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人の心の無い大馬鹿。(視点:田中)
~一方その頃、ボドゲチーム~
三人揃ってスマホを眺める。
「結局、疑問なんだけどさ」
うん、と橋本と高橋さんが揃って頷いた。
「恭子さんがモデルに指定されたのって、実は綿貫のためだからって解釈で合っている?」
おお、と今度は二人同時に目を丸くする。
「田中も鋭くなったじゃん」
「まさかそこにちゃんと気が付くなんてね」
「咲ちゃんの気持ちには二年も気付かなかったくせに」
「鈍感も変わるものだねぇ」
嫌な息の合い方だな。わざとらしく溜め息を吐く。
「まあ十中八九そうでしょ。実際、水着は綿貫の方が恭子さんの特徴を捉えていたし、よく見ているじゃんって話に持っていきたかったんじゃないかな」
「誘導したのはきっと葵さんだよね。恭子さんは自分で自分を作らせるようなあからさまな真似は出来なさそうだもん」
「しかしエロいイラストだなぁ。相変わらずだね、綿貫のAIは」
「それでも実際の恭子さんもこのくらいスタイルがいいんだから凄いよね」
「まったくだ」
「聡太のことだから、旅行中に水着を見られるって期待しているんでしょ」
「見抜く佳奈もなかなかやるね。さっすが~」
「いい加減、わかるって」
「受け入れる辺りがお見事です」
「受け入れてはいないよ? ただ、どーせ聡太のそういうところは変わらないんだから、カリカリするよりしょうがないなって受け入れようと思って」
「いい諦めだね」
「諦めにいいも悪いもないから」
「俺にとっては、いい」
「ホンットに勝手だね!」
微笑ましくもあり、同時に若干の居心地の悪さも感じる。この二人、半年間別れていた割に、ヨリを戻してから前より遥かに息が合っているんだよな。夫婦漫才と言えば聞こえはいいが、眼前で繰り広げられるこっちは気配を消すしかない。帰っていいかな、なんて考えまで浮かぶ。二人の時間を楽しんでくれ。
「ところで田中のAIはどう進化した?」
急に話を振られて、ん? と間抜けな声を上げる。
「綿貫と咲ちゃんが画像を作っていた、あれ。どう? お前のアプリは進化した?」
ぐっ、痛いところを突いてきた。いやいや、こういう時こそ平常心を装わないとね。
「まあ、普通かな」
「うわっ、怪しっ」
何ぃっ!? どの辺が怪しいんだよっ!? 普通って言っただけだぞ!!
「……何で?」
「あ、これ駄目だ。聡太、田中君は絶対にやましいイラストを生成しているよ」
「だろうね」
「いやいや、どうしてそうなる!? 俺は今、普通のイラストしか生成していないと答えたぞ!? いくらなんでも偏見が過ぎるっ!」
しかし二人とも手を振った。どこまでお前らの反応は一致するんだ。
「まず、普通って返事は一番怪しい」
「可愛い、とか、ちょっとエッチ、とか、そういう具体性が一つもない」
「むしろ一番イメージが湧かない。そんな言葉を選んでいるのは」
「やましい思いがあるから」
交互に言葉を紡ぎ、ね、と顔を見合わせる。デュエットかよ。歌詞も無いのにようやるわ。
「そしてその後の、何で? って言う前のちょっとした間」
「ドキッとして思考が一瞬回らなくなったのが手に取るようにわかる」
「むしろ、どうしてバレたのか考えているとも取れる」
「いずれにせよ」
「自白だね」
最早、橋本と高橋さんのどっちがどのタイミングで喋っているのかわからない。流暢すぎて、こっちはひたすら溺れるばかり。
「そして最後の必死な抵抗」
「バカだねぇ。図星です! って宣言するのと一緒だよ」
「というわけで、田中君」
「スマホを出せ」
「中身を見せて」
「生成したブツを」
「どんなやましいイラストを作ったのか」
「咲ちゃんをはじめとして、まさか恭子さんや佳奈のイラストまで……?」
いかん、話が飛躍し始めた! 悪ノリが始まっているぞ、このクソカップル! こいつら、マジでゴシップ大好き人間の成長曲線を辿ってやがるぜ!
