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適度な諦めが大事だったりする。(視点:田中)
「私と聡太に比べるとどうかな」
はっと我に返る。つい思い出に浸ってしまった。それにしても、葵さんと咲が勉強の面倒を見る側、恭子さんと俺が見られる側、とはっきり分かれていたのは面白い。恋愛相談をしていたペアごとになったのは偶然ではないだろう。俺は葵さんと似た者同士だと思っていたし、葵さんも事あるごとにそう評している。しかし恭子さんに似ている部分もあるのだろうか。今度、葵さんと恭子さんがいる時に訊いてみようかな。俺とお二人は似ていますかねって。
「高校の成績は俺の方が良かった」
此方の考え事には微塵も気付かず話は進む。胸を張る橋本に、体育は俺の勝ち、と舌を出してみせた。
「それは頭の良し悪し、関係ないじゃん」
「テストではかれない知能もある」
「でもどっちにしろ、やっぱり体育は関係ない」
「まあまあ。じゃあ聡太より成績の良かった私は田中君よりも間違いなく上だね」
「マジ? 高橋さんって学年で何位くらいだったの?」
「二十位くらい」
黙って頭を下げる。完敗でござる。
「まあ田中君も言うようにテストだけじゃわからない頭の良さとかもあるけどさ」
「でも成績はわかりやすい基準でしょ」
「うるせぇなぁ。わかったよ、お前ら二人より下でいいって」
恭子さんと違って俺は諦めが早いのだ。変に意地を張るよりも、どうでもいいことならとっとと折れた方が楽だ。空気も悪くならないし。
「あとは葵さんと恭子さんか」
「お二人とも、頭は良さそうだよね」
はい、と手を上げる。
「大学の成績、恭子さんは葵さんより良かったって」
へぇー、と高橋さんが目を丸くする。
「ちょっと意外かも。元気担当が恭子さん、頭脳担当が葵さんって感じだから」
「体力自慢と冷静沈着ってこと?」
意訳すると、デリカシーが無い、と叱られた。だけど絶対にそういう意味だと思う。もっと悪い表現をするならば、体力バカと虚弱な切れ者ってところか。流石に失礼だから口には出さない。
「昔、お二人に聞いたんだけどさ。恭子さんはよく授業をサボっていたんだって。そんで葵さんからノートを借りていたのにね、テストの点数は恭子さんの方が上だったんだって。要領がいいけどムカつくって葵さんが文句を言っていた」
俺の話に、げ、と高橋さんが体を引く。何でだよ。
「凄すぎない? めっちゃ頭が良くないと出来ない芸当でしょ。それか、よっぽど的確に
本質を捉える目を持っているか」
「両方じゃない? 恭子さん、鋭いもん」
ご自分の恋以外には、だがな。俺の恋心を即座に読み取り全力で背中を押してくれた大恩人は、自分の綿貫に対する気持ちへ向き合うと、ひえぇ~ってなったりお酒ぇぇぇ! っと取り乱してしまうと仰っていた。そういやあの時、全力で応援させて下さいと伝えたものの、今日に至るまで何一つ力になれていないな。まあ俺が必要だと恭子さんが感じたら遠慮なく声を掛けて来るだろう。その時は頑張るぞぃ。
「一方、葵さんも頭が良いよね」
高橋さんの感想に橋本は何度も小さく頷いた。
「恭子さんより成績が下だったのは確かに意外だけど」
その時、一つの記憶が急速に浮上をした。
「あ」
思わず声が漏れる。そして、またやらかしたかも、とすぐに後悔をした。
「ん? 何、田中」
「どうかした?」
うん、マジで自覚した。こういう不用意なところも俺の駄目な一面だ。すまん橋本。そして高橋さんよ、気分を害したら申し訳ない。だが嘘を吐いたり誤魔化せるほど器用じゃないんだ。だったら恭子さんの言う通り、小細工なんてしないで初めから真っ直ぐ向かって行った方が可愛げがあるな。
「いや、あのさ。葵さんが探偵ごっこをしていたなって思い出して」
「えー、何それ」
目を輝かせる高橋さんとは対照的に、橋本の顔色は一瞬で真っ白になった。
「推理とかしたの? それとも調査? あ、わかった。浮気調査だっ」
わかりやすく声を弾ませた。……友達として、一応忠告しておくか。
「高橋さん、あんまりゴシップネタばっかりに食い付くのはやめた方がいいと思う。このまま進むとウザい奴になっちゃうよ」
小細工などせず真っ直ぐに指摘をする。ぐぅ、という押し殺したうめき声が高橋さんの喉から漏れた。
「ウザい、奴……」
「ほら、いるじゃん。噂大好き、ゴシップ命のずっと喋っている人間。まだ高橋さんはそこまでいってはいないけど、浮気!? とかテンションが上がっているのは危険な兆候だし、そもそも浮気調査だって決めつけちゃ駄目だよ」
遠慮なく指摘をする。こういうのは、はっきりと伝えることが大事なのだ。でないと真意が伝わらないから。高橋さんはがっくりと床に手を付いた。
「田中君の言う通りだ……気を付けるとするよ……」
「あー、俺もちょっと危ないなーとは思っていた。佳奈、噂好きになっているなーって。ありがとな田中。代弁してくれて」
高橋さんの首がグリっと回る。言ってよ、と訊いた覚えの無い程低い声を橋本にぶつけた。
「あんまり酷くなったら注意するつもりだったよ」
「聡太が呑気に構えているから田中君にぶっ刺されちゃったじゃん」
「八つ当たりしないでよねー。二十四歳にもなったなら、そういうところは自己責任でしょ」
