イマドキの出会い方と不意打ちショット。(視点:恭子)

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イマドキの出会い方と不意打ちショット。(視点:恭子)

「しかし結婚ねぇ。まあ咲ちゃんと田中君が一番乗りなのは納得だな」  くぐもった葵の声が聞こえる。そうねぇ、とマッサージを続けながら私は応じた。 「時に綿貫君よ。君は結婚とかについて何か考えているか?」  思わず背中を押す手に力が籠る。いでで、と葵は悲鳴を上げた。 「俺ですか? 結婚? 彼女がいないどころか女性が苦手なのに?」 「あーいってぇ。うん、結婚。そうそう、女性が苦手じゃんか。だから逆に結婚についてどう考えているのか聞いてみたくなった」  ……私のため? それとも純粋な疑問? 葵の本心はわからない。ただ、少なくとも私や綿貫君への意地悪ではないわよね。彼の考えを聞いたところでマイナスになるような要素は無いもの。そうですねぇ、と綿貫君が腕を組む。 「したいな、とは思いますよ。ただ、そのために好きでもない相手と付き合ったりはしないです」 「恋愛から結婚に至りたい、と。いいね、若いね」 「葵さんは二つしか違わないでしょ」 「だが君らは二十代前半、私は後半だ。こっちは結婚に向けてちらほら周りが動き出す年齢なのだよ。現に職場の同世代はマッチングアプリだ結婚相談所だ街コンだ、と活動を開始している」  確かに、と私も頷く。恋人のいない友人や同僚は、そういうものを始めているわね。 「そうなんですか。俺はまだ全然、やろうという気もありません」 「だろ? 意外とここの歳の違いはデっカい差なのさ」 「じゃあ葵さんと恭子さんも使っているのですか? マッチングアプリとか」  まさか、と葵は肩を竦めた。そして。 「あーっ、また攣った! いってぇ!!」 「落ち着くまで動かないの!」 「だってもう大丈夫だと、あだだだだ!」 「あ、酒が来ましたよ」 「このタイミングで!?」  店員さんは目を丸くしていたけど、そっとテーブルにお酒を置いた。立ち去り際、唇が弧を描くのを見逃さない。まあ居酒屋で背中を攣って苦しんでいる人がいたら、そりゃ笑うわよね。 「いてぇよチクショウ!」 「あんたがはしゃぎ過ぎたのが原因でしょ」 「あー、やってらんねぇ。そんで、私がマッチングアプリだと? 冗談こくなよ」  ふふん、と鼻で笑っている。また、葵の背を揉む手に籠った力を少し抜いた。 「いや、だって葵さんが言ったんじゃないですか。そういうのを始めているって」 「周りはな。私は人見知りの口下手だぞ。会ったことも無い相手とニャンニャンしようなんて微塵も思わん」 「別にその行為が目的でアプリを使っているわけではないですよね? むしろその先を目指しているのでは? 交際、ひいては結婚を」 「そうよ葵。偏見が過ぎる」  あと、どうでもいいけど順番が逆じゃない? 付き合ってからベッドに入るべきでしょ。 「でも道中、必ずやるこたやるだろ」 「そりゃそうだけど、ゴールを間違えるなっての。ベッドインのためのサービスじゃないんだから」  まあそこを目的にしている人も少なからずいるかも知れないけどさ。私の周りにいる人達は違うといいなぁ。体目当てなんて全然トキメかないわね。 「ともかく、私は何もやっとらん。恭子は?」 「私も全然。興味無いもの」  ……好きな人なら、目の前にいるし。 「あら、お二人ともやっていないのですね。説得力に欠ける話だなぁ、あはは」  だって君が好きだから、やる必要なんて無いのよ。 「ま、そういう点でも私達は古いのかも知れんな。古い古い。古いばっか。あー、いてて」 「ぎっくり腰になったり背中を攣ったり、体は順当に年を重ねている気もするわよ」 「私に限った話じゃねぇか」  ふっと咲ちゃんが吹き出した。失礼しました、と慌てて取り繕っている。 「おう咲ちゃん。今、笑ったの、忘れないからな」 「すみません。ですが先日の葵さんはあまりにひどく腰を痛めておられたので……可哀想だったなぁと……」 「哀れに思うなら笑うなよ」 「……」 「黙られるとそれはそれで気まずいな。