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面倒を見る人見られる人。(視点:田中)
そんなやり取りを経て、今日はしおり作成組とボドゲ組に別れての行動となった。しおり組は俺のせいで喧嘩になってしまったようだが、こっちは選定という名目で呑気に遊んでいた。いやぁ、申し訳ない。
「しかしボドゲはやっぱり、ルールが簡単な方がわかりやすくていいや。純粋に楽しいもん」
俺の感想を、やっぱお前は、バカだ、と橋本がぶった切った。いやいや、と俺は手を振り反論を申し立てる。
「だって、理解しようと頑張るじゃん。頭を使うじゃん。疲れるし、途中でわけがわからなくなったり、ルールの解釈を考えたりすると、もう遊びじゃない気になるんだよ。宿題をやっている感覚になる」
「お前、普段頭を使わなさ過ぎているのでは?」
「田中君、頭はね。使わない程ダメになるんだよ」
「ボドゲのルールに対する思い一つで、俺、貶され過ぎじゃない?」
失礼なカップルだな、まったく。
「まあ逆に、田中でも理解出来るなら皆大丈夫だろ」
「おいコラ、俺を頭脳の底辺にするんじゃない」
抵抗すると、橋本と高橋さんは顔を見合わせた。
「綿貫は意外とかしこいよな」
「動物か」
反射的にツッコミを入れる。
「咲も頭良いし」
「それはそう」
そして可愛い、俺の婚約者。
「そういや田中、学生時代はしょっちゅう咲ちゃんに課題をやってもらっていたよな」
「よく覚えているな」
「だって一緒に勉強するからって言ってしょっちゅううちへ連れ込んでいたじゃん」
「連れ込んでいたって言い方はやめてくれる?」
まあ課題を口実に家へ招いていたのは事実だが。
付き合う前の二年間、俺は咲と友達として過ごしていた。咲のことが好きで、でも告白する勇気も無かった俺は、課題を見て貰うのを理由にしてしょっちゅう咲と一緒に過ごした。図書館へ行った。喫茶店を訪れた。そしてうちへ招待した。一人暮らしだったら流石に呼ばないけど、学生の頃は橋本と綿貫と三人で暮らしていた。だから割と遠慮なく呼べたし来てくれた。勿論、一番初めは男達の中に咲が一人なのもよろしくないと思い、女子の高橋さんにも同席して貰った。だけど当然、いつでも都合が合うわけではなし。女子が咲一人になることも増え、その内お互いに気にしなくなった。二人きりの時間も何度もあった。だけど友達同士で、おまけに俺は臆病だったから何も無かった。
懐かしいな。
そして大学での授業中はぼんやりしていることがほとんどだったので、実際改めて教えて貰わないと手も付けられなかった。課題は出来るし田島さんと一緒にいられるし一石二鳥だぜ、なんて喜んでいたっけ。咲からすればいい迷惑だよな。卒業式の日、成績表と卒業証明書を貰った後、これは八割方咲のおかげだねと冗談を飛ばしたら。
「それは、そう」
ドレスに身を包んだ咲は無表情で頷いた。あの瞬間の咲は、門出の日とは到底思えない顔をしていたな。予想外の反応に、俺の顔も引き攣った。割とマジで迷惑だったのか? と申し訳ないやら戸惑うやら。だから、ありがとうございました! と叫んですぐに肩を抱き、自撮りのツーショットを収めて誤魔化した。その日からスマホの待ち受け画面にしていたけど、満面の笑みを浮かべる俺と咲の内面を推し量るとどうにも気まずくなるので一週間で変更した。
そんでもって後日、卒業祝いの会として同じ大学の先輩である葵さんと恭子さんと四人で飲んだ時。
「田中君はですね。ほとんど自分一人で課題をやらず、一緒にやろうって私を誘ったのです。たまになら一向に構いませんが、いつもですよ? 彼が卒業出来たのは私のおかげではないでしょうか」
酔っ払った咲がお二人に告げ口をした。すると葵さんが恭子さんを睨んだ。恭子さんはそっぽを向いて知らんふりを決め込んだ。おい、と葵さんが首根っこを掴む。
「これでわかったか? 頼られる方はそれなりにイラつくんだよ」
「嫌なら断ればいいじゃないっ」
「大事な相手を無下に扱えるか」
