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学習の方向。(視点:咲)
綿貫君が送ってくれたURLの三番目を開く。するとアプリのダウンロード画面が表示された。
「それをスマホに落として使うんだ。ただ、手軽な反面、かなり舵取りを慎重にする必要がある」
真剣な表情でそう告げられ、背筋が伸びた。
「AIさんを育てるのだから、こっちもちゃんとしなきゃね」
「うん、そうそう」
大袈裟な、と葵さんが頬杖をつく。そんなことないわ、と恭子さんは葵さんに視線を送った。
「AIは学習して成長するのだから、こっちは教育に責任を持たなきゃ」
「アプリ一つで真面目過ぎないか?」
「葵は真っ先に機械から反乱を起こされるタイプねっ。見くびった呑気者からやられるのよっ」
「嫌なことを言いやがる」
そんなお話の傍らで、インストールが完了した。いくよ、とドキドキしながら起動する。まずは説明文が現れた。
「アニメ系のイラストが作れるんだね」
うん、と綿貫君が頷く。
「じゃあさ、試しに同じ設定でイラストを生成してみようか。未学習の咲ちゃんのAIと、ある程度進歩した俺のAIを比較したらわかりやすいから」
「わかった」
「キーワードを見せるから、これを設定に打ち込んで貰っていい?」
差し出された画面を覗き込む。そしていそいそと自分のAIさんに入力をした。
「できたよ」
「次はモデルとポーズ、髪色なんかを決めていこう。同じ物を選んでね」
「オッケー」
間違えないよう慎重に選択をする。
「イラストを作る緊張感じゃねぇな」
「咲ちゃんは真面目だから」
先輩方のコメントにお返事をする余裕も無い。
「……これで一緒だよね」
スマホを一旦綿貫君に渡す。さっと確認して、大丈夫と返してくれた。
「最後に、生成する、を押せば完了だよ。何十秒かかかるけど、待っていれば出来上がる」
「結構お手軽だね。あ、でもだからこそ、慎重さが必要なのか」
「うん。俺は少し気楽に作りすぎてしまった……」
一体、どんなイラストが出来上がるのか。緊張しますね……。
「じゃあ、生成スタート!」
「は、はいっ」
画面をタップする。お待ちください、とメッセージが表示された。
「AIさん、どんな絵を描いてくれるのでしょう」
呟き、ちらりと恭子さんを見る。丁度たこを口に運ぶところだった。桃色の舌が見えて、更に鼓動が高鳴る。
「え、何?」
「あ、い、いえ別にっ」
ばっちり目が合ってしまった。ガン見し過ぎてしまいましたね。
「……完成だ」
小声ながらも重々しく綿貫君が呟いた。いそいそとスマホを覗き込む。さあ、私のAIさんが作った記念すべき第一号のイラストは!
(田嶋咲:作「海辺の恭子さん」
生成アプリ「AIイラスト」様)
とっても綺麗な恭子さん!
「やった! ちゃんとできたよ綿貫君!」
キーワードは、青ジーンズ、黒タンクトップ、細身、巨乳、美人、綺麗。あとは髪型やポーズ、背景を指定して出来上がり、と。
「まだ純粋無垢だね。俺のAIはさ」
イラストを見せて貰う。わぁお、と反射的に声が漏れた。
「……どういうわけか、スケベに成長しちゃったんだ」
綿貫君の言葉に葵さんがお酒を吹き出した。慌ててテーブルを拭いている。
「えー、何それ。ちょっと見せてよ」
恭子さんがテーブル越しに手を伸ばした。
「あ、待って! やめて!」
「いいじゃないの」
綿貫君のスマホを奪おうとしているけれど、あ、まずいですね。襟元がまた開きそうです。まったく、恭子さんってばいつでも隙がありますね。だから言ったのです、おうちなどでもちゃんとしていないと、公共の場でも同じようにおっぴろげてしまうと。……おっぴろげてはいないか。それに結局お伝えもしていないや。まあいい。取り敢えずサイコキネシスで押さえてあげましょう。綿貫君は残念でした、なんて。うふふ。今日はとっても楽しいなぁ。
「見ーせーてー、スケベなAI」
「いや、あの、ちょっと。って力強いな! 葵さんともども先輩方は怪力揃いか!」
「乙女に向かって失礼ね。よし、取った!」
「あぁっ」
「どりゃどりゃ」
「やめて! 見ないで!」
「咲ちゃんには見せたんだろ? 私らにもご開帳しろ」
奪い取ったスマホをお二人が覗き込む。そうして葵さんがもう一度、盛大に吹き出した。えっ、と恭子さんが目を見開く。
(綿貫健二:作「素敵な恭子さん」
画像提供:裏路地のねこ 様 https://estar.jp/users/1423694955
いつも提供、ありがとうございます!)
