三人揃えば機関銃トーク。(視点:佳奈)

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三人揃えば機関銃トーク。(視点:佳奈)

 綿貫君の説明が終わった。つまり、と自分の中で纏めたいから私は要約を口にする。 「イラスト作りを通して好みのタイプの話になり、恭子さん、葵さん、咲の中なら誰がいいかと訊かれた、と。綿貫君が答えられないでいたら、恭子さんが自分よりも疑似デートにふさわしい人がいるんじゃないかって言いだして、それにも君は答えられなかった。そして葵さんがキレて騒いで店を追い出された。この認識で合っている?」  確認すると、綿貫君は頷いた。うーん、物凄く違和感がある。見ると聡太と田中君も首を捻っていた。流石に三人揃って傾いていると綿貫君も疑問に思ったらしい。 「え、何。何で皆、かしいでいるの」 「いや、だって。ねえ」 「うん。そりゃあさあ」 「まあ、うん。はい」 「何だよ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ」  互いに目を見交わす。あのさ、と田中君がそっと手を上げた。 「葵さん、多分キレたふりをしたんだと思うぞ」  聡太と揃って深く頷く。今度は綿貫君だけが首を捻った。 「何で」 「だってあの人、バカみたいに優しいもん」 「ちょっと。バカみたい、は無いでしょ」  特に君がそう表現するのはよろしくないと思うなぁ! 失敬、と田中君が咳払いをする。 「あの人が声を荒げるところは、まあ何度か目撃はした気がしないでもないが、基本的にのらりくらりとしている方だ。大声を上げるタイプと対極に位置する。怒るくらいなら、むしろ焚き付けてからかう腹黒だ。勿論、恭子さん絡みの案件になると真面目に考えるから、本気でキレた可能性はある。だけど思い出してみろよ綿貫。俺が咲にプロポーズしなくて葵さんと恭子さんから詰められた時、一度でも声を荒げたか? しなかっただろ。そういう人なんだよ、葵さんは」  若干遠い目をしているのが腹立つな。それにしても、二番目に好きというだけあって流石に理解度が深い。余計にイライラするね! 「それなのにわざわざ店から追い出されるような騒ぎ方をしたってことは、そうする必要があってわざと演じたんだ。理由は簡単。お前に迫った言葉が答えだ。疑似デートは恭子さんが相手だからやっている。綿貫の口から、はっきりそう伝えて欲しかったんだ」  目を見開いていた綿貫君だけど、そうか、と呟いた。 「ありがたいな。確かに葵さん、優しいや」 「……惚れるなよ」  あんたが念押しするな田中! やっぱり反省なんてしてないな! 「惚れないよ。そんなに軽薄じゃない」  そんで見事にカウンターを打ち込まれている! あーあ、唇を噛んで黙っちゃったよ。反省しないからそうなるの。バカだねぇ田中君。 「結局綿貫は何て答えるつもりだったの? 疑似デート、他の人とやるつもり?」  今度は聡太が一気に核心を抉った。えげつない切り込み方だなぁ。それに対して綿貫君は、違う、と勢いよく首を振った。 「じゃあ恭子さんがいいんだ」  途端にピタッと動きを止めた。そして何故か視線を私に送る。あぁ、そうか。そういうことか。やっぱり君は優しいなぁ。その上、何処までも真面目だね。そこのバカ二人に見習わせたいよ。 「綿貫君」 「……うん」 「恭子さん、気になる?」  途端に顔が真っ赤になった。わかりやすっ、とバカ二人が声を上げる。 「そして今、私に告白して一カ月しか経っていないのに次の好きな人ができて、申し訳ないって思っているでしょ」  小さく、ほんのちょっとだけ頷いた。可愛いなぁ。 「大丈夫、気にしないよ。むしろ前に進んでくれて安心した。たまにいるんだよね、恋心を引き摺ってストーカーみたいになっちゃう人が。