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バカはバカを呼ぶ。(視点:田中)
ジャスミン杯のお代わりに口を付けた高橋さんが、大体さぁ、と俺を指差した。
「何で咲じゃなくて葵さんなわけ? いや理由があればイラストを生成しても構わないってわけじゃないけど」
「性的好みとして合致したからじゃない?」
橋本が物凄く嫌な表現をした。高橋さんの大きな目が吊り上がる。
「要は寝るなら葵さんの方がいいってわけ!?」
「ちょっと! 俺、今、何も言ってない!」
「でも俺の予想は合っていると思う」
「橋本は黙ってろ!」
バカ野郎は素知らぬ顔でハイボールを飲んだ。
「別に、好みとかそういうんじゃなくて、何となく作ってみたくなっただけで」
「彼女がいるのに二番目に好きな人のイラストばっかり生成するんだ。ふーん。ふぅーん」
高橋さんがあからさまに俺を追い詰める。ちなみに、と恐る恐る切り出してみた。
「やっぱり、彼女からしたら嫌? 自分以外の人のイラストばかりを作られるのは」
「あったりまえでしょうが!!!!」
特大の雷が落ちた。他の席に迷惑とならないよう、声を絞っているというのにこの迫力とは。流石有能女子、高橋。恐るべし。首を竦めた俺は、すんません、と消え入りそうな呟きを返した。
「バッカじゃないの!? 信じらんない! 君は人の心が無いからそういう質問が飛び出るし、咲がいるのに葵さんへ告白してその場で断るなんて真似が出来るんだよ!」
「……すいません」
「本当に反省していないってよくわかった。してたらそんな質問、絶対にしない!」
「一応、参考までに伺ったと申しますか……」
「言い訳しない!」
取り付く島もない。
「いやでも、ほら。さっきも見せたけどイラストの生成は告白する一週間前だよ? 別に懸想しながら作ったわけでは」
「一週間前なら完全に惚れてる状態でしょ!? やらしい目的しかないって自白しているも同然!!」
うむむ、確かに。葵さんが俺を慰めてくれたのが十月二十日。イラストを作ったのはその翌日。あー、駄目だ。
「高橋さん」
「何」
「正論だよ」
「だからそう言っているでしょうが!!」
しばし頭を抱えていた高橋さんだけど、ゆらりと顔を上げた。髪の隙間から覗く目が怖い。
「作りなさいよ」
「……え?」
席を立ち、ふらりふらりと俺の傍らへ立ち尽くす。
「咲のイラスト。作りなさいよぉ!」
「な、何をまた急に」
しかし全部言い切る前に両肩を掴んで揺さ振られた。
「ぐえぇ、酔いが回る」
「あんた婚約者なんでしょ!? 咲のエッチでマニアックなイラスト、もっと作れ! そんで葵さんのイラストを埋め尽くしてしまえ! 実績で上回るんだぁぁぁぁ!! 罪を亡ぼせぇぇぇぇ!!」
あ、ヤバい。マジで頭がぐわんぐわんして来た。それにしても高橋さん、力が強いな。恭子さんといい、運動部経験者は大人になっても馬鹿力なんだな。
「ちょ、ちょっと。一回落ち着いて」
「早くしろぉぉぉぉ!!」
その時、スマホが震えるのを感じた。何とか取り出し耳元に当てる。舌打ちをした高橋さんは手を離してくれた。そのくらいの理性はまだ残っていたらしい。誰だか知らんが助かった。サンキュー。画面も見ずに、もしもし、と応じる。
「俺だ」
誰だ。
「そっちはどうだ」
こっちの事情などお構いなしに話を進められる。急いで相手を確認してみたところ。なんだ、綿貫か。
「お疲れ。ちょっと揉めたけど仲良く飲んでいるよ」
途端に脳天へ衝撃が走った。頭を押さえて振り返る。手刀を振り抜いたと思しき高橋さんが無表情で立ち尽くしていた。怖い。
「そうか。揉めたのか」
「うっせ。ボドゲ選びで喧嘩したわけではない。俺がちょっと叱られただけだ」
正直に吐く。しかしそれには答えず、あのさ、と綿貫は続けた。やけに声が暗いな。
「今からそっちに行ってもいいか」
「ん? しおりチームは解散したのか?」
「あぁ」
「まだ夜の八時だぞ」
しばしの沈黙。電話で黙られるとどうしようもないな。
「話、聞いてくれないか」
「お、おう。俺達で良ければ」
「お前ら意外に誰もいない。俺の友達はお前らだけだ」
「おい、どうした。何かあったのか」
