葵と咲、神様から褒められる。(視点:葵)

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葵と咲、神様から褒められる。(視点:葵)

 上り切った最上階。見慣れたそこは、いつも通り窓が全て開けられていた。月や星の明かりがよく見える。ただ、十一月末の夜の空気はなかなか冷たかった。  部屋の中央には、十五歳くらいの少年が佇んでいた。長い髪を後ろで留め、和装に身を包んでいる。こんばんは、と微笑む中世的な顔は非常に美しい。 「こんばんは。急にお邪魔してすみません、神様」 「なに、君らが今夜来ることくらいわかっていたよ。なにせ神様だから」  お見事、と肩を竦める。恭子と咲ちゃん、武者門さんも順繰りにやって来た。 「神様。彼女が私の親友である秋葉恭子です。以前からお話ししていた、あいつです」  あいつって言うな、と恭子から苦情が入った。神様は薄い笑みを崩さない。 「恭子、こちらが青竹城の神様。私は二十歳の頃からお世話になっている。今の私が在るのも神様のおかげだ」  よろしく、と神様は少し目を細めた。 「秋葉恭子です。よろしくお願い致します」  恭子も丁寧に頭を下げた。私と咲ちゃんも続いて頭を下げる。顔を上げて、と鈴の音のような声が響いた。さてさて、と言いつつ神様が窓辺に向かう。見た覚えが無いくらい楽しそうだ。 「今日は随分華やかだね。武者門がどう見ても浮いている」 「はっはっは、これは手厳しい」  月を背にした神様は、おいで、と手招きをした。三人揃ってそれに従う。さて、と私達の顔を順繰りに見回した。 「一献、傾ける前に君達を視させて貰おう。まず、葵」  私より少し小柄な神様は、そっと私の頭に手を置いた。 「どうやらここ最近、大変だったようだね。心にひびが入っている。だけど既に治ったのかな?」  ええ、と私も微笑みを浮かべた。 「なかなかどうして傷付きました。だけど、それこそ此処にいる恭子と咲ちゃんのおかげで立ち直ることが出来ました。傷はまだ癒えてはいませんけどね、そいつも楽しんでやろうと思います」  そうか、と軽く髪を撫でられる。何だかやけに安心するな。 「君自身の在り方も、ある程度は定まったようだね。自分自身をようやく自覚したのかな」  数日前に行った、セルフ・カウンセリングを思い出す。そうですね、と頷きを返した。 「今更になってやっと理解しましたよ。私の価値観がどれほど歪だったのか。周りの人や、神様、あなたに心配されて当然でした。そして私自身、そんな自分にズタボロにされていた。二年前、あなたが私を殺しかける寸前までして与えてくれた存在意義。それをちゃんと理解し受け止められたところです。ね、神様。私、友達を六人も旅行に誘ったんですよ。来月末、一緒に行ってくるんです。皆と一緒に楽しもうって決めました。自分が変わったのを実感しましたし、そのために恭子や咲ちゃんをはじめとした友達を頼ろう、寄り掛かろう、って思いました。やっと私、心から、楽しめる、かも」  話す内に、どういうわけか鼻の奥が痛くなった。よしよし、と神様が綺麗な笑顔を見せてくれる。 「安心したよ、葵。そして、辛かった自覚が芽生えて何より」  はい、と答えながら涙が零れてしまった。弱くなったなぁ、私。それもいい傾向、なのかな。 「存分に甘えなさい。そして甘えた分だけ相手を支えなさい。言われなくてもわかっているよね」 「はい。恭子も、咲ちゃんも、助けてくれるから、私も、ちゃんと、支えます」 「うん。大丈夫だよ。ね、二人とも」  神様が二人に声を掛けた。 「勿論です」 「はいっ、その通りですっ」  恭子と咲ちゃんが即答した。更に涙が零れてしまう。神様は一つ深呼吸をした。 「葵。君と出会って六年が経つ。その中で、今日は一番ほっとした。本当に、良かった」 「ありがとう、ございます。すみません、ご心配を、お掛けしました」 「その理由も理解出来たね?」  何度も頷く。神様はそっと抱き締めてくれた。それこそ六年の付き合いで初めてだ。 「旅行、大いに楽しみなさい。勿論、その後の日々も満喫するんだよ」 「はい」  至近距離で微笑み合う。ね、と頷かれ、はい、と鼻声で応じた。 「よし、じゃあ次は咲だね」  最後に頭をもうひと撫でして、神様は咲ちゃんの前へ移動した。私はティッシュを取り出し鼻をかむ。これじゃあまるっきり恭子や綿貫君だ。やれやれ。  咲ちゃんが背筋を伸ばした。身長の測定みたい、とぼんやり思う。 「君は完全に超能力が制御出来るようになったんだよね」  はい、と固い声で返事をした。 「葵さんと恭子さんに、絶対、二度と、暴走をしないと誓ったので。ちゃんと守れています」 「君はとても素直で頑張り屋さんだからね。交わした約束を破ることはあるまい。かけた鍵を外したりもしないだろう。偉い偉い」  あ、咲ちゃんも頭を撫でられた。ちょっとジェラシーを感じる。 「ありがとうございます」 「君がね、二十二歳まで超能力の暴走を抑えられなかったのは仕方ないんだ。