「大事なって……」
恭子さんが口籠る。葵さんは手を離し、気持ちはわかるぜ、と頬杖をついた。
「なあ咲ちゃん。こっちは毎回一生懸命授業を受けているのに、不真面目な奴らが私らを頼ってしれっと単位を取るのってさ。釈然としないよな」
そうなのですっ、と咲は両手でテーブルを叩いた。
「どうしてしっかり受講している私が、ぼんやりしている田中君の面倒を見続けなければならないのでしょうっ」
「いや、あの、ほら。俺、あんまり頭が良くないから」
どうでもいいけど自分で頭が良くないって言っちゃっているな、俺。
「いいえ、違います。私は知っているのです。君は授業中、スマホをいじったり窓の外を眺めたり、果ては居眠りをしてしまったりと全く授業に集中していませんでしたっ。頭が悪いのではありません。集中力が足りないのです。それでいて悪びれもせず、田嶋さん、一緒に課題をやろうよ、って。最初はそりゃあ嬉しかったですよ? 私にそんな声を掛けてくれる人はいませんでしたし、極稀にいてもやんわりとお断りをしておりましたから。彼ほどしつこく誘って来た人はいなかったのです」
葵さんが吹き出した。しつこくって、と恭子さんは口元を押さえて震える。そして俺は、明日の咲は絶対に二日酔いだな、と確信した。
「今ならわかります。田中君は私を誘いたかったのですね」
「おおう、付き合って半年も経つと惚気るようになるんだな。告白も出来ないって大泣きしていたのにさ」
葵さんが目を丸くした。いやいや、と恭子さんが軽く手を振る。
「酔っ払っているからに決まっているじゃない。素面の咲ちゃんはこんなこと言わないわよ」
「酔ってません」
くいーっと咲は梅酒を煽った。なんとなく葵さんを見ると視線がかち合った。黙って首を一つ振る。葵さんはそっと肩を竦めた。
「……じゃあ物凄く大胆になったのね、咲ちゃん」
「ええ、きっと。メイビー」
葵さんが目を瞑り、首を振った。俺は唇を噛み締める。
「それで、田中君。君は咲ちゃんと一緒にいたいからわざと授業を適当に受けたの?」
「学費、もったいねー」
「うーん、まあ一応色々事情はありましたよ? 授業を聞いてもよくわからない、だから後で咲に教えて貰おう。一度そう思い始めると余計に授業へ身が入らなくなる。何故なら咲を頼りにしているから。そして勉強を教えて貰うってことは一緒にいられる。確かに会える口実にはしていました。それがいつしかマジで咲に助けて貰わないとさっぱり授業がわからないような状態に」
「それのどこが事情ですかっ! 君が私を頼りにしただけですっ! 一体田中君は何をしに大学へ通っていたのですかっ!」
咲が人差し指を俺に突き付けた。正論過ぎて何も言えない。真面目ねぇ、と感心する恭子さんに、お前も同罪だ、と葵さんが同じように人差し指を突き付けた。その言葉を聞いた咲は、勢いよく恭子さんへ振り向いた。
「まさか恭子さんもぼんやりしていらしたのですか? 葵さんを頼りにして?」
う、と恭子さんも言葉に詰まる。もっとひでぇぞ、と葵さんは指を下ろし焼酎のロックに軽く口を付けた。濡れた口紅がやけに光って見えた。
「こいつは授業を受けなかったんだから。出席カード、配られただろ。あれを私がしれっと二枚受け取ってさ、自分と恭子の名前を書いたんだよ。右手と左手でそれぞれな。そんで、ぴったり重ねて提出ボックスに投函する。代返完了、と」
「いやー、助かったわ」
「恭子さん! 貴女は勉強をしに大学へ入ったのではないのですか! 何故、授業を受けないのです!? おまけに休むのなら堂々と休み然るべき成績を付けられるべきなのに、代返などというズルい手を使って逃げおおせるなんて!」
「そ、そんなに責めなくてもいいじゃないのよ」
「はっはー、卒業して二年も経って怒られてやんの」
「葵さんも葵さんです!」
突如葵さんに矛先が向いた。私!? と珍しく動揺を露わにした。
「何故、代返をしてあげたのですか。葵さんがやってくれると思うから、恭子さんは甘えて遊び惚けていたのですよ」
「遊び惚けてって……」
「そりゃ親友だから……」