綿貫君はそうならないとはわかっていたけど、いざ新しい恋を見付けてくれると私もほっとしたし、むしろ応援したいと思ったよ。恭子さん、素敵だもんね。疑似デートに付き合ってくれるくらい面倒見もいいし、好きになるのも当然だよ!」  更に顔が赤くなる。火が出そう、とはまさしくこれだね! 「ね、綿貫君。応援させてよ、君の恋路。大丈夫、きっとうまくいく。君、この上なくいい人だもの。私達が保証する。そうだよね、二人とも」  聡太と田中君の顔を見回す。勿論、と揃って頷いた。ありがとう、と消え入りそうな声が届いた。 「でもさ」 「うん」 「皆、迷惑に思わないかな」 「うん?」  また何を言い出すのやら。 「だって、折角仲良しの七人でやって来たのに、下手に恋愛沙汰を持ち込んだら関係がおかしくなるんじゃないのか。咲ちゃんと田中は結婚するし、高橋さんと橋本もヨリを戻せたから良かったよ? でも、俺の場合はただの片思い、完全に一方通行だ。その上、お相手は恭子さん。あんなに性格が素晴らしくて、わざわざ疑似デートに付き合ってくれるくらい面倒見が良くて、綺麗でスタイルも良い完璧なお姉さんだぞ。俺なんかが告白したってうまくいくわけない。その上、俺がフラれたりしたら恭子さんも一緒に飲んだり遊んだりしにくくなっちゃう。そうなると、折角旅行に行くような仲の俺達なのに、俺の片思いのせいで空中分解しちゃうかも。それは嫌なんだよ。仲良く、楽しく過ごしたい。なのに、今日も変な空気にしちゃって解散させちゃった。帰り際の恭子さん、明らかに元気が無かった。きっと俺が、疑似デートの相手は恭子さんだからいいんですってはっきり伝えなかったから、余計な世話を焼いちゃったなって気にしているんだ。だけどどうしても口に出せなかった。葵さんと咲ちゃんの前で、恭子さんと一緒がいいですって、伝えられなかった。恥ずかしいし、二人の前で露骨に贔屓されるのは恭子さんも居心地が悪くなると思っちゃった。それでも頑張って伝えようと気合を入れたら、声がでかすぎて店から追い出された。あぁ、俺は駄目なんだ。こんな駄目な奴が恭子さんを好きになった時点でもっと駄目だ」  えらく後ろ向きな独白を聞かせてくれた。喋りながら凄い勢いで俯いちゃったし。今はテーブルにおでこを打ち付けて、完全に沈黙しちゃった。その隙に、またしても聡太と田中君と視線を交わす。だけど突如綿貫君が立ち上がった。また、帰る、なんて言い出さないよね? 「ちょっとトイレ。あとビールをピッチャーで頼んでおいてくれ」 「どんだけ飲む気だ」 「飲まなきゃやってられん。頼んだぞ」 「流し忘れるなよ」 「家じゃないから忘れねぇよ」  そうしてよろよろと去って行った。家だと忘れるのか、と田中君が呆れたように呟く。聡太はタッチパネルからビールをピッチャーで頼んだ。そして自分と田中君のおかわりのハイボールも注文している。あのさ、と私は静かに口を開いた。うん、と田中君が応じる。 「……恭子さん、綿貫君を好きなんだよね」 「うん」 「むしろ、わざとかってくらいあからさまだよね。疑似デートとか」 「うん」 「多分、全員気付いているよね。恭子さんが綿貫君を好きって」 「葵さんは、勿論恭子さんから直接聞いている。咲も、酔っ払った恭子さんに打ち明けられたそうだ。俺は必要があって、葵さんから聞いた。橋本は疑似デートを知ってすぐに気付いた。高橋さんも気付いたのは言わずもがな。知らぬは綿貫本人だけ」  溜息が漏れる。既に両想いというか、むしろずっと恭子さんから好意を向けられていたのに彼だけは気付いていないのか。 「まあそっか。綿貫君、鈍そうだもんね」  すると聡太と田中君はいやいや、と手を振った。え、何? 