「誰よりも責任感の無い聡太にだけは掛けられたくない言葉だったな……」
高橋さんはとうとう床へ寝そべってしまった。俺達に背中を向ける。
「ドンマイ」
そう言ってみると、気を付けるー……と弱々しい返事をした。そして気付く。これは話題を逸らすチャンスだ。葵さんの探偵ごっこには触れない方が、少なくとも橋本は幸せだ。じゃあ代わりに何の話をしようか。今日の夕飯をどうするか、とか? それともボドゲの感想でも述べるか。ううむ、急に考えると案外思い付かないな。などともたもたしていたら。
「で、結局葵さんの探偵ごっこって何だったの?」
高橋さんが寝返りを打って此方に向き直った。復旧が早い! 取り敢えず橋本の顔を伺う。恨むからな、と唇が動いた。
「じゃあ教えていい?」
「勝手にすれば。どうせ佳奈は逃がしてくれないし」
「聡太に関することなんだね。ひょっとして、美奈さん絡み?」
黙って高橋さんへ拍手を送る。この人もこの人で鋭いんだよなぁ。まったく、俺達の仲間内には何人の名探偵がいるんだ? おっかないねぇ。
「田中が話せ。俺は嫌だ」
「まあそうだな。俺がバラしたんだし、そうするわ」
どんな話なの、と言いながら高橋さんがあぐらをかいて座り直す。何故かはわからないけど、やたらと運動部出身の女子っぽい雰囲気を感じた。不思議なもんだ。
「高橋さんが美奈さんを知っているのなら手っ取り早い」
勿論、気まずくもあるけど。咳払いをして俺は説明を始める。
「俺と橋本、葵さん、恭子さんの四人で飲んだ時、橋本が高橋さんと別れて今はいい感じの人がいるって言い出してさ。美奈さんのSNSを見せられたの。そうしたら葵さんがね、橋本を撮った写真にはいつも同じ女が写り込んでいるって目ざとく見付けた。髪の長い、白い服を着た女が確かに毎回見切れていた。気持ち悪いって俺らが騒ぐ中、葵さんだけは冷静だった。美奈さんの自作自演じゃないか、だって写真は加工がされているのに美奈さんが女に気付かずアップするなんて不自然だって。ただ、葵さんは価値観が古いから何でそんなことをするのか、動機がさっぱりわからなかった。それを恭子さんが、バズり目的じゃないかって補完してね。そんじゃあ確かめてみますかってんで酔っ払い四人で美奈さんの家へ真相を確かめに伺ったんだ」
え、と高橋さんが顔を顰めた。
「行ったの? お酒の入った状態の四人で、美奈さんのところへ」
「行ったよ。女の人が橋本のストーカーって可能性もあるから、用心に越したことはないって」
「……美奈さんと面識があるの、聡太だけだったんだよね」
「うん。だから橋本以外の三人はアパートの外で待っていた」
それを聞いて高橋さんが今度は胸を撫で下ろした。
「てっきり、酔いに任せて四人揃って突撃したのかと」
「流石にそこまではしなかったよ。そんでまあ、答え合わせをしたところ、葵さんと恭子さんの合作推理は大正解だった。だけど美奈さんがなにやら俺達を馬鹿にしたらしくてさ。友達思いの橋本はブチギレて家を飛び出してきた。なんなら外で待っていた俺達も置き去りにして帰らんばかりの勢いだった」
「そっから先は、ただ解散しただけだよ。だからこの話はお終い。葵さんの推理はお見事でした」
橋本が強引に話を纏めた。ふうん、と高橋さんが目を細める。
「聡太、怒ったんだ」
「……友達を侮辱されるのは嫌いだから」
「そっか」
高橋さんの顔を眺める。どう見ても込み上げて来る笑いを堪えているな。橋本が美奈さんになびききらなかったのを喜んでいるのか。それとも、変な相手に引っ掛かりかけてキレた橋本にざまあみろってほくそ笑んでいるのか。俺にはわからないな。探偵じゃないもんよ。
「だから田中。お前が一番頭が悪いってことでいいな?」
「急に話を戻すな!」
いきなり狙撃されて反射的にツッコミを入れる。
「まあ、とにかくこの三つのボドゲを取り敢えず持って行こう。お酒が入っても理解してくれるくらいのルールだろうから」
「俺の頭脳は通常運転が酔っ払い並だってこと!?」
「そんなもんだろ」
「失礼な!」
まあまあ、とまだ笑いを堪えた高橋さんが俺達の間に入る。その表情、いざ向けられると結構ムカつくな。
「あとはスマホで調べればパーティーで盛り上がる質問、とか出て来るんじゃない?」
「あー、あるね。調べてみる?」
「おい、俺への失礼を詫びなさいよ」
「あ、調べるのもいいけどちょっと小腹が空いて来たかも。ファミレスでも行かない? 私、甘いものが食べたいっ」
「喫茶店でもいいな。今、四時か。軽く食べながら検索してみて、その後は……今日は飲む? それとも飯食うだけにする?」
「おい、コラ。シカトすんな」
根競べか。
「取り敢えず甘いもの!」
「はいはい、その後気分で決めるのね」
「その通り! 田中君もそれでいいよね? それともどうしても飲みたい?」
あー、はいはい。わかった。わかりました。
「好きにしてくれ。俺はどっちでもいい」
オッケー、と二人揃って親指を立てた。腹立たしいカップルだ。いいですよー最底辺の頭脳でさ。その内こっちからやり返してやるっ! その前に俺がまた何かやらかす可能性の方が大いにあるけどねっ!
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