先輩二人が力なく答える。しかし酒により変なスイッチの入った咲は止まらない。
「いいですか。お友達が間違っていたら正しい道へ導くのが親友です。葵さんのしたことは犯罪ほう助と一緒です」
「んな大袈裟な」
「ズルへ加担したのは事実でしょう」
「まあそうだが……」
「やーい、あんたも怒られてやんの」
「恭子さん……? 反省の色が見られないようですね……?」
そっと覗き込むと咲の瞳孔は開いていた。万が一にもサイコキネシスは暴発しないとわかっているが、それでもその辺の皿や窓を破るのではないかと一抹の不安が過る。
「ま、まあまあ咲ちゃん。私は卒業して二年経つのだから、時効よ時効」
「時効になっても罪は消えないのですよ……?」
「罪て」
しかもな、と葵さんが再び口を開く。多分、咲の怒りの炎に燃料を追加するのだろう。
「腹立たしいのは私のノートを借りておいて、試験で私よりいい点を取るんだよ。結果、サボっていたくせに成績は恭子の方がいいと来たもんだ。恐ろしく要領はいいけどこっちは腹の虫が収まらん」
「葵のノートが見やすかったのよ」
恭子さんが弱っちいフォローを入れる。
「だったら私の成績の方が良くて然るべきだろ。ノートに加えて講義も受けていたんだから」
「……私、もしかしてめっちゃ優秀?」
「かもなー」
いやん、と恭子さんは両頬に手を当てた。
「照れちゃう」
この人もそこそこ酔っ払ってんのかな、とぼんやり思う。だってさ。
「優秀……?」
怒れる咲の前で取るリアクションじゃないもん。低い声を聞いた恭子さんは案の定、やべ、と首を竦ませた。
「サボって、それを隠蔽して貰っておいて、テストの点だけ取って優秀ですと……?」
「ちょっと咲ちゃん、落ち着いてってば。言葉の綾よ。若しくは語弊」
「いいえ、反応も含めて何一つ間違いなどありません。恭子さん、貴女は今、言葉通りのことを考えていたでしょう」
「まあそうだろうな」
「あ、コラ葵。焚き付けないでよっ」
咲がテーブルに手を付き、恭子さんに向かって身を乗り出した。服の右裾を俺、左裾を葵さんが押さえる。そのまま進むとサラダのドレッシングが付いちゃうから。
「点が良ければ優秀なのですか? 毎回真面目に講義を受けて、綺麗にノートを取って、恭子さんに貸してくれた葵さんの方が人間として格段に優秀だとは思いませんか……?」
「それは……」
「違いますか? ズルをしておいて結果オーライ! 私って優秀ね! なんて、許されますか……?」
「……成績が葵より良かったのは事実だし……」
なおも抵抗を続ける恭子さんに感心する。諦めて、悪かったわよ、と言いそうなものだがね。
「まあまあ、咲。落ち着きなって。代返なんてよくある話。それでいい成績を取れた恭子さんは頭が良いし、面倒を見てあげた葵さんは優しいじゃん。今、咲が怒ったって恭子さんの卒業が取り消しになるわけでもないんだからさ」
途端に体を戻し、俺の肩を両手で掴んだ。
「助けて貰った側の君が、もう良くない? なんて言うんじゃないですよ! それを口にしていいのは葵さんだけですっ!」
そうして俺の体を揺さぶる。田中君のバカもの~、と可愛い声が耳に届いた。ちらりと見遣ると恭子さんが親指を立てていた。スケープゴートは任せて下さい。その隣では葵さんが目を細めて俺達を眺めていた。見守ってくれる、優しい視線だ。
「さ、咲ぃ。でも一番の理由はやっぱり、咲と一緒にいたいからだったよぉ~」
情けなく叫ぶと揺さぶりが止まった。ゆっくりと手が離れる。俯いた咲の顔が髪で隠れた。
「かーわいぃ」
葵さんが唇を三日月形にする。んふふ、と恭子さんは髪を左耳に引っ掛けた。もう一度覗き込んだ咲の顔は。
イチゴみたいに真っ赤だった。
「……少し飲み過ぎてしまいました。顔が熱くて仕方ありません」
葵さんが、可愛いねぇ、と微笑んだ。恭子さんはジョッキを煽る。俺もつられて照れくさくなり、ハイボールを飲み干した。
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