何故なら他人と関わって来なかったから。二十歳で田中君とやらに出会うまで、ろくに対人関係を築いて来なかっただろう。それは君に責があるわけではない。一種の呪いのせいだね」  親から掛けられた言葉ってやつか。一度会ってみたいね、咲ちゃんの生みの親に。そして見せ付けてやりたい。咲ちゃんがどれだけ幸せか。私達と仲良く過ごしているか。こんなに純粋で健気な子は他にいない。……いや、綿貫君は気質が似ているな。一体どういう確率だ、そんな希少な二人が友達同士になるなんて。 ともかくだ。てめぇらが超能力なんて気色悪い、異端だ、と追っ払った咲ちゃんは私達にとって欠かせない人なのだ。節穴みたいな両目にタバスコでもかけてやりたいね。 「他人を深く意識しないまま生きてしまった時間があまりに長かった。故に暴走、暴発がちょこちょこ起きていた。すまない、咲。今だから教えよう。田中君との告白の際、君が葵を殺しかけてしまった事件。あれは私が計画したものだったんだ」  咲ちゃんにとっては衝撃の事実だろう。事実、え、と目を見開いている。私は二年前の時点でそのことに気付いていたが、特に咲ちゃんへ教えたりはしなかった。咲ちゃんが暴走し、私を殺しかけたのは事実。神様はそうなると見越していたけど敢えてそのまま事を進めた。 「葵に存在意義を与える。咲に超能力を制御する鍵を与える。それらを実現するために必要だった。勿論、葵には文字通り死ぬ程の苦痛を与えてしまった。咲も大いに悩んだね。目的を達成するのに君達を辛い目に遭わせた」  しばし固まっていた咲ちゃんだけど、いえ、とゆっくり首を横に振った。 「私が超能力を制御しきれていなかったのは事実です。その力で、葵さんにひどい仕打ちをしたのも。でも、乗り越えられたから、今はとても平和で楽しく、そして仲良く過ごせています。もし、あの一件が無ければ、葵さんは今でもズタボロ、私もいつ人を傷付けてもおかしくない、そんな状態が続いていたのかも知れません。だから神様。ありがとうございました」  そして私へ向き直った。 「葵さん。痛い目に遭わせてごめんなさい」 「許す」  親指を立ててみせる。葵さんは優しいのです、と咲ちゃんは神様に微笑み掛けた。 「君もね。咲とはいずれまた、ゆっくりと話す機会も訪れそうだ。だが私もようやくスッキリしたよ。顛末を伝えられて」  はい、と咲ちゃんは元気に頷いた。この子も二年前の事件を清算出来た、か。お互い、良かったね。ただ、奥に不満そうなお姉さんがいる。まあ恭子はこういうのに憤るタイプだからなぁ。私達を変えるために必要だったと理解する一方で、私が全身黒こげになって死に掛けたことについて文句を言いたい。そんな思いが尖らせた唇に溢れ出ている。咲ちゃんの前から恭子の元へ移った神様は、私を怒る? と恭子に問い掛けた。しばし唇を噛んだ恭子は、いいえ、と押し殺した声で答えた。ふむ、大人になったな。 「そう? いいんだよ、親友を死に掛けるような目に遭わせ、後輩を泣かせた私へ怒りをぶつけてもさ」  神様ってば、煽っているのかい。恭子は大きく鼻を鳴らした。どうやってその音を出したんだ? 「仰る通り、憤りは感じます。だけど二人はあなたに感謝をしている。実際、あの日を境に葵も咲ちゃんも変わりました。他にやり方があったかどうか、私にはわかりません。ただ、少なくとも私に出来なかった、葵の性格矯正と咲ちゃんの超能力制御は上手くいきました。そして当人達が過去を受け入れたのなら。私が横から口を出すわけにはいきません」  しかし、結構怒っていますけどねっ、と付け足すのを忘れなかった。ありがとよ、恭子。お前のそういう情に厚くて神様にまで噛みついちゃうところ、尊敬する。大好き。 「素直な気持ちを聞かせてくれて、嬉しいよ」 「本当ですか?」  今度は神様を疑っているよ。あいつは恐れを知らないのか? 本当さ、と神様は肩を竦めた。わかりました、と渋々拳を引っ込めた。こっちが冷や冷やするぜ。さて、恭子を見詰める神様の目が細められる。 「今日の用向きは彼女だろう? 葵」  本題、だな。はい、と私は静かに応じた。 「我が親友、秋葉恭子の恋愛相談に乗ってくれませんかね」  ふむ、と神様は腕組みをした。傍らへそっと歩み寄る。 「恋バナしましょ、神様。念願だったでしょ」  そう囁くと、ゆっくりその場に胡坐をかいた。朱塗りの盃が五つ、何も無いところから出現する。私は早速、持参した酒を注いで回った。皆、座って、と神様が穏やかに促す。  それぞれの手元へ杯が渡った。 「今夜は長くなりそうだ」  乾杯、と告げる神様のお顔は。それこそ六年間で初めて見るくらい生き生きしていた。どんだけ恋バナ、好きなんですか!  そして当事者の恭子は、今度は明らかに戸惑っていた。そりゃそうだよな。自分の恋愛話をこれから根掘り葉掘り神様に聞かれるのがほぼ確定しているのだから。ファイト、親友。乗り越えたら愛しの彼が近付くぜ。
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