「……ひょっとして、これ、私?」
「うーわ、すっけべー。肉感的ー」
綿貫君は、違うんですよ、と必死で手を振った。
「俺のAIがどういうわけか肉付き良く、ドスケベな絵を生成する方向へ進化を遂げてしまいまして。ほら、咲ちゃんのイラストも見て下さい。まったく同じキーワードを入れて、設定も同じにしたにも関わらず! 俺の恭子さんはドスケベなイラストに……」
すぐさまテレパシーを葵さんに繋ぐ。
(今、俺の恭子さん、って言いましたね)
(言ったな。無自覚に)
(恭子さん、固まってますよ)
(自分のドスケベなイラストを投下された挙げ句、好きな相手から俺の恭子、なんて言われたんだ。こいつの情緒がもつわけない)
(成る程)
その間も綿貫君の言い訳は続いていた。
「だから、決して俺が恭子さんをそういう目で見ているというわけではなく、いえ勿論恭子さんは顔も良くてスタイル抜群ですが、俺はそんな、やらしい気持ちは無くてですね」
「喋れば喋る程、怪しまれるぜぇ」
葵さんが真っ赤な舌を覗かせた。恭子さんはいよいよ動かない。ただ、顔だけは赤く染まっていた。
「ちょっと! 煽らないで下さいよ!」
綿貫君の抗議に、ふむ、と葵さんが腕を組む。
「よし、わかった。じゃあ試しにもう一枚、咲ちゃんと綿貫君のAIそれぞれに恭子のイラストを生成して貰おう。キーワードは私が指定して二人に送るから、それに従って生成したまえ。細かい設定は各々に任せる」
わかりました、と私は頷く。
「まだ慣れていませんが頑張りますっ」
「俺のAIはどうせスケベになりますよ……」
悲痛な呟きをまるっと無視して葵さんはスマホに集中をした。はっと気が付いた恭子さんが、ちょっと、と葵さんをつつく。
「あんまり変なシチュエーションやポーズにはしないでよ?」
「安心しろ。実物のお前が一番刺激的かつ魅力的だから」
「そんなことは……」
「あるよな綿貫君」
「恭子さんは素敵です」
そのお返事にまた照れてしまった。それにしても何故この二人はお付き合いをしていないのでしょう?
そんなやり取りを交わしていたけれど、程なくしてメッセージが届いた。異論は聞かん、と葵さんが唇を三日月形にする。
「さあ、スケベなAI戦士達よ。各々、生成してくれたまえ」
「だから好きでスケベなイラストを作っているわけでは……」
そう言いながらキーワードを確認した綿貫君が、えぇ~、と不満げな声を漏らした。これはまた刺激的になりそうなお題ですね。うふふ。
綿貫君は、どうなっても知りませんからね、と顔を赤くした。恭子さんと揃ってゆでだこさんです。よし、頑張りますよっ。
一分後。
「できました」
顔を上げる。俺もです、と消え入りそうな呟きが隣から聞こえた。彼のAIさんはどんなイラストを生成したのかな。答えはすぐにわかりますねっ!