返事は無いまま電話が切れた。どうした、と橋本が目を丸くする。
「綿貫、今からこっちへ来るって」
「しおりチームはもう終わったの?」
「みたいだね。妙に暗い雰囲気だったから、また喧嘩でもしたのかな」
席に戻った高橋さんが巨大な溜息を吐いた。またって、と俺を睨む。
「昼間の件を言っているなら、そもそもの原因は田中君でしょうが」
そういやそうだった。ねえ、と俺は腕を組む。
「ひょっとしてだけど、俺、最近、やらかしてばっかり?」
「その通りだよ!」
ぴしゃりと叱られた。うーむ、と首を捻る。
「おかしいな。俺はいつでも優しい人、思いやりのある奴、という評価を受けていたのだが。ここ最近は怒られてばかりだ。なんでだろう」
「人の心が無いから」
高橋さんがバッサリと切り捨てる。いやいや、と俺は手を振った。
「それなら前からもっと怒られていたはずだ。だけどここ二カ月に限ってだけ、やらかしが多いんだよ」
よし、と橋本が手を叩いた。
「いい機会だ。田中のやらかしを挙げ連ねてみよう!」
次の瞬間、ウキウキしない、と高橋さんの手刀が橋本の脳天に振り下ろされた。そうか、あれをさっき俺も食らったんだな。痛いはずだ。
「あんたもやらかしたって点では同レベルなんだから」
「痛いな。俺は佳奈にフラれた一回だけだもん」
「その一回の破壊力が大きすぎるの!!」
高橋さんは再び頭を抱えた。どうにも俺達は頭痛の種らしい。
「ひょっとしなくても君達三人って、とんでもないバカ者だったりする?」
「そういや最近、バカ呼ばわりされる機会が増えたな」
「俺達は特に変わっていないのにね」
「だけど俺はやっぱり叱られる機会が激増しているよ。おかしいって」
「だから挙げ連ねて原因を探ろうって言ってんじゃん」
「しょうがねぇな。葵さんのイラストを見られた時点で既に恥は全て晒しちまった。こうなったらとことん俺の駄目な部分を突き詰めて、改善への礎とさせてくれ」
「よし、任せろ。そういう指摘をするの、超得意」
「流石橋本。性根が曲がり切っているな」
「田中程じゃないってぇ~」
はっはっは、と高笑いを上げる。本当にバカだ、と高橋さんが押し殺したように呟くのが聞こえた。
「んで、ここ二カ月間のやらかしだが。まず、咲にプロポーズをしないまま結婚の段取りを進めて心配させた。悩んだ咲が葵さんと恭子さんに相談をして、締め上げられた」
うわぁ、とまたしても高橋さんが顔を顰める。
「咲ってば、よく田中君と別れないな」
「そこまで言わんでもよかろうもん」
「だって私なら嫌だよ。何となく、はっきりとしないまま、結婚の準備ばっかり整ったら。はっきりして! 本当に結婚するんだよね!? って、モヤモヤする」
そっか、と橋本が小声で漏らした。
「あ、お前、高橋さんの本音が聞けてラッキーだな、とか思っているだろ」
「はっはっは」
「本当に要領がいいんだよな……」
「君の要領が悪すぎる。というか、もっと咲の気持ちを考えて」
そこを指摘されると流石に胸が痛い。だが下手な発言をしても高橋さんの燃え上がる怒りに油を注ぐだけだ。あとは、と話を先に進めた。
「橋本と揉めたのはこいつが悪いからいいとして。綿貫が高橋さんに告白した時も、俺はやらかしてはいないよね」
「まあ、うん。あれはむしろいいことをしようとしたんでしょ」
「あ」
思わず声が漏れる。こういうバカ正直なところもいずれ直していきたいが、すぐには無理。そして見逃す高橋さんじゃない。
「何? 綿貫君が私へ告白したあの日、実は他にやらかしていたわけ?」
ほぉら、しっかり聞いていらっしゃるんだこの友達は。もういい。俺が作った葵さんのマニアックなイラストを全部見られたんだ。失うものは最早無い。
「その日、俺がどうするか。葵さんへ事前に相談していたんだ。色々確認したいことがあって。そんで、橋本だけじゃなくて綿貫とも喧嘩をすると見越した葵さんが、咲の瞬間移動を使って俺を慰めに来てくれた」
高橋さんは無言で自分のスマホを確認した。十月二十日と、消え入りそうな声が聞こえる。
「まさかとは思うけどさ。それでコロっといったわけ。優しくされて、好きだなって思ったの」
