私が一番疎い可能性もある。
「そうなの。そこのパンを朝ご飯にしようって葵と話していたのよ」
「あー、確かに入れ忘れた。しおりには明記するか」
「じゃないと忘れるわ」
「……酒を控えろ」
私の顔まで忘れたら大泣きしながら刺し殺してやる。
「ん、メモに残した。えーっと後はどうかしらねぇ。何かある?」
あの、と咲ちゃんが手を上げた。
「これは田中君の意見なのですが、シーパークでお昼を食べようとすると込み合っていて大変なのではないかと申しておりました」
殿に報告する伝令みたいな喋り方だな。滅茶苦茶笑いたくなる。しかし恭子と綿貫君は、そうだねぇ、と真面目に応対した。私のツボにだけハマったらしい。
「じゃあ何処でお昼にする?」
その問いに、此処です、と咲ちゃんもスマホを見せた。便利だねぇ、スマホ。
「秋野葉駅から車でシーパークまで行く道中に、道の駅がありました。こっちの方が広いし空いているだろうからいいんじゃないかと田中君が」
「申しておったか。うむ」
「葵、殿様みたいで変よ」
私の口調は引っ掛かるんかい! けっ、と背もたれに肘を乗せる。
「そう言えば彼、アンケートで訪問先に道の駅を希望していなかった?」
「どうだったかねぇ」
なんて答えちゃいるものの、正解であるとわかっていた。惚れた相手の行きたいところくらい覚えているのは当然だよな。ふふん、どこまでも私は女々しいねぇ。
「ええと、回答結果、と。あ、ほら。やっぱり彼、道の駅って書いている」
「あらら。では、彼はただ自分が行きたいだけなのに、皆のためを思っている風を装って提案したのですね。帰ったらしばき倒さなければいけません」
静かに闘気を纏う咲ちゃんを、まあまあ、と宥める。
「別にいいぜ、昼飯は道の駅で。逆に言えば彼は行きたがっているんだ。希望を叶えてやろうじゃないか」
「それは、はい、ありがたいですが。俺が行きたいって素直に白状すればいいのに」
咲ちゃんの中でどうにも引っ掛かっているらしい。いやあ、と綿貫君がぶんぶん手を振る。
「あいつ、咲ちゃんと二人きりだったらもう少し正直に希望を口にすると思うよ。でも田中はさ、残り六人を自分の希望に付き合わせるのは気が引ける、だけどどうしても行きたい、だったら理由を作ればいい。そういう風に考えている気がするな」
「大義名分があれば我儘も通るだろって思考じゃない。横暴ねぇ」
身も蓋も無い恭子の解釈に、綿貫君の笑顔が引き攣った。
「……その解釈でも間違いではありませんが、どちらかと言うと俺はあいつの擁護をしたくて」
「結果、彼への心象を悪化させた、と」
その評価に、いやいや、と再び勢い良く手を振っている。
「恭子さんの受け取り方が厳しすぎるんです。素直に言い出せなくて可愛いわね、とか思って下さいよ」
「正直に吐けとしか思わない」
「言い出せない人もいるんですって」
「面倒臭いわね。そんな浅い仲じゃないでしょ」
「それはそうです。ただ、遠慮しがちな性格だということで認めてあげて下さいよ」
「だから遠慮すんなって。お互い、どんだけ無遠慮な言葉や態度をぶつけて来たか、忘れたの?」
はい、と咲ちゃんがまたも割って入る。
「私は恭子さんの意見に賛同します。行きたいのならそう言って欲しかった。遠慮がちだからって綿貫君はフォローしたけれど、行き先に据えようとしているのなら遠慮はしていないんじゃないかな」
「で、でもほら、何が何でも道の駅に行きたい! って強行突破をするんじゃなくて、落ち着いて昼飯が食えるってメリットを提供しているわけだし」
「俺が行きたい道の駅なら昼ご飯をゆっくり食べられる、だから是非寄って下さい。そう主張してくれる方が素直でいいと思う」
「同感っ!」
咲ちゃんの答えに恭子が乗っかった。二人がじっと綿貫君を見詰める。えぇっ!? と彼は若干声を荒げた。
「ちょっと、あのさ! 俺、今、責められてる!? 素直じゃない田中を庇っただけで、俺まで悪いみたいな空気になってる!?」
まあ彼が面白くないのも当然だわな。別に責めてはいないけど、と恭子は目を逸らした。
「私も綿貫君は責めていません。ただ、田中君の言い方に思うところがあっただけで」
「……あっそ。なら、別にいいけど」
沈黙がテーブルに降りた。私らにしては珍しく気まずい空気が流れる。まあ私から見れば田中君の誘導の仕方は尋常でなくバカみたいなんだがな。彼の思考を追ってみる。
旅程表(仮)を見た時、道の駅は二日目の候補地の内の一つと言う大層頼りない位置づけになっていた。これは訪問されないかも知れん。だけど俺は訪れたい。だったら大義名分を作らなければ。うーん、あ、そうだ。休日のシーパークはまず間違いなく混む。昼飯を食うのに苦労する、という主張も受け入れて貰えるだろう。そこで代替措置として、道の駅に寄り昼食をとるのが良いと提案すれば。うん、自然に訪問先へ決定出来たぞ。席数も多いし納得して貰えるだろうな。あとは、さりげなく咲にその話をしておけば、しおり作りの打ち合わせの際に葵さんや恭子さんに伝えてくれるに違いない。ははは、我ながら完璧な誘導だ。
咲ちゃんの発言を鑑みるに、こんなところで間違いなかろう。だがな田中君よ。此処で即刻明るみに出た通り、君が道の駅を希望していると私と恭子は知っているのよ。何故ならほかならぬ君がアンケートにそう回答したから。なのに、ちまちま小細工というか、どうでもいい回り道をした挙句、はっきり行きたいと言わないでシーパークは混むからさぁ~なんて白々しい上に無意味にも程がある。そういうところがあいつがバカと扱われる理由だよなぁ。そんで本人不在なのに喧嘩の種になっているし。田中君を庇った綿貫君は友情故の行動だ。対する恭子は、この期に及んで遠慮がちなのが気に入らない、もっと本音で接したい、そんな前向きな感情故の苛立ちである。そして咲ちゃんは、自分を利用されたみたいで気に入らないところもあるだろうね。何より、これから共同生活を送ろうという相手が本音を隠して物を喋っていたら不安と苛立ちも抱いて当然だわな。
口出ししなくて良かったぁ。まあ私が誰の肩も持たなかったのは、茶番と言ってもいいと思えるバカみたいな田中君の小細工が。
可愛く思えちまったんだわな。
肯定も否定もしない。バカみたいだぜって笑っていたい。だから喧嘩なんておよしよお三方。鼻で笑うくらいが丁度いいことなのさ。
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