やれやれ。ん、もういいかな。サンキュー恭子、落ち着いたみたいだ。なんか今、ゴリゴリっとハマる感じがした」 「むしろ不安になるわね……」  結構慎重にテーブルへ向き直った葵は、よし、とゆっくり肩を回した。 「ありがとう。大丈夫そうだ」 「どういたしまして」 「そんで咲ちゃん」 「ごめんなさい」  流れるような攻防に、今度は綿貫君と私が吹き出した。気が合うわねっ。  その時、スマホが震えた。取り出してみるとメッセージが届いていた。橋本君から全員宛に写真が二枚、送られている。一枚目は半開きの目でシュウマイを口に運ぶ田中君だ。そして二枚目は、豪快にジョッキを傾けた佳奈ちゃん。 『居酒屋なう』  そんな一言が届く。うーん、相変わらず性格が悪いわね。綿貫君と咲ちゃんも自分のスマホを取り出した。げ、と声が響く。 「田中の顔、ひっでぇな。人間かこれ?」 「佳奈ちゃん、いい飲みっぷりだね。山賊みたい」  友達に対しては二人とも案外辛口なのよね。 「そんな面白いツラでも好きでいられるのが恋なのかね」  葵の台詞に咲ちゃんが固まる。私も何と返せばいいのかわからない。……だって葵は、田中君を。 「あら葵さん、詩人ですね」  事情を知らない綿貫君だけは躊躇も遠慮も無く応じる。 「だろ? 案外ロマンチストなのさ、なんてね」 「咲ちゃん、こんなぶっさいくな顔の田中も好き?」  見事に地雷を踏んづけながら綿貫君が話を振る。咲ちゃんは無言で頷いた。 「健やかなる時も病める時も愛さなきゃならないんだぜ。シュウマイを頬張っている時なんて余裕で許容出来るだろ」 「そりゃそうか。結婚ってそういうことですもんね」 「うむ」  あー、胃が痛い。 (恭子さん)  またまたテレパシーが繋がった。今日はよく使うわね。 (うん) (いたたまれないと感じるのも、傲慢でしょうか) (そうね、田中君と結婚する咲ちゃんから葵はあんまり向けられたくない感情かもね) (そうですよね……ですが……) (気持ちはわかる。地雷を片っ端から踏んづけられている葵の心境も痛いを通り越して恐ろしい。何も知らないからしょうがないけど片っ端から爆発させる綿貫君も引きが悪すぎて怖すぎる。安心して、咲ちゃんの分まで私が葵を心配するから) (すみません、お願い致します)  テレパシーがまた切れた。そしてスマホが震える。 『聡太、人の無防備な写真を勝手に撮ってばら撒くなんて信じられない!』 『ふざけんな橋本!』  佳奈ちゃんと田中君から抗議のメッセージが飛んで来ていた。そりゃ怒るよな、と綿貫君が笑顔を浮かべる。そしてスマホをつつき始めた。すぐにメッセージが送られてくる。 『田中、思い切った顔をしているな』 『うるせぇ綿貫! 飯を食っている時に無断で撮られたら誰でも同じツラになるわい!』  それを読んだ葵が、私にスマホのカメラを向けた。意図を察し、タコの刺身を口元へ運んで止める。少しだけ眉を上げて、目を開き光が入るようにした。シャッターが切られる。葵はすぐに共有した。 『不意打ちで撮った恭子姉さんはこんなに綺麗だが?』 『いや絶対違うでしょ! バッチリ決まりすぎ!』  葵が今度は綿貫君と咲ちゃんにカメラを向ける。二人とも揃ってピースをした。撮影、共有、と。 『ほら、こっちの二人もバッチリだ』 『だからこれはただの撮影でしょうが! 不意打ちの意味、わかってます!?』 『ちなみに私の写真は送らんからな』 『撮られるのが嫌いなんでしょ。わかっていますよ』 「やれやれ」  葵は返事を書かなかった。その横顔を写真に収める。 「あ、コラ恭子。それこそ不意打ちじゃねぇか」  答えず黙って画面を見せる。遠くを見詰めているような、憂いを感じる笑み。 「共有、していい?」 「嫌なこった」 「駄目。送るわ」 「肖像権とか無いのかねぇ」  だけど葵はスマホを奪い取ろうとはしなかった。本気で嫌がっている時は、抵抗するものね。写真、送信、と。 『これは不意打ちよ』  私のメッセージに、あっという間に五件の既読がつく。葵以外の全員が見ているのね。 『まつ毛、長っ』と佳奈ちゃん。 『相変わらず綺麗ですね』と橋本君。