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やらかしの原因を考えよう!(視点:田中)
「高橋さん、怖い」
「当たり前じゃ!」
まあまあ、と橋本が高橋さんの肩を抱き、席に連れ戻す。ううむ、同級生のカップルぶりを見せられるのは結構気まずいものだな。
「しかし俺、振り返ってみるとどんだけ立て続けにやらかしているんだ。ここ二カ月、マジでひどいな。原因は何だ?」
「知るか!」
いきり立つ高橋さんとは対照的に、多分さ、と橋本は静かに答えた。
「お前は甘えているんだよ。咲ちゃんや葵さんに」
それは意外な返答だ。
「甘え?」
「うん。俺は、自分がやらかす側だって自覚があるからよくわかる」
その言葉に高橋さんは頬杖をついた。自覚を持った、の間違いじゃないのか、と俺も多分彼女と同じことを思う。俺や綿貫、高橋さんに諭されるまで橋本も大概だったからな。まあ今でも悪い奴なのは変わっていないだろうが。しかし今、諭されているのは俺の方だ。余計な発言は控えよう。
「田中は咲ちゃんと葵さんが大好きだろ。そして二人が自分に対して必要以上に寛容なのもわかっている。だからお前は一歩も二歩も踏み越えた発言をしてしまう。甘えといえば可愛いけど、ぶっちゃけ舐め腐っているんじゃないの? あの二人になら何を言っても大丈夫だ、って」
腕を組んで考える。舐めている、か。
「……確かに、それはあるかも知れん」
そういや昔、葵さんから舐めんなクソガキって釘を刺されたことがあったっけ。そいつはすっかり抜け落ちて、何処かへ行ってしまった。学生だった頃のアホな俺に戻ってしまったのか。社会人を二年もやっているのに。……いや、違う。
「そうか。距離を見誤ったのか」
だが、ちょっと違うかな、と橋本は首を振った。
「お前と咲ちゃん、葵さんはさ、凄く距離が近いよ。それ自体は、親密だってことだから構わない。むしろ羨ましくも思う」
そこで高橋さんの視線に気付いたらしい、変な意味じゃなくて、と慌てて取り繕った。自業自得、やらかしの積み重ねじゃのう。
「俺とお前と綿貫の距離感と同じ感じがするからさ、そういう関係の相手に恵まれるのって幸せじゃん」
「……」
高橋さんは能面のようなツラをしているが口を挟まないでくれた。噛みついてしまえば趣旨がぶれるとわかっているのだろう。咳払いをした橋本が話を戻した。
「だからさ、近距離にいること自体はいいんだよ。問題は、だからって好き勝手な発言をしたら駄目だってところ。間違えた経験のある俺だからこそ、よくわかる」
「そうだな、尋常じゃない説得力だ」
「ね、ホントホント」
今度は俺と高橋さんが揃って頷く。
「親しき仲にも礼儀ありってやつだな」
「そ。逆に、気を遣い過ぎて変な感じになっても今日の昼のやらかしみたいになるから、匙加減は難しいけどね」
「まあなぁ。親密になりすぎたから、咲や葵さんを傷付けた。一方、仲がいいのに気を遣って、せこい真似をしたから恭子さんを怒らせた。丁度いい塩梅ってのを、今の俺はわからなくなっているのかな」
「多分そう」
うーん、と背もたれに体を預ける。好きになり過ぎても気は遣わなきゃいけない。今日、高橋さんに何度も怒られたように、そいつは当然、当たり前、なのだ。そこが、結婚だの惚れただのですっぽ抜けたからこんなにやらかしまくったわけで。
「俺、ひどいな」
ぽつりと零す。そうだよ、と二人が見事なハモリを披露した。
「そして田中にこういう注意を出来るのは、多分俺や佳奈だけだね。あとは綿貫もそうだけど、あいつは熱量が高い上に明後日の方向へ走り出すからちょっとズレるに違いない」
「ん? 何でその三人だけなんだ?」
またしても理由がわからず問い掛ける。
「だってさ。まず咲ちゃんと葵さんはお前にゲロ甘だから注意はしない。結局、葵さんには怒られなかったんだろ。告白してフッた件についてはさ」
それどころか、嬉しかった、とまで言ってくれた。……冷静に考えたらあかんやろ、先輩。関西弁になってしまう程、動揺を覚えた。だからそれは、二人きりの秘密、と。
「うん」
素知らぬ顔で返事をする。
「恭子さんはお前を叱り飛ばせるけど、あの人は葵さんの親友だ。だから、葵さんが別にいいって主張したら拳を収めるだろう」
「確かに、俺を怒った時も、最終的に当人の葵さんと咲が許すのなら自分はこれ以上口を挟まないって言っていたな」
「葵さん本人の意思を、恭子さんは必ず確認して尊重するでしょ。まあたまには葵さんを置いてきぼりにして、腕まくりをしながら突撃しそうではあるけど」
ふと、三人揃って天井を見上げる。
「……なんなら金棒を持っていてもおかしくないね」
「恭子さん、友情に厚いからなぁ」
「そういや俺、殴られた上にスチール缶を頭に投げ付けられたわ」