「あいつは鈍いなんてもんじゃないぞ」 「究極の鈍感バカだ」 「しかも自分に自信が無い」 「女性が苦手な上にモテた経験も皆無」 「勿論、彼女がいた試しも無い」 「だから余計に女性を意識しやすくなったし、逆に恋愛対象となる人を相手にするとアホ程緊張する」 「七人の中なら葵さんと恭子さんが対象になるな」 「おまけに謙虚がいき過ぎて、自分が誰かに好意を向けられるわけないって決めつけている」 「俺を好きになる人なんているわけないって漏らしていたもんな」 「そこへ来て、お相手が恭子さんだ」 「あいつも言った通り、美人で性格もいい完璧超人」 「自分の恋愛にはポンコツになるって自己申告していたけど」 「だけどスペック自体は滅茶苦茶高い」 「そんな人を自分が好きになっても釣り合うどころか、歯牙にもかけられないってきっと綿貫は考える」 「あっちが自分に惚れているって気付いていないからな」 「気付くわけないもんな」 「だから綿貫から告白をすることはあり得ない」 「どんだけ焚き付けても、恭子さんに迷惑なだけ、七人の友情を壊すのは嫌だ、そう突っぱねるに違いない」 「むしろこないだ、高橋さんの時みたいに極限まで追い詰めたらいきなり告白するかも知れんが」 「いやでもそれはどうだろう? 半年間、音信不通だった佳奈と、ずっと皆と一緒に楽しく過ごしている恭子さんだと後者の方がサークル・クラッシュに直結しそうであいつは躊躇するんじゃない?」 「あぁ、確かに。恭子さんへの迷惑も勿論気にするけど、皆の関係が変わっちゃうのをあいつは一番嫌がるよな」 「実際、さっきも真っ先に気にしていたし」 「とっとと告白すりゃいいんだけどなぁ」 「恭子さんは綿貫にホの字なんだもんねぇ」 「だけど勝手に恭子さんの気持ちを綿貫へ教えるわけにもいかない」 「それこそ余計なお世話だから」 「かと言ってあいつの背中を押したところで意地でも動かないだろうし」 「その上、多分今、恭子さんも思いっきりへこんでいるんだろ」 「綿貫が、疑似デートは恭子さんとだからいいんですって答えなかったから」 「余計な真似をしたって言うより、私は選んで貰えないのね、って落ち込んだんだろうと思う」 「葵さんと咲、慰められるかなぁ」 「よりによって恋愛ポンコツコンビじゃん」 「そうなんだよ。綿貫も加えてポンコツトリオ」 「葵さんは恭子さんの親友だけど、恋愛に関してはからきしだよね」 「……まあ、はい」 「お前が気まずくなってどうする!」 「うっせ! 今は綿貫の方を何とかせねば」 「だけど恭子さんに、綿貫も貴女を好きになりましたよ、なんて言えないし」 「どうしたもんかな」 「佳奈、どう思う?」  突然浴びせられたマシンガントークに、私の脳みそは全く付いて行けなかった。流石、親友同士。会話のテンポが早すぎる。まったく口を挟めなかった。おまけに綿貫君への理解も深い! 今の話の後に私が言うことなんて無いよ!? 「えっと……」 そこへ、ただいま~、と綿貫君が戻って来た。おかえり、と二人が何食わぬ顔で出迎える。 「水、流したか?」 「すげぇぞ。自動洗浄だった。だから勝手に三回流れた」 「個室で何をウロウロしていたんだ」 「よく個室ってわかったな」 「自動洗浄でお前が感心するってことは個室だろうなって。あと、普通に時間がかかっていたし」 「そういやそうか」 「あと綿貫」 「うん?」 「社会の窓が開いている」 「マジか! いっけね。ごめんね高橋さん」 「水は流して貰ったのに、結局お前にはオチがつくな」 「うっせ」 「お前の恋にもオチがつきそうだが、どうせなら軟着陸を決めたいねぇ」 「……」 「顔、赤っ」 「わかりやすっ」 「気付かない恭子さんも相当鈍チンだな」 「疑似デート、何回かやっているのにな」  どうでもいいけど、三人揃うと本当によく喋るね!
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