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一方その頃、別動隊は。(視点:田中)
切れた電話をしばし見詰める。葵さんから、婚約へのお祝いを述べられた。ありがたいやら、申し訳ないやら。まあマイナスの感情を抱く原因は全て俺にあるので、もし俺の内心を葵さんが知ったらお前のせいじゃろうが、と蹴り飛ばされに違いない。
しかし水着ねぇ。俺に訊いたら何と答えるかはわかりきっていただろうに、まったくもう。そんで喧嘩の火種になった道の駅でのお昼ご飯だけど、結局採用してくれたし。つくづく葵さんは俺に甘い。咲ほどにではないけど。同族嫌悪だの、婚約者がいるのに別の女へ告白した最低の奴だの、割とケチョンケチョンに評する割にはいっつも優しいんだよな。
さて、取り敢えず今の会話は絶対にオフレコだ。道の駅だの水着だの、他の奴らには聞かせられないし聞くかせたくない。……葵さんの水着ねぇ。
(作者注:田中の妄想の産物)
(画像提供アプリ:AIイラスト 様)
頭を振る。咲にテレパシーで脳内を覗かれたら八つ裂きにされる。でもその前に咲も鼻血を出す気がする。……一体俺達、どういうカップルなんだ。
あれ、でも待てよ。確か、葵さんは昔大きな手術を受けたと言っていた。その影響で少食なのだ、と。じゃあもしかしたら手術の痕も残っているのか。それなら水着とは言え露出は控えるかも。
(作者注:田中の妄想の産物)
(画像提供アプリ:AIイラスト 様)
……戻ろう。友達と親友の顔を見て落ち着きたい。ゆっくりと、今日の作業場所であった橋本の家へ足を向ける。
高橋さんと橋本を置いて出て来たのだ。しかし改めて我ながら、またしてもやらかしてしまった。皆を道の駅へ付き合わせるのには理由が要ると思ったのだが、飯を食うのに丁度いいとさりげなく提案するだけではなく、素直に道の駅へ行きたいと主張もするべきであったか。浅はか、ね。うーむ、確かに恭子さんと咲は引っ掛かるタイプだよなぁ。そして綿貫よ、マジですまん。そんで庇ってくれてありがとう。今度ビールを一杯奢るよ。だが何はともあれ喧嘩も収まって良かった。もしこれで綿貫と恭子さんの仲がこじれたりしたら罪悪感どころかはっきりと俺の罪だ。恭子さんの恋を、俺の浅慮な行動で終わらせたりしたらどうしようもなく申し訳が立たない。なにせあの人は俺と咲の大恩人だ。そして負い目も感じている。だって恭子さんが綿貫のことを好きだなんて知らずに、綿貫の恋愛相談に乗って貰うよう俺が誘導した過去がある。結果的に綿貫の恋は相談を始める前に終わり、おまけに疑似デートとかいう綿貫本人以外にはすぐに察せられるほどあからさま過ぎるやり取りも始まった。怪我の功名ってこういうことを言うのかな、と思いつつ、一方で恭子さんの好意に全く気付かず、ありがたいよなぁ、としみじみ噛み締める綿貫にちょっと引いた。まあ、それはさておき。葵さんにも指摘された通り、俺はどうにももう少し慎重に考えて行動しなければいけない。ここ最近、自分が揉め事の火種になった出来事が多すぎる。プロポーズ未実施事件。葵さんへの告白事件。ううむ、どれも俺に端を発しているではないか。
一方で、葵さんの下した評価に安心も覚えていた。死ぬほどどうでもいい、また田中がバカをやっている、その程度の問題だ。なんて葵さんは言ってくれた。引っ掛かる人には全く納得がいかない行動だけど、どうでもいい人にはとことん感心の湧かない程度の認識である。今回は、他二つの事件に比べて大炎上はしなかった。少しほっとする。……あぁ、そうか。ここで胸を撫で下ろしてしまうのが俺の駄目なところなのか。
「ただいま~」
そんなことを考えている内に橋本の家へ戻ってきた。鍵が開けっ放しのドアをのんびり潜る。お帰り、と橋本の声がリビングから届いた。
「田中君、怪しいねっ」
高橋さんが開口一番、ひどい評価を下した。何で、と流石に俺は無表情で応じる。
「だって私達に聞かせられない話を葵さんとするために外へ行ったんでしょ。それもこんな長電話なんて、一体何を話して来たの?」
ひどい誤解だ。まあ俺と葵さんの事情を知っている高橋さんと橋本なら、引っ掛かるのも無理はない。だけどちょっと、いや大分、偏見に満ちていると思う。
「別に、そんなやましいやり取りなんて」
瞬間、つい先程のやり取りが脳裏に浮かぶ。
「葵さんも一緒に入りましょう」
「……下心は?」
「ノーコメント」
「バーカ」
……。
「……していない」
「いや怪しさ満点だよ、今の変な間は。答えをゲロっているようなもんだって。むしろわざとかと疑うレベルだって」
「いや、マジで違うから」
「田中君、顔や態度に出やすいって言われない?」
「言われるけど、今は関係無い。やましい会話なんてしないんだから」
「態度、あからさま。隠し事をしているってわかる」
くっ、食い付いた高橋さんが全然離れてくれないぞ!? これはスッポンだ。スッポン高橋だ!