「「それはやり過ぎでは」」
またもハモった。見事なもんだ。
「理由は俺が、恭子さんの恋バナを餌に葵さんと飲みに行く約束を取り付けたからなんだけどね」
「「全然やり過ぎじゃないわ」」
意見の翻り方が早い! ともかくだ、と橋本がまた話を戻す。
「そういうわけで、俺と佳奈だけなんだよ。田中の悪行を遠慮もしがらみも無くぶっ刺せるのは」
えぇ、と俺は顔を顰める。
「高橋さんはともかく、橋本に指摘されるのは嫌だなぁ。お前は人にとやかく言える立場じゃないだろ」
「田中だって同レベルか、それ以上にひどいじゃん。むしろ佳奈に叱られた場合、上下の位置関係がはっきりしているからお前は全く反論させて貰えないけど、俺だったら低い位置で対等な場所にいるのでちゃんと口答えを出来ると思うぞ。案外、お前の口論相手として俺は最適かもな」
「綿貫よりも?」
「あいつは人が良すぎる。佳奈と別れて、お前らとも揉めた俺のところに誰よりも早くやって来て、仲直りを持ちかけるような人間だぞ。立場は対等な親友同士だけど、もしあいつに怒られるようなことがあれば俺もお前も反論はしづらいに違いない」
「成る程。しっかし、叱られ慣れている奴はそのポジションから人間関係をよく見ているんだな、橋本」
「お前も同じところまで落っこちている自覚を持て、田中」
「嫌だけど認めざるを得ん。なにせ実績が残っているからな」
告白、イラスト、諸々がな。うん、咲は俺と別れないどころかよくプロポーズを受けてくれたな。どんだけ俺を甘やかしてくれているんだ。葵さんもあまりに優しすぎる。恭子さんには殴り殺されてもおかしくない。たった二発で済んで、むしろ感謝をするべきか。綿貫は事情を知らないから置いておく。そして今日、この二人に改めてしっかり叱られたわけで。そいつもきっと、ありがたいことなのだ。きちんと注意し、その上で友達でいてくれるなんて恵まれすぎている。全員、人が良過ぎるね。見習うべき点、注意するところ、もう一度自分自身を叱咤激励するべきだ。なにせ俺はこれから咲と結婚するのだ。こんな駄目な人間じゃあ、心配ばかり掛けてしまう。それこそ呆れて離婚を切り出される可能性もゼロじゃない。よし、心を入れ替えて頑張るぞ。
その時、橋本が手を差し出した。しっかりと握り上下に振る。気が付くと俺達はお互い、笑みを浮かべていた。
「……悪い顔をしている君達に、一応念を押しておくけど」
高橋さんの声に揃って振り向く。悪人面なんてしていないぞ。
「二人とも、周りの苦労や悩み、痛みや怒りをちゃんと理解しなさいよ? 俺達どっちもバカだよなー、はっはっは、じゃないからね?」
無言で揃って親指を立てる。本当に大丈夫かな、と高橋さんは首を傾げた。
「まあでも、聡太もちゃんと反省して自覚を持ったってわかったのは収穫だよ」
「あれだけ皆に諭されればね、ちゃんと心を入れ替えるよ」
「ちなみに聡太のAIはどんなイラストを生成しているの?」
「俺の? 別に、普通だよ。ほら」
見せられたのはサイバーパンクなイラストだった。
「他のも見ていいけど、適当に作っているだけだから面白くないよ」
高橋さんと俺は目を見交わした。絶対に嘘だ。じゃあさ、と高橋さんの目に強い光が宿る。
「シークレットフォルダ、見せて」
「いいよ」
おや、意外とあっさり開示している。
「エロい同人誌とか入っているけど」
「彼女に見せていいのかよ……」
「もう佳奈とも長いから」
言葉通り、抵抗なく高橋さんは橋本のスマホをスワイプしている。
「高橋さんも見るのかよ……」
「今更、何言ってんの」
結局、怪しいイラストは無かったらしい。ふうむ、と腕組みをしている。
「疑うのは自由だけどさ、田中や綿貫みたいにスケベな目的では使ってないって」
「成程。じゃあネットのドライブ、見せて。通常のフォルダもシークレットも、両方ね」
橋本が固まった。ばぁか、とヤジを飛ばす。
「誰が誰と違って作ってないって?」
「ほーら、未だに平気で嘘を吐くんだから」
「何が心を入れ替えた、だよ。お前はちっとも変わっていない」
「親友と彼女を出し抜けると本気で思っていたの?」
「最底辺はやっぱお前な。俺は一応真摯や気遣いが理由故のやらかしだもん」
「……まあ嘘は吐いていないけど、ちゃっかり自分を正当化しないでよ。君も反省が足りないな田中君!」
「そうだぞ田中。すぐ調子に乗るんだから」
「お前も一緒だろうが!」
「二人纏めて滝にでも打たれて来い!」
やっぱり高橋さんには逆らえないね! なにせ俺達二人はやらかし組だから! 咲、葵さん、ごめんなさい。改めて心の中で二人に頭を下げた。今度、マジでいい酒と美味しいとチョコでもあげようっと。
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