「待て待て、わかった。認める。やましい物を作ったのは本当だ。ただ、ほら、親しき仲にも礼儀あり。見せたくないイラストもあるんだよ」
「十八禁は作れないから一線は超えないだろ」
超えてるんだなぁ、十八禁かどうかではなく、人間の良心を俺は無視している。絶対に軽蔑される。何としても御開帳は拒絶しなければ。
「それでも見せたくない」
「そもそも私や恭子さんのイラストを作ったの?」
「作ってないよ」
「じゃあ見せて。咲のイラストにコスプレをさせるくらい、むしろ彼氏として可愛いじゃん」
「やだ。見せない」
「それこそ何で」
「え、お前よっぽどマニアックな格好をした咲ちゃんのイラストを作ったのか? 彼氏、ひいては旦那の妄想としても受け入れられないほどのものを?」
……マズイ。虚実織り混ぜて逃げ切ろうとしたのだが、むしろ自ら退路を断ってしまった気がする。あーあ、俺はいつもこうだな。後ろ指を指されながら生きていくしかないのかも。
「そんなに、マニアックでは」
「大丈夫大丈夫。引かないし、物凄くエグい趣味を見せられたとしてもこの三人だけの秘密にしてあげるから」
高橋さんのその言葉に、本当だね!? と瞬時に飛び付く。向こうの四人には絶対に知られたくないのだ。そこの確約だけは取っておかなければ!
俺の勢いに、うん、と若干引き気味に高橋さんは頷いた。だが引かれようが構わない。
「三人だけの秘密にしてよ!?」
「……一体、どれだけ際どい格好をさせたのさ」
取り敢えず一枚を二人に宛てて送る。
(田中:作「好みの詰め合わせ」)
「……眼鏡にポニーテール、それにメイドか。やりたい放題じゃん」
「田中君って、ロングヘアの方が好きなんだ。咲はもっと短いから、難しいね」
「別に特別ポニテにこだわりがあるわけではないんだけど、咲っぽい人に一回やって貰いたいなぁって」
「本人に頼めばいいのに。たまには伸ばしてみない? って。咲、喜ぶと思うよ。田中君の好みがわかった! ってさ」
「まあ、うん。そうだね。今度頼んでみる」
「で、これで終わりじゃないんだろ。見せろよ、田中の性癖」
「嫌な言い方をするなよ」
だが、見せられるものを開示しておけばもしかしたら逃げ切れるかもしれない。次の一枚を投下する。
(田中作:「実現に二年くらいかかりそうな髪型」)
「言いなさいよ、髪を伸ばしてって。完全に君、ロングの方が好みじゃん」
「いや、でもここまで伸ばすのは大変でしょ。だからせめてイラストの中で楽しみたいと思って」
「あと、咲にメイド服を着せたい欲が半端なく出ているね」
「消える側で着てくれないんだもん……」
「佳奈。田中はきっと、結婚してから咲ちゃんとメイドプレイに励むと思う」
「うーわ、生々しい。でも有り得るね。AIに散々生成させているもん」
無言でもう一枚送った。(田中作:「この人だけは指定しなくてもドスケベになる」)
「恭子さんか」
「恭子さんだね」
「恭子さんを意識すると、AIが汲み取ってくれるのか一人だけムチムチになった」
「ケツ、やばいな」
「綿貫君のAIに張るくらい盛っているね」
「愛嬌はまさに恭子さんって感じ」
「しっかしお尻、おっきいなぁ~」
二人を前に、内心ほっと息をつく。よし、ここまで開示すれば本当に見られてはいけない物に手を伸ばしては来ないだろう。咲のポニーテールやロングヘアーのメイド姿という俺の性癖にあたる部分もさらけ出したし、恭子さんのスケベなイラストも見せた。これ以上、深堀はされまい。
「……終わり?」
高橋さんの言葉に、心臓が少しずつ早鐘を打つ。うん、と平静を装って頷いた。
「結構マニアックな好みがバレて、恥ずかしい」
「……」
無言でこっちを見詰めてくる。背中を冷や汗が伝った。怖い。高橋さんの鋭さが。その推理力、勘の良さ。それらを総動員して、俺を探っているのだ。今、何を考えている? どんな思考を回転させている?