「んじゃまあ同時に送ってくれたまえ。準備はいい?」
そう言われて、七人共有のところへ画像をアップロードする。
「もう送りました」
「同じく」
葵さんがスマホを確認した。私の方が少し早く送ったみたい。
(田嶋咲:作「赤ビキニのお姉様」
生成アプリ「AIイラスト」様)
(綿貫健二:作
山科葵:命名「Ku・i・ko・mi」
画像提供:裏路地のねこ 様 https://estar.jp/users/1423694955)
ほほう、と葵さんが顎を摘まむ。評論家みたいで格好いいです。
「綿貫君のイラスト、再現度、高いじゃん」
葵さんが感心して画面を指差した。え、と綿貫君は目を見開く。
「スケベが過ぎませんかね」
「実物もこんなもんだろ」
「流石にここまで食い込まないわよ!?」
「布面積は若干足りんがお前はこのくらいスケベだ」
「肝心な部分が不足してどうすんのよ!」
「いやぁ、でもちゃんと恭子っぽさのツボを押さえている。今度、こんな感じの水着を着てくれよ。なんなら金は出してもいい」
「私が良くないっての!!」
恭子さんの抗議をふらふら受け流した葵さんは、咲ちゃんの方はねえ、と画面をスライドさせた。
「恭子にしてはちょーっと幼いかな。可愛いしエロいが、大人の色気が不足しておる」
「成る程、色気ですか。確かに綿貫君のイラストに比べると大人っぽさ、セクシーさは足りませんね」
「そういうこった。綿貫君の方が恭子の特徴を押さえていたとも言える。まあ彼本人なのか、AIの学習深度の差なのか、その辺はわからんが」
参りました、と私は綿貫君に頭を下げた。
「これから精進致します」
「スケベなAIにしたいの……?」
それも勿論ありますが。
「相手の特徴、素敵なところをきちんと捉えられるようになるよ」
しょぼくれていた綿貫君だけど、そっか、と表情を和らげた。
「しかし本当にエロいな」
「あんまりマジマジ見ないでくれる? 私じゃなくても恥ずかしい」
先輩方はまだ恭子さんのイラストについて意見を交わしていた。しかしまたもや突然、結局さ、と葵さんはスマホを置いた。気まぐれな猫さんみたいですね。
「どうして綿貫君のAIはここまでスケベな進化を遂げたんだ? 咲ちゃんのイラストと見比べたら確かに綿貫君のAIは妙な方向へ突き進んでいるとよくわかるが、さてさて。一体どれだけ卑猥なワードを調教したのか。たっぷり聞かせて貰おうか」
あぁ、今度はそっちからいじるつもりですか。流石葵さん、おっかないです。違うって、と綿貫君は必死で首を振った。
「そもそもこのアプリ、十八禁の単語は受け付けませんっ」
「バカだねぇ、即答するなんて自白しているのと一緒だぜ。だからそんな学習はさせられない、ではなく、エッチなイラストを作るために抜け道として普通の単語で体型やシチュエーション、ポーズや状況を指定しまくったんだろう。引っ掛からない言葉選びはさぞ困難を極めたに違いない。故に学習機会も大いに増えた。結果、君の思惑通り、アプリのルール内でドスケベAIとイラストを生成出来るようになった。違うかい?」
おぉ~、と私は拍手を送る。
「流石葵さん、名探偵ですね」
ふふん、と腕を組んで顎を上げた。違うんだよぉ、と綿貫君はテーブルに手を付く。
「確かにイラストはたくさん作りました。色々な物を作ってみたかったから。それこそ葵さんの言う通り、ポーズや服装、表情なんかは何通りも試しました。結果、妙な噛み合い方をしたのかドスケベAIに……」
まるで犯人の自白ですね。事故だった、殺すつもりじゃなかった。そう言い訳をしているみたい。
「ただ、やましい目的ではありませんでしたっ。それだけは信じて下さいっ!」
殺意は無かったっ。信じて下さいっ! ……なんて。そして名探偵の出す結論は、如何に!