「ねえ、田中君」
下らないことを考えていたら、真剣な顔で真っ直ぐに見詰められた。
「咲と、婚約したんでしょう」
唐突にそう言われ、無言で頷く。今日、此処で合流してすぐ、橋本にどうだったのか訊かれた。十一月二十二日にプロポーズをすると、橋本と綿貫には教えてあったから。だから、無事にプロポーズをして快諾して貰えたと報告をした。橋本も高橋さんも喜んでくれたけど、そのやり取りがあったせいもあり高橋さんは食い付いて離れないのだ。
「いい? 絶対に、咲を泣かせるような真似はしちゃ駄目だからね。それは私が、私達が、許さない」
「田中、またしれっと葵さんに手ぇ出したりして」
「そんな真似をしたら頭をかち割ってやる!」
「結構石頭だから気を付けてね、佳奈」
「とんかちだったらいけるでしょ」
「ギリギリかな」
「大丈夫、力には自信がある」
「ちょ、ちょっと待て! お前ら二人とも、落ち着けって!」
怒れる高橋さんと焚き付ける橋本に慌てて両の手の平を向ける。
「確かに席を外したよ。でもそれは、葵さんが向こうのメンツに聞かれないよう外に出たって言っていたから、こっちも合わせた方がいいのかなって。お前らもそこまでは聞いていただろ? スピーカー受話だったんだから」
「その上で、じゃあ長々と何を話してきたの? 私達に教えられないような内容じゃないんだよね?」
「信用無いな」
親しい人と長電話くらいすると思う。
「当たり前じゃん」
即答したよ、ひっでぇな。
「あのさあ、高橋さん。マジで違うから」
まあ違わない部分もあるのだが。婚約のお祝いの言葉は複雑だ、とか、葵さんの水着が見たいから一緒に風呂へ入ろう、とか。……後者のパワーワードぶりに顔が熱くなりそうだ。なんとか必死で平静を装う。あぁ、装うとしている時点でやましいところがあるんじゃないか。だけど何もかもを正直にゲロするわけにもいかない。むしろゲロして葵さんに告白したから、俺と葵さんはずーっとややこしい関係を抱えることになった。すみません、先輩。俺のせいで、いらん業と傷を背負わせて。それはともかく高橋さんの誤解は行き過ぎている。ちゃんと解かないと。
「もうちょっとちゃんと考えてからものを喋れ、あと葵さん自身は俺を責めるつもりは全然無い。その二点を伝えるために先輩は席を外したんだ。特に後者については、引っ掛かりを覚えた恭子さんや咲、綿貫の前で話せないだろ。俺も葵さんに合わせて外したけど、別にこっちは普通にお前らにも聞かれていたって問題の無い内容だったよ」
ふうん? と高橋さんが下から俺を見上げる。じっとりした視線だ、疑いの感情しか感じない。うう、この人はやたらと勘が鋭いんだよな。あと推理力も無駄に高いし。なにせ俺が葵さんに告白して振った翌日、高橋さんは自分が持っている情報を組み合わせ仮説を立てることにより、俺が葵さんに何かをしたと言い当てたからな。恭子さんと二人、何でわかったの!? おっそろしぃわぁ~! と怯え切ったっけ。
「じゃあ何で佳奈から最初に問い詰められた時、一瞬変な間が空いたの?」
思いがけない援護が飛んで来た。橋本、この野郎。目ざとく掘り返しやがって。
「それは……」
やり取りをそのまま話すのは恥ずかしい! だけど誤魔化せるような嘘も思い付かない! こうなったら!