五秒にも満たなかったであろう時間は、しかしあまりにも長すぎた。その沈黙を、もしかして、と恐怖の名探偵が破る。
「田中君、君ってば……」
「これ以上は生成していない」
「嘘」
一刀両断された。あぁ、駄目だ。やっぱりバレている……。
「だって確かに好みや性癖が漏れ出ているけど、さっきの食い付き方をする程のイラストじゃないもの」
「食い付き方?」
橋本が首を捻った。
「私達、三人だけの秘密だよって念押しをした、あの時」
「あぁ、確かに」
くっそぉ~、やっぱ何をやっても俺は裏目に出るのじゃぁ~。高橋さんが、すっと俺に手を差し伸べた。
「貸して。スマホ」
「やだ」
「駄目」
「ノー」
「You have no right to say no.」
「あ? な、なんじゃって?」
「爺さんか。あなたに断る権利はありませんって言ったの」
「すげぇな。英語なんて何年も喋ってないっての。よっ高橋さんっ! 流石才女!」
「褒めるくらいならスマホを」
「やだ」
「じゃあ今から推測を口にするけど、それでもいい?」
しばし考える。実際に生成したイラストを見られるのと、ただ言い当てられるだけならば。当然、後者の方がまだいい。
「わかった。高橋さんの推理を聞く。だからイラストだけは堪忍してつかぁさいっ!」
テーブルに両手をついて頭を下げる。わかったよ、と高橋さんは溜息を吐いた。
「どういうこと?」
橋本はまだ首を捻っている。お前の反応が普通なんだ。高橋さんが有能過ぎる。どこぞの高校生探偵達も裸足で逃げ出すぜ。
「田中君はね、葵さんのイラストを生成したんだよ。多分、それこそ好きな格好をいっぱいさせたんだと思う。違う?」
両手を上げる。
「うわっ、お前最低だな!」
「橋本。お前にだけは言われたくない」
「いやでも俺、二番目に好きです、なんて告白しないし。そんなひどい仕打ちをした相手のスケベなイラストなんて生成するわけもない。お前、人の心が無いのか? 咲ちゃん、可哀想だなぁ」
ちょっと待て、と慌ててスマホを取り出す。そして生成したイラストの詳細を表示した。
「ほら、これを見ろ。イラストを生成したのは十月二十一日。俺がやらかしたのは十月二十八日。告白する前に作ったんだからまだ人の心はあるだろ」
「……どっちにしろ、気になっていた時期なんだろ。たった一週間前なんだから。何の言い訳にもならねぇよ」
珍しく橋本の口が悪くなった。こいつは自分の友達に大して不義理な態度を取られるのが嫌いだから、今は咲に同情し、俺にイラついているのだろう。
「ま、まあそうだけど、最悪の行動ではない。それにこの一枚を最後に葵さんのイラストを生成はしていないから、勘弁してくれっ!」
手を合わせるとスマホの画面を触ってしまった。あ、と高橋さんが目を丸くする。
「え?」
「取りっ」
さっと橋本が俺のスマホを奪った。あっ、やめろ! 見ないでくれ! なんて叫ぶ暇もなく。
(田中作:「欲張りセット」)
「……」
「……」
「むしろ罵倒なりなんなりしてくれ。黙ってドン引きされるのが一番堪える」
「いや、これは……」
「流石に駄目でしょ……」
「お前、婚約する気の相手がいるのに、二番目に好きになった人を思いっきりそういう目で見ていたのか……」
「ひどいとか、最低とか、そういうんじゃなくて。本当に、今、引いてる」
「もういい。開き直った。あと何枚かあるから勝手に見るがいい。同じ日に何枚も作ったからな」
引いている割に、二人はすぐに他の画像を確認し始めた。
(田中作:「可愛いナース」)
「今度はナースだ」
「どんだけ葵さんにコスプレをさせたかったんだよ」
「咲はメイドとロングヘアーだけだったのに。あとポニテもか」
「どっちにしろ、マニアックな方面は葵さんばっかりだな」
「擁護出来ないしする気も出ないね」
「よし、次いってみよー」
(田中:作「大人のお姉さん」)
「最早コスプレじゃないじゃん!」
「逆にさ、本人に頼んでみれば? お洒落な格好をしてポーズをとって、俺に笑いかけて下さいってさ」
「そんな頼みがまかり通るわけないから、こうしてAIに頼んだんだろうが」
「わー、開き直っている人って怖いねー」
「ねー」
「けっ」(田中:作「照れ眼鏡の先輩」)
「また眼鏡だよ。田中君って眼鏡フェチ?」
「知らなかったのかよ。ずっとそうだぜー! あはははは!!」
「お前、だから咲ちゃんが好きになったんじゃ……」
「それは無い。咲はコンタクトも着ける」
「どこをフォローしているのさ……」
「私、目が悪くなっても田中君の前では眼鏡をかけないようにしよう」
「人を無差別性欲モンスターみたいに扱わないでくれ」
「いやこのイラスト達を作った奴は性欲モンスターだよ」
「この、赤らめた表情も完全にそういう顔を見たいからだもんね」
「マニアックな上に痒い所へ手を届かせたがっているような欲求だよな」
(田中:作「いっぱい飯が食えた場合の葵さん」)
「かと思いきや、ドストレートなスケベで来たよ」
「葵さん、絶対こんなにお肉は付いていない……」
「見たいんだ。スケベな体の葵さんも」
「最早それ、葵さんじゃなくない?」
「可能性の一つってやつ? うわー、ドン引きー。あ、これで終わりか」
そうしてスマホを置いた二人は、腕組みをして顎を引いた俺に視線を送った。
「これは」
「あっちの四人に」
「「絶対に秘密だね」」
俺は黙ってテーブルに両手をつき、深々と頭を下げた。
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