「無理。信じられん」
慈悲の欠片もありませんね。
「そんなぁ」
「そもそも君、リアルの女性が苦手なんだろ。だったらイラストの中にスケベを見出だそうとしてもおかしくない。特に自分の気に入るマニアックな物を生成しようと必死こいたとみたっ」
「何スかマニアックって」
「知らん。綿貫君ってどんな人が好みなんだ?」
「こんな女子ばっかりのところでカミングアウトするわけないでしょっ!」
「いいじゃんか。私達の仲だろ。教えろよ。え、まさか私がタイプとか?」
葵さんってば、大胆ないじり方をしますね……あ、恭子さんがフリーズから復活しました。
「違いますよ! いや葵さんもお綺麗だとは思いますが、タイプとかそういうのではなくて」
「じゃあこの三人の中で付き合うとしたら誰を選ぶ?」
「あー、駄目。やめて下さいマジで。俺、そういう質問、本気で駄目なんです。選ばれた人、選ばなかった人、どっちにも申し訳なくなるから」
うん? と葵さんが小首を傾げた。また背中を攣らないように気を付けて下さい。
「選ばなかった人に対してはまだわかる。だが選ばれた人に何故申し訳なくなる」
「だって嫌でしょ。俺に選ばれたって」
葵さんは目を細めた。恭子さんは唇を真一文字に結ぶ。そして私は。
「えい」
綿貫君に遠慮なくチョップを振り下ろした。あいたっ、と間の抜けた声が響く。
「咲ちゃんっ、何で叩くのさっ」
「イラっと来たから」
本心を隠さず伝える。
「何で!?」
「もっと自信を持ちなさい。綿貫君はそれこそ素敵な人です。とっても優しいし、気を遣うし、相手の気持ちをいつもちゃんと考えてくれている。君は自分なんかってよく言いますが、そんなに低く見積もってはいけません」
静かに、でもはっきりと言葉にした。ところが綿貫君は、いやいや、と手を振った。
「ありがたいけどさ。俺から好きになられたりしたら迷惑だよ」
「えい」
もう一発放ったチョップは、とうっ、と白羽取りをされた。むむ。
「じゃあ君は迷惑上等で佳奈ちゃんに告白をしたの?」
「う、それは……」
「本当は好きな人に振り向いて欲しいのでしょう? 自分なんかって思いながら、そんな自分でも受け入れて貰えたら嬉しいなって気持ちはあるのでは?」
手を掴まれたまま、じっと見詰める。私の大事なお友達は、えっと、と呟き口籠った。
「あのね、綿貫君。私も同じだったよ。私はね、皆のような明るい青春に縁は無かった。何故なら友達がいなかったから。田中君が声を掛けてくれたけど、最初は突っぱねていた。私に関わらない方が良い。そして私に時間を割かせるのも申し訳ない。そう思っていたから。だけど彼は誘い続けてくれた。おかげで私はこうして皆とお友達になれた。勿論、彼が尋常でなくしぶとかったと言うか、しつこかったおかげでもあるよ。ただ、私は今、感謝している。私に他人と関わってもいいと教えてくれたから。迷惑かな、嫌なんじゃないかな、って相手の気持ちを先回りして尊重する綿貫君は、やっぱり優しいね。ただ、相手がそう感じたらその時君を突っぱねるよ。だからその前に、君が一人で勝手に躊躇するのはやめた方がいいんじゃないかな。好きな人には好きって言いな。好みのタイプを聞かれるのが、本気で嫌なら掘り下げないけど。私達三人の中で、付き合うとしたらどなたかな?」
「……凄くいい話をしてくれたのに、最後はそこに戻るの?」
首を傾げつつ私の手を離した。これが第一歩なのです、と親指を立てる。
「さあ、選びなさい。私? 葵さん? それとも恭子さん?」
しばし逡巡した末に、綿貫君が口を開いた。唇は震えている。回答や如何に。
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