「葵さんにからかわれたんだよ。ほら、風呂は水着着用可のところに行くだろ。恭子に興奮しすぎるんじゃねぇぞ、巨乳好き、って言われたの」
「葵さんを変な目で見るなよって釘を刺されたんじゃなくて?」
ぐあっ、当たらずとも遠からずな指摘だな高橋さんっ! うん、そりゃそうか! この二人は俺と葵さんの事情を知っているんだもんな! また失念しておりましたよ! だが此処まで来たらばこっちに乗っかろう!
「……」
「はい、確定。田中君、サイッテー。咲、可哀想」
本当はもっと最低なやり取りをしているんだけどね。ここからは何とか盛り返さなければ!
「でもさあ橋本。お前はちょっとわかってくれるんじゃないのか。自分の彼女は一番大事だし大好きだし大切だ。それはそれとして、水着姿の恭子さんがそこにいたらつい目を奪われるって。すげーってさ」
「そりゃそうだ」
親友はあっさり頷いた。おいっ! と高橋さんが橋本の胸倉を掴む。
「佳奈だって、うわーすげーって感心すると思うけど。恭子さんのスタイルの良さ、知っているでしょ」
それは、と気炎を揚げかけた高橋さんの言葉が止まる。視線が空中をさまよった。しばし後。
「……確かについつい目を惹かれるかも」
「でしょ。浮気とか下心とかじゃなくて、すげーって気持ちから見ちゃうこともある」
「……面白くは無いけど気持ちはわかるな……」
「恭子さん、すげーもんね」
「あれっ!? 今は田中君が葵さんに目を奪われるって話じゃなかった!?」
「俺は何も言ってない。葵さんにからかわれただけ。俺、悪くない。むしろ被害者」
「それは君がいやらしい視線を向けるからでしょ!?」
「まだ向けてない。濡れ衣もいいとこ。故にまだ高橋さんから責められるいわれは実のところ、無い」
「んん!? そうだっけ!?」
深々と頷く。
「何か煙に巻かれた気がするんだけど!」
ううむ、やはり流石に勘が鋭い。そうだよ、事実は隠しているのだから。
「まあそんなわけで俺と葵さんは複雑ながらもお互いに感情を消化をしてやり取りをしているわけで。独特な距離感に収まろうと手探りをしている状態だからさ、見守って頂戴よ」
うーん、と高橋さんは腕を組んで首を傾げた。
「何か納得いかない……」
「そりゃあ当人同士じゃないからね。逆に咲は高橋さんを唯一の女友達として凄く信頼しているから、もし咲から相談を受けたりしたら遠慮なく俺にぶつけて欲しい。それは咲と俺とフラットな関係であり、唯一の女友達である君にしか出来ないことだから。情けないけどさ、俺はこんなんだから高橋さんも頼らせて欲しい。ごめんね、一方的で」
しばし唸っていた高橋さんであるが。
「……わかったよ。咲のため、ね」
「うん。よろしくね」
返って来たのは溜息だった。
「ところで、何の話がどうやってこんなところに着地したわけ?」
うおい! ここまで漕ぎ着けたのに混ぜっ返すんじゃねぇよ橋本! 見るとあからさまに唇を歪めて笑っていた。くそぅ、こないだ俺が散々橋本を責め立てた分、やり返しに来ていやがる! 因果応報とはよく言ったもんだ!
「もういいよ、咲を大事にするって結論に至ったから」
思いがけず高橋さんが話を終わらせた。ほっと息を吐く。こっちはありがたい限りだ。ようやく追及から逃れられたのだから。えー、と不満そうな橋本だが高橋さんと俺の両方から無視をされる。それで、と高橋さんは手を叩いた。
「こんなものでいいかな。三つは決まったけど」
「そうだね、十分じゃない? 目的は皆でのお泊り会なわけだし、これをやるために行くわけじゃないからね」
「うん、取り敢えずはいいと思う」
俺達の視線の先には、ボードゲームが置かれていた。
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