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どうだった? プロポーズってばどうだった?(視点:恭子)
「で、どうだった。プロポーズの瞬間は。ドキドキした?」
「あ、確かに聞きたい」
私も葵に乗っかった。二人揃って咲ちゃんへ向かい身を乗り出す。ええっと、とおしぼりを手でよじよじし始めた。可愛いなぁ。しかしその隣には。
「……」
無言で腕を組み、テーブルの一点を睨む綿貫君がいる。全然可愛くない。
「その前に綿貫君、折角咲ちゃんのおめでたい話を聞くのだから、そんなに険しい顔をしないでよ」
私の指摘に、カッと目を見開いた。視線がぶつかり思わず体を引く。
「え、怖い」
「……失礼しました。ちょっと考え事をしていて」
「今度は何を考えていたんだい。無防備な恭子と二人になったら、なーんて妄想じゃあるまいな」
「違いますよ。それで、咲ちゃんの婚約についてですか。うん、ごめんね邪魔して。そうだよ、実際どうだったの?」
唐突に通常運転へ戻った。胸を撫で下ろす一方で、何を考えていたのかという疑問は当然残る。まあいいけどさ、話さないと判断したみたいだし、必要があれば教えてくれるでしょう。その辺は素直だから信用出来る。隠し事をしても顔に出るし。
……彼への理解度が深い気がして、なんかちょっと照れちゃうわね。
「どうって何だろう? えっと、ちゃんとプロポーズはして貰ったよ」
「ようやくか、なかなかされないって悩んでいたから長かったなぁ。まず何処でされたんだい? 部屋? 海? 公園? それとも告白された現場に行った?」
代わって葵が矢継ぎ早に問い掛ける。本人は意識しているかどうかわからないけど、相当前のめりになっている。ワクワクし過ぎじゃない? 一体どういう心境なのやら、複雑ね。だってあんたは咲ちゃんも田中君も大好きだもの。
「場所ですか? 大学に行く途中の交差点です」
「ほう! そりゃまた変なところだな。思い出の地だったりするのか」
「ええ、まあ」
「二人の大事な場所なのかぁ。そういうのを舞台に選ぶのは、ロマンチックで素敵だねぇ」
葵は遠い目をしていた。意外と乙女な一面を持っているからそういうのに憧れているのだろう。
「そんで、何て言ってプロポーズをされたんだ? まさか、僕の味噌汁を作って下さい、なんてほざいたわけじゃぁあるまいな!? あ、ハイボール、おかわり」
「もう飲んじゃったの!? 私ですらまだなのに!」
「今日酒が進まないでいつ進む? あとツマミは誰か適当に頼んでおいてくれ」
わかりました、と綿貫君がタッチパネルを受け取った。自分で頼みなさいよ、葵。
「で? 味噌汁じゃないよな?」
「み、味噌汁?」
咲ちゃんは目を白黒させた。
「毎朝、ご飯を作ってくれって意味だよ。むしろてめぇで作れって言いたくなるから私はこの言葉が大嫌いなわけだが」
「なら、言った? なんて訊くんじゃないの。田中君が可哀想じゃない」
「あいつならそういう空気の読めない発言をしかねない」
「コラコラ、人のプロポーズをそんなぞんざいに扱うんじゃないの」
「あぁ、そっか。ごめん。で、結局何だって? 彼から咲ちゃんにしたんだろ」
「葵、一回落ち着いて。さっきからあんたしか喋っていない。咲ちゃんに話す機会をあげなさいって」
珍しく私が葵を諌めた。おう悪い、と小さく咳払いをしている。
「んで? 教えておくれよ咲ちゃん」
「ええと、プロポーズの言葉はですね」
「うん」
「結婚してください、でした」
あぁっ、と葵は天を仰いだ。
「シンプルだ。案外核心を突いてくるじゃねぇか」
「まあ味噌汁よりは全然いいわね」
「そして何よりめでてぇなぁ。いいか恭子。四年だぞ、四年。咲ちゃんが田中君に恋をしてから結婚に至るまでの年月だ」
咲ちゃんが顔を真っ赤にする。
「あ、葵さん。あまりつまびらかにされると恥ずかしいのですが……」
「まずは苦節二年の片想い、咲ちゃんは何度枕を濡らしたか」
まるっと無視して葵が話を続ける。
「何言ってんのあんた」
「別に泣いてはおりませんでしたが……」
私達のツッコミすらもスルーして、葵は深々と頷いた。
「しかし紆余曲折を経たものの、無事に想いを伝え合い、二人は交際へと至ったわけだ」
その紆余曲折には※あんたが黒焦げになって死に掛けた事件も含まれるわけよね。(※作者注:「卒業旅行」エピソード101「そんな顔をするなよ。」参照https://estar.jp/novels/26157717?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=viewer)一体どういう情緒をしているのかしら。それこそ今のあんたは私よりもよっぽど不安定じゃない?