今度は俺が黙って頷く。まあ本当は二年前の沖縄旅行の時からほんのちょっぴり気にはなっていた。万座毛でツーショットを撮られた時、ベストカップルみたいでドキドキした。勿論、その更に二年前から咲のことを好きだったから葵さんとは何も起きなかった。ただ、あまりに似た者同士なもんだから、価値観やものの見方が近いとはずっと感じていた。おかげで出会って四年の間、じわりじわりと心の距離が縮まってしまったのだろう。これは、これだけは他の誰にも教えない。口が裂けても言ったりしない。俺が万座毛の時点で惹かれていたのを知っているのは、葵さん、唯一人。そこだけは、今後も絶対に変わらないし変えない。
あぁ、という高橋さんの嘆きが響いた。
「その翌日に、葵さんのイラストを散々生成したわけ?」
「いや、その日の深夜、日付が変わった頃だね。何となく、作らせてみようって思って」
ほら、と画像の作成日時を見せる。水着姿の葵さんのイラストが眩しい。
「二十一日の午前一時、か。成程」
「ちなみに二十一日は、咲にプロポーズをするって約束をした日だ」
「……気持ち悪い。吐きそう」
高橋さんの視線はゴミに向けるそれと全く同質だ。
「俺もそう思う」
「……私、マジで咲の立場じゃなくて良かった。事情を知ったら刺し殺すし、だから絶対に葵さんのイラストについて咲には教えられない」
「言うなよ。あっちの四人には。知らぬが仏って言葉もあるくらいだ」
「とんでもない動きをしている張本人が抜かすな!!」
うーむ、確かに時系列を整理してみると、とんでもない動きをしているな、俺。そいで、と今度は橋本が口を開く。
「次のやらかしは、やっぱり葵さんへの告白?」
そうだなぁ、と腕を組んで天井を見上げる。
「丁度一週間後、橋本と綿貫と仲直りをした翌日に葵さんと飲んだんだ。その時、告白してしもうた」
「二番目に好きですって伝えたんだろ」
意外にも橋本は無表情だった。てっきりニヤニヤすると思ったのに。それにしても。
「よく知っているな」
「だって葵さん本人から聞いたもん」
えっ。
「な、何で!?」
私だよ、と溜息交じりに高橋さんが手を振る。
「私が聡太と別れたって知って、葵さんが心配して会いに来てくれたの。だから、ヨリを戻せました、葵さんのおかげです、ってお礼に飲み会を開いた時にね。ちょっとしたひでぇ事件があったって教えてくれたんだ。田中君に告白されてフラれたって」
マジか。
「じゃあ二人は事情を完全に把握しているんだな」
「だから君の行いに対して余計に引いている。葵さんがどれだけ傷付いたか、知っているからね。言っておくけど咲も大変だったんだよ? 私と二人で飲んだ時、なかなか乱れちゃったんだから」
「やっぱ俺、やらかしてんなぁ」
「他人事みたいに言うな!」
今日も叱られてばっかりだ。
「まあこれに関しては葵さん以外の全員から怒られたね。恭子さんには二発ぶん殴られたし、咲には淡々と叱られた。しかも自分も自信を無くしたって半月引き摺ったし」
「当たり前でしょ!?」
「だから葵さんと二人で頑張って慰めたよ。結果、無事に婚約へ辿り着きました」
「釈然としない! 辿り着くな、君みたいな大バカクソ野郎が!」
「佳奈、口が悪いよ」
「だって!」
「今も君達二人から怒られているしなぁ。俺へ穏やかに接してくれたのは葵さんだけだった。……あの人、優しすぎじゃね」
おい、と地獄の底から響くような低音ボイスが耳に刺さる。同じような声を咲が発したことがあったなぁ。
「まさか、またちょっと惹かれたりは……」
瞳孔の開いた高橋さんに、大丈夫、と手を振って見せる。
「俺は咲と結婚するもん。ご心配なく」
「別に君を心配はしていない。咲と葵さんを心配しているだけ」
「まあ、そうよね。大いに心配してやってくれ。あの二人は俺に甘い。それでいて割と傷付きやすい。葵さんには恭子さんがいる。だけど恭子さんも色々いっぱいいっぱいだ。だから高橋さん、頼んだよ」
よろしく、と丁寧に頭を下げる。椅子を引く音が聞こえた。そしてこっちへやって来る気配がして。顔を上げると、そこには般若がいた。
「元凶であるお前がまず自粛しろ!!」
今度は拳骨で殴られた。恭子さんといい勝負だな。痛い。
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