佳奈ちゃんにぶん殴られるんじゃないかしら。 『葵さんはタコを食わないんですか?』と綿貫君。私の写真と比較したの? 『素敵です』と咲ちゃん。でも内心は複雑なのよね。田中君ってばつくづく罪深い。  そして肝心の奴の返信は。 『不意打ちでも上手く撮れるんですね』  この一文を書くにあたり、必死で地雷を避けるために田中君が脳をフル回転させたのがよくわかった。時間、かかり過ぎだもの。 『お前の写真のひどさが際立つな!』 『うるせぇってんだよ!』  うん、事情を知らないって強いわね! 綿貫君! 『ところで、さっき送られた水着のイラストって恭子さんがモデルなんだよね。何で綿貫がこんな画像を作ったわけ? 下心?』  橋本君がまさかの話題に食い付いた。スルーしてよ! あと綿貫君から下心を向けられてるの? とか私の好意を完全にいじりに来ているわね! あのクソガキ、今度会ったら覚えてらっしゃい。 「葵さん、返事を書いて下さい」  綿貫君に頼まれた葵は、あん? と首を傾げた。 「君が書けばいだろ、生成主よ」 「嫌ですよ! 俺が凄いスケベみたいな扱いになっているんですから、弁明したら言い訳みたいになって余計にいじられるでしょ!」 「君が恭子のドスケベなイラストを生成したのは事実だ」 「俺は葵さんの指示通りに作っただけです!」  そこで私は、ちょっと、と葵の肩に手を置いた。 「私と咲ちゃんがやり取りをしている間、あんたは一体どんな風に私を生成しようとしたの……?」  その問いに、大したこっちゃない、と首を小さく振った。 「スタイル抜群、ウェーブ髪、大人の女性、水着って入れた」 「嘘! それだけであんな肉感的なイラストになるわけない!」 「知らねぇよ。AIが判断したんだろ、この絵のモデルの人はドスケベボディに違いないって」 「学習と予測が優秀過ぎない!? 絶対に違うでしょ! それに私、流石にここまで肉感的じゃないし!」 「大体一緒だろ」 「もうちょっと細いわよ!」 「でも橋本君は恭子がモデルだってすぐに気付いたぞ。お前の特徴を捉えているのさ」  う、確かに私だって伝わっている。 「話は落ち着きましたか? じゃあ葵さん、事情を説明して下さい」 「嫌だよ面倒臭ぇ」 「大した手間じゃないでしょ。って言うか何の説明もつけるなってわざわざ変な指示をしたのは貴女でしょうが。おかげで俺が疑いの目を向けられる羽目に」 「そうなると見越した上での指示だ」 「性格、ひん曲がってますね!」  意にも介さず葵はジョッキへ手を伸ばした。しかし私はそれを許さない。細腕をガッシリと掴む。 「何するだ」 「綿貫君にかけられた誤解を晴らせ」 「えー、別にいい、じゃ、ねぇ……」 「は、や、く」  私の殺気を感じたのか、黙って手を引っ込めた。そしてスマホをつつき始める。橋本君にも葵にも、私の恋路はいじらせないわ。 「恭子さん、ありがとうございます」  綿貫君は丁寧に頭を下げてくれた。気にしないで、と手を振る。 「AI」  ぽつりと呟くのが聞こえた。見ると咲ちゃんが目を見開いていた。 「そうでした。AIさんで私は葵さんや恭子さんメイド姿を作る気でした」  ツッコミを入れる暇もなく、勢いよく綿貫君の方へ首を巡らせている。 「教えて。AIさんの使い方。もっとちゃんとしたイラストを自分で作れるようになりたい」  あー、ムッツリスケベに火が点いちゃった。こうなると咲ちゃんは止まらないのよね。初めて開いた私の撮影会の時もそうだった。こっちが立てなくなるくらい、世界中を瞬間移動で連れ回されたっけ。 「水着の恭子さんを作ったAIさんは、昼間に私が使ってみたものなの?」 「いや、別のサービスだけど」 「英語のサイト?」 「それとも別。日本語のアプリだよ」 「じゃあ私でも使えそうだね。早速色々教えて欲しいな」  しかし意外にも綿貫君は真顔になった。どうしたどうした。 「わかった。ただし、忘れないで欲しい。この生成アプリは一つのリスクを抱えている。そのことを肝に銘じて、俺の説明を聞いてくれ」  ……リスク?
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