「そしてついに! 夫婦として結ばれたんだ! あぁ、良かったなぁ。本当にさぁ。嬉しいなぁ。二十六年の人生において、こんなに喜んだ覚えは無いっ!」
今度はテーブルに突っ伏した。既に泥酔しているの? と思いきや、勢いよく顔を上げた。その途端。
「あ、いて。いでででで。背中攣った」
「落ち着かないわね」
「いーででででで!」
背中を丸めて必死で伸ばそうとしている。だけど全然収まらないらしい。いてぇいてぇと繰り返すばかり。自然と溜息が漏れる。
「はしゃぎ過ぎなのよ」
「お、おい恭子。何とかしてくれっ」
「一回落ち着きなさい。まったく、しょうがないんだから」
葵の背中に手を当てる。取り敢えず、円を描くように揉み解してみた。うーん、しかし本当に余分な肉が付いていないわね。
「おぉ、上手いな」
「バレー部だったからね。多少のストレッチやマッサージは出来るわよ」
「バレー関係あるか? しかし今度、個室でやってくれ。いい匂いのお香とか焚きながら」
「それはピンクのお店じゃないのよ!」
次の瞬間、物が落ちる大きな音が響いた。反射的に身を竦める。
「……失礼しました。手が滑りました」
見ると綿貫君がタッチパネルを取り落としていた。彼もやっぱり様子がおかしい。皆、咲ちゃんの婚約に浮き足立っているのかしら。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
咲ちゃんに覗き込まれた綿貫君は、穏やかな笑みを浮かべた。本当にぃ?
「しかし田中も頑張ったんだな。あいつ、ほら、チキンでひねくれ者だからさ。咲ちゃんは絶対にプロポーズを受けてくれるとわかっていても、いざ伝えるとなると相当緊張したと思う」
「流石親友、よくわかってんな。あいててて」
マッサージを受けつつ葵が褒める。俺も感慨深いです、と綿貫君は目を細めた。
「中学の頃から一緒にバカをやっていた田中が、結婚なんて。俺達も大人になったんだなぁ」
「そうか、十年来の友人ともなれば感慨深くもなるものか。あだだ」
「……まだ治らないの? 背中」
「すまん。引き続きマッサージを頼む」
「おかげでちょっと落ち着いたのならいいけど」
「本音を言うならもっとはしゃぎたい」
軽く背中を叩く。ぐああああ、と葵の悲鳴が響いた。
「ば、バカっ! またひどくなったじゃ、いってててて!!」
「……そんなに痛いの?」
「助けて恭子! あと酒はまだか!」
「やりたい放題か! とても飲める状態じゃないでしょ!」
「だってぇ」
「よし、わかった。葵、ちゃんと解してあげるから鞄を抱いて背中を向けなさい。その方が背筋が伸びるから。その間、咲ちゃんは綿貫君とお喋りをしていて」
「えー、私も咲ちゃんにまだ色々と訊きたい」
「背中が落ち着いてから!」
ばしっともう一発叩く。再び悲鳴が上がった。ややあって、わかった、と葵は鞄を胸に抱いて私に背中を向けた。やれやれだわ。
「それで、結婚して下さいって言われて、咲ちゃんは当然、はいって答えたんだよね?」
タッチパネルを置いた綿貫君が会話を引き取る。恥ずかしいな、と咲ちゃんは再びおしぼりをよじよじした。
「あのね、私からもちゃんと伝えなきゃって思ったから、言ったの。私と結婚して下さいって」
「おぉ、いいね。田中の返事は?」
「……はい、結婚しましょうって」
「あー、素敵。素晴らしい。幸せしかない」
そうして綿貫君もビールを飲み干した。今日は何人泥酔者が出るのやら。
「これで無事に婚約したわけだけど、今後はどうする予定なの?」
あぁ、確かにそうね。婚約はゴールじゃなくてスタートですもの。これから結婚に向けて進んでいくのか。
「具体的な予定は決めていないよ。ただ、やるべきことは、まず田中君のご家族にご挨拶をするでしょ。結婚式はほとんどお食事会だけど挙げるつもりではいるし。あとは、その、写真も撮って貰いたいし……」
「ウエディングドレスかぁ。咲ちゃんはきっと似合うね。色白だから」
色黒な人が聞いたら怒ると思うわよ。
「あ、ありがとう」
「そういや住むところはどうするの?」
途端に咲ちゃんが満面の笑みを浮かべた。可愛いわねぇ。だけどその表情が意味するところは何かしら。
「それはね、既に決めてあるのです」
「え、だって三日前にプロポーズをしたばっかりでしょ?」
「でも三日前にプロポーズをするのは一か月半前からわかっていたから」
「ややこしいな。あぁ、あの※田中が恭子さんと葵さんにとっ掴まった日か」
(作者注:エピソード20「それは罰です。御褒美ではありません」参照https://estar.jp/novels/26177581?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=viewer)
「うん。あの後、プロポーズをしてくれるって決まってから、おうちは一緒に探していてね。ぴったりな物件を押さえましたっ」
やけに嬉しそうね。よっぽどいい家が見付かったのでしょう。遊びに行くからなぁ~、と葵の情けない声が響いた。はい、と咲ちゃんが元気に応じる。
「ぜひ、いらして下さい。楽しみにしておりますっ」
咲ちゃんの、その表情を見られない葵が少しだけ可哀想に思えた。まあはしゃぎ過ぎたせいなのだから自業自得よね。ドンマイ。
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